第28話「逢魔が黄泉路を通りゃんせ」
漸く梅雨も明けた、ある日の夕暮れ。
「通りゃんせ~通りゃんせ~♪ ここは何処の細道じゃ~♪」
一人の少女が鼻歌交じりに歩いていた。
古角町の夕日は美しい。特に三途川の堤防から見渡す街並みは最高だ。鼻歌も歌いたくなる。烏も一緒に歌っている。
「御用の無い者通しゃせぬ……ん?」
しかし、そんな優美な黄昏時は終わりを迎え、代わりに恐怖しかない逢魔ヶ時がやって来た。
『トン、トン、トンカラトン♪ トトン、トン、トン……♪』
それは、異形の怪人だった。
二メートルはあろうかという大男で、全身が包帯で覆われたミイラのような姿をしている。それだけでも充分怪しいが、日本刀を背負い自転車を漕いでいるという、意味不明なことをやらかしている。どう見ても堅気でもなければ、普通でもない、完全完璧なる怪人である。
そんなおかしな奴が、キィキィとペダルを踏んで、こちらへ真直ぐ向かってくる。
「ひっ……!」
言い知れぬ恐怖が少女を襲う。ホラー映画に出てくるお化けやモンスターの類とは違う、得体の知れない、何とも言い難い悍ましさ。一体何をしたいのか、何を求めているのかがさっぱり分からない。例えるなら、道端で変態に出逢ってしまったようなものか。
「ああぁっ!」
生理的に受け付けない何かに駆られた少女は、全速力で逃げ出した。
『クククククッ!』
「ひぃっ!」
だが、すぐに追いつかれ、追い抜かれ、逃げ道を塞がれてしまった。
『トンカラトンと言えぇ~い』
さらに、日本刀に手を掛けながら、これまたよく分からないことを言い始める。
「ひっ……!」
『トンカラトンと言えぇ~い』
「ト、トンカラトン……!」
まるで意味が分からないが、言わなければあの日本刀で斬られる。本能的に悟った少女は、ミイラ男の言う通り、呂律の回らない口を必死に動かしてそう言った。
『クックックッ……』
すると、ミイラ男は気味の悪い笑みを浮かべ、満足そうに刀から手を放した。
「ほっ……」
と一安心した少女だったが――――――そうは問屋が卸さなかった。
『オレはまだ聞いてないぞ』
『おれもだ』
『僕も』
『私も』
『アタシもよ』
ゾロゾロと、草葉の陰から現れる、大小様々なミイラ人間たち。男も女もいるが、例外なく全身包帯巻きで、刀を背負っている。今は乗っていないが、自転車も傍らに停めてある。
『オレたちの名は言え、と言ってからいうのがルールだ。勝手に言う奴は皆敵だ』
『そうそう』
『その通り』
『――――――って事で、死ね』
そして、最初のミイラ男以外のミイラ人間たちは一斉に刀を構え、少女目掛けて振り下ろす。
「ぎゃあああああああああっ!」
夕暮れの堤防が、血の赤で染め直される。
『さて、良からぬ事を始めようか……』
誰かががポツリと呟いた。
◆◆◆◆◆◆
――――――この世界の何処か、今ではない何時か。
『ヴォアアアアアアアアヴォッ!』
燃え盛る大地で、邪悪なる闇黒破壊神が雄叫びを上げる。全身が漆黒に染まり、怒りの焔がマグマのように血走っている。
『ヘァッ!』
そんな闇黒破壊神に対して、必死に抵抗を続ける者が一柱。紫色の魔女を思わせる、女型の巨人。その背後には、力なく倒れ伏す、騎士のような姿の朱色の巨人。おそらく、騎士の巨人は闇黒破壊神にやられたのだろう。魔女の巨人は彼を守っているのだ。
『セァッ!』
分子結合を破壊する粒子光線を放つ魔女の巨人。
『ヴォアッ!』
だが、闇黒破壊神にはまるで効いていない。防ぎすらせず、胸部で受け流してしまう。
『……ハァッ!』
『ヴルヴァッ!』
さらに、続いて放たれた不死鳥の如きエネルギーの奔流を、片手で払い除けてしまった。最大火力が掠り傷一つ負わせる事が出来ないという、絶望的な事実。
『グルヴォァアアアアアッ!』
闇黒破壊神が反撃の破壊光線を撃った。分子処か原子すら昇華されてしまう破滅の光が、魔女と騎士に襲い掛かる。
『ハァアアアッ!』
しかし、魔女は諦めていなかった。全身全霊の結界を張り、惑星を一撃で消滅させるビームを受け止めた。
そして!
◆◆◆◆◆◆
「……夢か」
そして、説子は目を覚ました。ここは峠高校の屋上ラボ。異星でも異世界でもない。
「ふぅ……」
「随分とお早い起床で」
目を擦りながら中枢部に歩いてきた説子を、里桜が出迎える。時刻は正午過ぎ。立派な寝坊だ。
「何だよ、朝から」
「いや、昼だけど? それよりほら、寝起きの運動に行ってらっしゃいな」
と、里桜が懐から赤い封筒を出してきた。寝ている間に依頼が来ていたので、罰ゲーム感覚で説子に行かせようとしているのだろう。
「………………」
説子は面倒臭そうに封筒受け取り、手紙を読んだ。
《突然の依頼、申し訳ありません。実は、友人が居なくなったんです。
一先ず、里桜さんは「トンカラトン」の噂をご存じでしょうか?
トンカラトンは一昔前に流行った「口裂け女」や「人面犬」と同じ、所謂「都市伝説」で語られる妖怪です。
出逢った人間に「トンカラトンと言え」と迫り、言わなければ斬り殺されてしまいます。また、言えと言われない内にトンカラトンの名前を言ってしまうと、その時も殺されてしまいます。
そして、トンカラトンに斬られてしまった人もトンカラトンになってしまうんです。
それで、ここからが本題なんですが、三日前友人の小夜子がトンカラトンに襲われたみたいなんです。従弟の陽一くんが偶然見かけたとかで、その時は集団で現れたそうなんです。
……正直、小夜子が生きているとは思えませんが、もしもトンカラトンに変えられているのだとしたら、せめて人として死なせてあげたいんです。
警察も親も頼りになりません。玄関で待っていますので、どうか力を貸していただけないでしょうか。実験台にでも何でもなりますので、お願いします。
ようするに敵討ちをしてくれというのだ。こんな依頼、猫でなくとも面倒くさい。
「トンカラトンたぁ懐かしいな」
昔見たテレビ番組を思い出しながら、説子が呟く。
「どんな奴だっけ?」
「全身包帯巻きで、日本刀を背負って現れる怪人さ。特性は手紙に書いてある通り。分かりやすく言えば、悪質な“通り魔”だな」
昔、人が人を斬るのは“魔が差したから”、と解釈していた。そうした“魔”の妖怪を「通り魔」「通り者」と言い、危険な出来心を喚起・増幅させる能力があるという。
そう、何時かの殺人鬼のように。
「しかも、こいつは“仲間”を増やせる」
「つまり、放っておけばネズミ算式に増えていくわけか……」
コミュニティーを築くほど群れるかは分からないが、どちらにしろ集団戦を強いられるのは厄介である。サンプルを採集するなら、なるべく無駄な労力は惜しみたい所存。
「なら、このまま放置するわけにはいかないな。そうと決まれば、善は急げだ。時間は待っちゃくれない。ということで行け。これは命令だ」
「お前のどこに善があるんだ?」
最高の友人がそこにいた。
◆◆◆◆◆◆
放課後、峠高校西玄関。
「如何にも虐められそうな面してるな」
失礼千万な感想を述べる説子だが、実際に香夜子はそういう顔立ちをしている。特にその眼鏡とボサボサな髪、低身長かつ華奢なボディが雄弁に物語っていた。こいつ絶対ぼっちだ。
「えっと、あの……「屋上のリオ」、さんですか?」
堂々と正面切って罵倒された香夜子が、それでも申し訳なさそうに話し掛けてきた。本当に虐められてそう。
「いいや、私はお使いの説子だ。だが、依頼の内容は手紙で把握している。とりあえず、歩きながら話そうか」
そういう事になった。
「そう言えば、その小夜子って奴はどんな奴なんだ?」
事件現場である三途川に向かって歩きつつ、説子が香夜子に質問する。出会った事もなければ、手紙の中にも書かれていないので、人物像が全く分からない。どうせ死んでるだろうから、どうでも良いと言えばそれまでだが、これから敵として会うかもしれない人間の事は知っておいたほうがいいだろう。
「……とても強い人ですよ。わたしなんかとは比べ物にならないくらい。勉強もできるし、スポーツ万能でした。特に剣術の達人で、中学の頃は剣道の全国大会で優勝もしてるんですよ」
「ようするに文武両道の才女ってことか」
香夜子の話を要約すると、そういう事になる。話す時の香夜子の顔が妙にうっとりしていたことには目を瞑ってあげようか。趣味は人それぞれ。
だが、そうなると分からない事がある。
「でも、そんなに凄い奴なら、どうしてそうもあっさりと殺られたんだ?」
丸腰とは言え、それだけの実力があるなら抵抗の一つもできたはずである。
しかし、従弟の陽一の話によれば、ほぼ一方的に八つ裂きにされてしまったという。逃げる素振りもないのは流石におかしい。
「……凄い人“だった”が正しいです。逃げたくても逃げられなかったんですよ、彼女は」
すると、香夜子が神妙な顔で語りだした。
「中学生最後の年――――――県総体の前日。あの日、彼女は全てを失いました。他ならぬわたしのせいで」
「どういうこった?」
「事故です。その日、車に轢かれそうになったわたしを、彼女が庇ってくれたんです。おかげでわたしは助かりましたが、彼女はそのせいで重傷を負ってしまいました。ベッドから起き上がれない程に」
「なるほど……」
創作物でしかお目に掛かれない、主人公によくある話である。この物語の主人公は屋上でサボっているが。
「でも、襲われた時は歩いてるんじゃなかったっけ?」
「リハビリの結果です。医者からは二度と歩けないだろうと言われていましたが、彼女は筆舌に尽くしがたい努力を重ねて、何とか日常生活を送れるまでに回復しました」
「そりゃスゲェな」
「だけど、神様は意地悪で、現実は非情でした。中学最後の春を病院で過ごし、特別推薦で高校へ入学して、ようやく学校生活に復帰できそうになった頃に、第二の絶望が彼女を襲いました。……高次脳機能障害が発症したんです」
高次脳機能障害とは、脳の損傷による後遺症で、思考・計算・記憶・理解・判断・情緒といった「認知機能」に障害を起こす病気である。脳血管障害や脳外傷などの怪我によって引き起こされ、外見上は問題なくても精神的な面で日常生活に支障をきたしてしまうのが特徴だ。
文武両道の天才と言われた少女が、その両方を失ったとあれば、絶望の深さは計り知れないだろう。
「それからの彼女は、突然ふらりといなくなったと思えば、急に帰ってきて怒鳴り散らしたり、数秒前まで楽しそうにしていたのに振り向いたら鬱屈としていたりと、目に見えておかしくなっていきました。わたしの事さえも忘れる事もありましたし。きっと、ショックが大き過ぎたんでしょう」
わたしせいのでそうなってしまった。口には出していないが、香夜子の顔にはありありと自責の念が浮かび上がっていた。
「そうやってフラフラしてる時に襲われたって訳か」
リハビリしたとは言え身体は本調子ではない上に、とっさの判断力や危機回避能力が低下している為、不意に現れた災厄に対処できなかったのである。なるほど、確かにそれは逃げられない。
「――――――さて、三途川に着いたぞ」
そうこうしている内に、二人は現場である三途川の堤防に辿り着いた。
「この川も因果な場所だな」
「はい?」
「いや、こっちの話」
人も妖怪も関係なく、死者を出し過ぎである。
「とりあえず、言われる前に「トンカラトン」」
『トン、トン、トンカラトン……♪』
「早っ!」
と、説子の背後に怪しい影が。確かめるまでもなく、通り魔妖怪・トンカラトンだ。
◆『分類及び種族名称:ミイラ怪人=トンカラトン』
◆『弱点:脳幹部』
『トトン、トン……トォォォオン!』
通り魔らしく、容赦なく斬り掛かってくるトンカラトン。たった一撃で人体を一刀両断してしまう、凶悪なる一刀である。
「フンッ!」
しかし、そこは改造人間・説子ちゃん。鉄をも切り裂く化け猫の鉤爪で、余裕を持って切り結ぶ。
「せぇい!」
さらに、膝によるミドルキックを食らわせ、顎が下がったところにエルボー、最後に回し蹴りで吹っ飛ばすという鮮やかな連続攻撃を叩き込む。この間僅か一秒。三連コンボにしては速過ぎる。
『ぐくくっ……はぁっ!』
ただ、そこは妖怪。常人であれば一発KOどころか再起不能になるであろう一撃を受けても、倒れる事なく耐え切ってみせた。ミイラとは思えない防御力である。
『トン、トン、トンカラトン♪』
『トトン、トン、トン♪』
『言う前に言っちゃった』
『殺るしかないな』
『殺ろう殺ろう♪』
その上、そんな輩がぞろぞろと、最初の者を含めて計六人ものトンカラトンが現れた。当然、全員抜刀している。
「おいおい、それは卑怯じゃない?」
『『『『『『卑怯もラッキョウもあるものか!』』』』』』
「悪質宇宙人かお前らは」
そして、トンカラトンたちは卑怯にも四方八方から斬り掛かった。
「あんまり舐めるなよ? ヴァアアアアアアッ!』
『『『『『『ピギャアアアアアアッ!』』』』』』
「き、汚い花火だ……」
しかし、説子の体内放射熱線が炸裂して、全員見事に汚い花火となって散る。弱っ!
(まぁ、良い運動にはなったかな……)
はぁ~あと説子が夕暮れでもないのに黄昏た、その時。
「がっ!?」
彼女の胸を、一本の刃が貫いた。黒濡れた、闇のような刀の刃だ。
(一体どこから……!?)
気配はなかった。誰かがいる気配も、臭いも。
だが、飛んで来た方へ振り向いた瞬間、どうやってのか直ぐに分かった。
(向こう岸から……!?)
そう、刀は堤防の遥か向こう――――――対岸の河川敷から投擲されていた。
いや、正確に言うなら、
『油断大敵、ってねぇ……』
犯人はこの人――――――否、この妖怪。
包帯巻きの上からセーラー服を纏い、蜘蛛のようなデザインのヘルメットを被った、ちょっと変わった格好のトンカラトンである。
『あらよっと!』
さらに、説子の身体をつっかえ棒代わりにして、まるでパチンコのようにかっ飛んできた。返しが食い込み、説子の胸から血がドバドバと噴き出す。
『これでおまえはトンカラトンの術中に嵌った』
そんな彼女を見下ろし、七人目のトンカラトンが愉しそうにせせら笑う。
「包帯が……!」
その言葉通り、説子は見事にトンカラトンの法則に嵌められてしまった。どこからともなく包帯が無数に現れ、彼女をグルグル巻きにしようと襲い掛かってきたのだ。
(トンカラトンに斬られた者は、トンカラトンにされる、か……!)
この蠢く包帯が何よりの証拠。説子がトンカラトンになるのは決定事項である。
「あ、あの……!」
すると、すっかり蚊帳の外だった香夜子が、トンカラトンに話し掛ける。時間稼ぎもあるだろうが、何よりも……、
「小夜子さん、ですよね?」
『………………』
「小夜子さんなんですよね!?」
『……ったく、相変わらずうるさいわね、あんたは』
そう、この奇抜な格好の怪人は、小夜子の為れの果てなのだ。統一感のあるトンカラトンの中で個性的な姿をしている辺り、彼女の存在感が窺える。先の不意打ちといい、どうやら生前の最盛期の実力が能力と姿にある程度反映されるようだ。
『……で、分かった所で何? 何の用? 今取り込み中なんだけど?』
と、小夜子が面倒臭そうな表情で訊ねた。感動の再会処か、明かに水を差されて怒っている。
「ぁう、えっと……」
さて、どう言ったものか。
香夜子はただ会いに来たのではない。殺しに来たのである。
人の尊厳を守るためとか尤もらしい理由はあるが、それで相手が納得するかと言えば別問題だ。というか、どんな理由があろうと、殺意を持った相手にむざむざ殺されてやる奴は普通いないだろう。
『人として死なせてやりたいとか、そういう自分に酔った下らない正義感でやって来たんじゃないよねぇ?』
「………………!」
その上、完全に筒抜けだった。流石は元・天才少女。
『まったく、相変わらずあんたは……人生の足手纏いだよぉ!』
「げふっ……!」
そして、一度だけ嘆息すると、小夜子は躊躇なく可夜子を斬り捨てた。
『出会った時からそうだった。ちょっと苛められてるとこを助けてやったら、何時までも腰巾着みたいに纏わり付きやがって。その癖、足だけはしっかり引っ張りやがる。そして、止めにあの事故だ。馬鹿みたいにフラフラ道路を歩きやがってよ。ついつい庇ったらこの有り様だ。おまえは存在自体が迷惑なんだよ。てめえは仲間にしてやらねぇ。そのまま惨めにくたばりやがれ、このすぺたがぁ!』
「う、うぅ……」
さらに、言いたい放題に罵ったあと、顔に唾棄までしてのけた。かなり最低な女である。
『なるほどなるほど、そういう事か……』
『なっ!?』
しかし、そこで支配されたかと思った説子が会話に割り込む。傷もすっかり元通りだ。
『きさま、どうやって!?』
『いや、普通にさっきと同じ要領で焼いたんですけど? それにしても、お前は最低な奴だ。
『何だとぉ!』
安い挑発に乗った小夜子の刃が、説子の爪と鍔迫り合いし、火花を起こす。
『おや、刀の方は業物か?』
『フン! この刀は蜘蛛糸にカーボンナノチューブを含んだ体液を吹きかけ、縒り合わせた特別性だ。ただ適当に体内の鉄分を刀に変えたあいつらとはレベルが違うんだよ、すっぺた女ぁ!』
正直に答えてしまう小夜子は、意外と根は間抜けなのかもしれない。もしくは自信の表れか。
(「カーボンナノチューブ」ねぇ……。確か、前に里桜から聞かされた気がする)
カーボンナノチューブとは、炭素のグラフェンシート(蜂の巣みたいな正六角系が隙間なく合わさった構造)を単層もしくは多層に丸めて筒状にした物である。分子同士が隙間なくガッチリと噛み合っているので、耐久性が非常に強い。
また、靭性や伝導性も高く耐熱性にも優れる上に、単層か多層か、分子構造の辺数を増やすかでガラリと性質を変えるため、かなりの応用力を持つ。
一方の蜘蛛糸は、天然繊維では最強の強度を誇り、同じ太さの鋼鉄を遥かに凌ぐ耐久性・靭性を持つ。
そして、天然と人工、それぞれ最強の繊維同士を融合させる時、史上最強の超繊維が誕生する。元より強いカーボンナノチューブに蜘蛛糸の柔軟さが加わるので、断ち切るのは容易ではない。
しかも、小夜子の黒刀は伝導性の高さを利用し、体内電気を集束することで電磁パルスの膜まで形成している為、刀身の破壊はほぼ不可能だろう。
『まぁ、本体は別だよね。……ゴヴァアアアアッ!』
『ぎゃあああっ!?』
だが、それは刀身の話。小夜子本人は普通に火に弱かった。駄目じゃん……。
『うぐぐ……チクショウ……』
しかし、それでも彼女は足掻いた。四肢が吹き飛び、達磨同然という情けない姿で、みっともなく泣き散らして。
『わたしはただ、自由になりたかったんだ……何者にも縛られない、どんな意見も良識も捩じ伏せて、好き勝手に出来る力が……もう少しで手に入ると思ったのに……くそっ、あいつにさえ会わなければ……!』
『あっそ。ごくろうさん』
『げふっ!』
でも許されな~い♪
既に息絶えた香夜子への怨嗟の声を出した所で、説子にあっさりと止めを差された。黄昏は終わり、小夜子の第二の人生も幕を閉じる。
『――――――どうしてこう、女ってのは殺し合うのかねぇ?」
「………………」
物言わぬ香夜子に、説子は冷めた目で言い捨てて、屋上へ帰った。
◆◆◆◆◆◆
――――――その日の夜。
『運命の糸はまだ斬れていない……!』
『そうだ、それで良い』
誰かが、楽しそうにそれを見送った。
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