第8話「旧校舎のラビリンス」
牡丹が花開く、とある夜の事。
「ふぅ……焦った焦った」
日が沈み、誰も居なくなった峠高校の校舎に、一人の少女が入り込んでいた。彼女の名前は
そんな一般人たる紗香が、何故に夜の校舎に忍び込んでいるのかと言うと、単純に忘れ物をしたからだ。探し物は何ですか?
「あったあった……」
見付けられる物でした。忘れ物は、明日までに出さなければいけない宿題である。紗香は結構おっちょこちょいなのだ。
しかし、ここで大人しく帰してくれないのが、峠高校という所。
「……ん?」
ふと、廊下の窓から中庭の方を見た紗香の目に、信じ難い光景が飛び込んで来た。
「「旧校舎」じゃん」
そこには、既に取り壊されて久しい、旧校舎が佇んでいた。現在の上から見ると「C」型の校舎は、元々は「エ」の形をしており、老朽化などの問題から新築する事となったのだが、旧校舎の外側から新校舎を建てて行き、最後に内側を壊して、中庭としたのである。
つまり、一時期ではあるが、“旧校舎が新校舎に取り囲まれている”という状態があったのだ。今見ている光景は、その時の物に近い(割と直ぐに旧校舎へシートが張られた為、本当に僅かな期間のみだった)。
だが、気にするべきはそこではないだろう。
「だけど、どうして旧校舎が……?」
そう、そこが問題である。ある筈のない旧校舎が、突然姿を現している。どう考えてもおかしい。
「ゴクリンコ……!」
しかし、こういう状況であればある程、“怖いもの見たさ”は出てくる物。紗香は吸い寄せられるように、中庭の旧校舎に足を踏み入れていた。
「……暗い」
当たり前だが、旧校舎は暗かった。頼りになるのは、星明りのみ。変色したリノリウムの床は冷たく、天井は染みだらけだ。壁紙は所々が剥げ、罅割れ、汚れている。立て付けの悪い教室の扉は、何処もかしこも中途半端に開かれ、ボロ臭い机と椅子が無造作に並べられた腹の内を見せびらかせていた。
「そう言えば、中に入ったのは初めてだっけ……」
旧校舎と新校舎が同時に存在し、尚且つ教室の移動が済んだのは、去年の春。紗香が入学した時には、既に旧校舎への立ち入りは禁止されていた。だので、彼女が旧校舎を内見したのは、今回が初である。
――――――ザッ、ザッ、ザッ!
そんなレアな体験をしている紗香の耳に、誰かの足音が聞こえてくる。それも複数人。
「えっ!?」
さらに、行く先の暗闇を、良く目を凝らして見てみれば、一個分隊の日本帝国兵が、隊列を為して行進していた。それも、蛆が湧き、半ば骨と化した、悍ましい腐乱死体の亡霊たちだ。
「ひっ……!」
あまりの事態に紗香は腰を抜かしてしまい、その間にも日本兵たちは真っ直ぐ彼女に向かってくる。
「きゃああああああああああああ!」
そして、紗香は旧校舎に取り込まれた。
◆◆◆◆◆◆
べつのひ!
『ビッバラビッバ、ビッバビバ~♪』
温かな日差しの中、ビバルディは中庭でふよふよと空中散歩していた。今の彼は半透明で、気にしなければ誰にも見えない。カエルにあるまじき毛並みが光を屈折させているのである(任意)。
「ねーねー、あの噂聞いた?」
「あー、“夜の旧校舎”って奴ね」
『ビバ?』
すると、ビバルディの耳に生徒たちの噂話が入ってきた。何でも、夜になると取り壊された筈の旧校舎が中庭に現れて、好奇心に身を任せて足を踏み入れると、そのまま取り込まれてしまうのだという。
『オビバ~』
これは何れコトリバコに手紙が投函されるな、と判断したビバルディは散歩を止め、屋上に帰還する。
《手紙が来てるよ~♪》
まさに丁度その時、依頼が届いた。
「おやおや、「学校の怪談」って奴だな」
「ああ、最近噂になってる“夜の旧校舎”か……」
内容もドンピシャリ。
『ビバ~♪』「何喜んでるんですか?」
ビバルディは一人グッと拳を握り、悦子に突っ込まれた。可愛い。
「そう言えば、学校が舞台になるのも久々だな」
「「屋上のリオ」なのにね」
「まぁ、私のお膝元じゃ、早々活動出来んか……」
「地獄の魔王みたいな輩に喧嘩を売る程、馬鹿な奴は少ないんだろうよ」
メタい話だ。
「それじゃあ、偶には出席しますか」
「話を聞きに行くだけだろ。……ビバルディも行く?」
『ビバン!』「行ってらっしゃーい」
そういう事に為った。ビバルディが凄く嬉しそう。暇なんだね。
◆◆◆◆◆◆
そんなこんなで、その日の夜。
「ここに紗香が……!」
二年六組の
「居たとしても死んでるだろうけどなー」
「そういう事は黙っててやるモンだぜ?」
『ビバルゥ~』
里桜・説子・ビバルディをパーティに加えて。
尊の依頼は至極単純。“旧校舎に取り込まれたかもしれない紗香を探し出す”事。彼女は彼の大切な人なのである。
愛しい人を救う為、今ここに勇者:尊たちの冒険が始まる……!
「「「う~ん、懐かしい雰囲気」」」
とりあえず、見慣れた旧校舎の空気を味わう一行。三人共二年生なので、元の校舎を知っているのだ。
「おっ、ここ一年四組か。相変わらず小汚い」
「
「あ、これ俺の机じゃん。……この彫刻跡は、黒歴史!」
さらに、懐かしの教室に到着。「死」の四組とか言われていた室内は、最後に見た時のままだった。
『ビバ~』
この中で一匹だけ一年一組だった元・
「――――――って、懐かしんでる場合じゃない! 早く紗香を助けないと!」
「「諦め悪いなー」」
「煩いな! 俺はまだ、希望を捨てちゃいないぞ!」
という事で、探索再開。廊下に出る。
――――――ザッ、ザッ、ザッ!
腐った日本兵の隊列に遭遇した。
「よし、汚物は消毒だ!」
「バヴォオオオオオッ!』
燃やした。
『『『『『『『アブラカタブラァァアアアアアッ!』』』』』』』
何の見せ場も無く焼かれた腐乱兵は、断末魔を残して蒸発した。
『いや、消えるのはお前らの方なのよ」
※アブラカタブラ⇒日本語訳:「ここから消えて無くなれ」
「東北の軍人と言えば、滅茶苦茶に強かったらしいんだけどな」
「それは“人間レベル”で、だろ?」
「それもそうか」
所詮、人間の幽霊は人間だった。本物の化け物たちが相手では形無しだろう。
「お次は生物室か」
「薬品臭いな」
「紗香、何処にいるんだ……!」
『ビバル~ン』
そして、特に目ぼしい成果が無かった為、真っ暗な校舎をズンズンドコドコ進んで行くと、突き当りの生物室に辿り着いた。洗面台とコンロが一体化した机が整然と並び、戸棚には様々な実験器具や標本が陳列されている。部屋中が独特の臭いが籠っていて、ここが生物室なのだと嫌でも教えてくれる。部屋の奥には実験準備室があり、普段は使わない物が雑多に押し込まれていた。
「そう言えば、授業中に漫画描いて怒られた奴が居たっけな」
「“読む”じゃなくて“描く”って所が凄いよな」
「バレないと思ったんだろうか……」
『ビッパ~』
クラスに一人は絶対に居る。授業中にとんでもない事をやらかす馬鹿。
――――――カタカタカタッ!
「おん?」
突如、戸棚の標本たちが蠢きだす。何かの内臓が揺らぎ、生まれる前のヒヨコが鳴き、腹を開かれた蛙がワキワキと藻掻いていた。
『ビーダル!』
対抗するなカエル。
『ギギギギ……』『ケェエエン!』『クケケケケ!』
さらに、実験準備室の方から人体模型やら鳥の剥製やらが、ぎこちない動作で襲い掛かってくる。
「えい!」「てい!」
「普通に壊した!?」
『はむん』
「こっちは食べた!?」
だって、もう存在しない備品ですしお寿司。
「……次は音楽室な訳だが」
「ベートーベンが血の涙を流しながら「俺の尻を舐めろ」を弾いてるな」
「音楽室の怪談を無理矢理に纏めた感が凄い」
というか、ベートーヴェンがモーツアルトの曲を弾くのはどうなのか?
「「「失礼しました」」」
見なかった事にした。こんな煮凝りみたいな物を怖がれという方が無理だろう。
「ぬっ、トイレから音が……」
すると、三階の女子トイレから物音が。「花子さん」か、はたまた「赤い紙、青い紙」か、と予想して入ってみたら、
『イッヒッヒッヒッ……!』
トイレの「紫婆」が現れたッ!
「ホームに帰れ」
『ぎぃやあああああああっ!?』
「容赦が無い!」『ビババ!』
だが、この里桜、容赦せん。出会い頭に目からビームで爆殺した。赤紫色の肉片がトイレ中に飛散する。
「よし、舐めて掃除だ!」
「いや、絶対に嫌だわ!」
里桜と説子は仲良しだった。
「今度は渡り廊下だけど……」
『足はいらんかぇ?』
その後、校舎は粗方見て回ったので、渡り廊下から体育館に行こうとしたのだが、行く手を阻む、一人の婆が。馬鹿デカい風呂敷を背負った、しわくちゃで小さな老婆である。
「「足売り婆」だな。売ると見せ掛けて足をもぎ取る、とんでもない婆だ」
「本当にとんでない……」
補足すると、彼女の言う「いるか」というのは、「持っている必要はあるのか」という意味で、「いらない」と答えると「じゃあ私が貰うわ」と解釈されて、奪い取られてしまうのだ。その癖「いる」と言うと余計な足をくっ付けられたりするから、実に始末が悪い。
「逆にもぎ取ってやらぁ!」
『ぎゃああああああああ!』
「きゃぁあああああああ!?」←尊
見せられないよ!
「ふぅ……良い汗掻いたぜ」
「返り血の間違いだろ……」
「グロ過ぎる……」『ビビバ~ン』
ちなみに、プールが真っ赤に染まったり、水泳部の更衣室付近から無数の手が蠢いていたりしていたが、里桜たちは勉めて無視した。段々と相手をするのが面倒臭くなってきたのである。
「――――――で、体育館に来ちゃった訳だけども」
ここを見たらもう帰るという意気込みで、体育館の扉を開けてみたのだが、
『……ジィーッ!』
「婆でラッシュを決めるなぁ!」
バスケットゴールの下で、異次元婆がこちらをジーッと見つめてきた。体育館の端っこで転ぶと神隠しに遭うとかいうアレだ。それを引き起こしているのが、あの見える人にしか見えない婆なのである。何故こうも婆が続くのか……。
「ラスタービーム!」
『ババァアアアッ!』
既に飽き飽きしていた里桜は、遠慮無くビームした。きたねぇ花火だ。
「……もういい加減にしろ! こんな下らない事をしている暇があるなら、魔王でも何でも良いから出て来やがれ!」
――――――ォォオオオオオオオオオオッ!
と、里桜が心底から叫んだ瞬間、体育館が軋みだした。それ処か、校舎も武道館もプールもグラグラと揺れ、動き出す。
「脱出するぞ!」「おう!」「置いてかないでー!」『ビバババ~♪』
むろん、潰される前に全員が脱出。幸い尊が尊い犠牲にはなっていない。その間にも、旧式の建物という建物が寄り集まっていく。
『ホォォオン! ホァヴォオオオオオォン!』
そして、色んな施設が雑多に混じり連結した、巨大な瓦礫の蛾となった。胴体だけで二十メートルもあり、前翅長は百メートルにも及ぶ。まさしく大怪獣である。
◆『分類及び種族名称:巨大蛾超獣=
◆『弱点:炎』
『ホォォォォォ……!』
さらに、その巨体に恥じない重低音を轟かせながら、その巨躯に似合わない軽やかさで離陸する。羽ばたくだけで瓦礫が鱗粉のようにばら撒かれ、新校舎を崩落させていく。
―――――――ゴゴゴゴゴゴゴオッ!
その後、空高くまで舞い上がり、隕石の如く質量に任せた攻撃を仕掛けてきた。
「ひぃぃぃぃっ!」『ビバ~!』
「なるほど、旧校舎そのものが妖怪だったって事か」
「「迷い家」か。こういうパターンもあるんだなぁ」
しかし、慌てふためく尊やビバルディを他所に、里桜と説子は落ち着き払っていた。
「……
何故なら、
「ドラァッ!」
そして、里桜は両手を胸に当ててエネルギーを溜め、大きく右手を振るうように放出。虹色の破壊光線となって、天空の巨大蛾を撃ち貫く。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアァッ!』
原子力発電数十年分のエネルギーを受けた迷い家は爆散し、
「――――――って、え?」『ビババ?』
「「冒険の書は消えてしまいましたー」」
気が付くと、三人と一匹は中庭の一本桜の前に立っていた。あれだけ散らばっていた瓦礫は一つも無く、新校舎も平穏無事な姿で寝静まっている。
「これは一体……?」
「私たちは幻覚を見せられていたんだよ。
尊の当然な疑問に、里桜が桜の樹上を指差して答える。
「うげっ!?」
そこには、糸で枝に雁字搦めにされた、女生徒たちが
「うぅ……」
「あ、紗香!」
その中には、お目当ての紗香の姿もあった。
「紗香、今助け――――――」
「うぐぅっ!? く、苦しい!」
だが、尊が助けようと近付いた瞬間、紗香を含む女生徒が一斉に藻掻き苦しみ出す。
さらに、彼女たちの膨らんだお腹が勢いよく蠢き――――――、
『フゥゥゥウウッ!』『ホォオオオッ!』『ハァアアアアッ!』
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!」
次々と腹を突き破って、赤子サイズの蛾が羽化した。当然、紗香たちは血と悲鳴を吐き、壮絶な形相を浮かべながら息絶える。生きながら腹を引き裂かれるのは、想像を絶する苦痛だったであろう。慈悲は無い。
「フム、人体に寄生して増えるのか……」
そう、迷い家は興味本位で足を踏み入れた女を苗床にしていたのだ。男の姿は見当たらないが……糸に絡まっている人骨を見るに、どうなったかは考えるまでもない。野郎は
「紗香ぁ! そんなぁ!」
「「ご愁傷様でぇーす」」
『オビバァ……』
不謹慎にも程がある。
「……ま、こんな害虫に湧かれても困るから、焼却しましょ♪」
「ゴァヴォオオオオオオオオオォッ!』
『ホァァ!』『ウギィ!』『ギャァ!』
そして、ぽっと出の怪談「夜の旧校舎」は、一晩の内にお取り潰しとなったのだった。
◆◆◆◆◆◆
それからそれから。
「紗香……」
失意の中、尊は独り帰路に着いていた。何時もは隣を歩いていてくれた紗香は、もう居ない。助ける事も出来ず、目の前で無惨に殺されてしまった。
――――――先輩、今日からよろしくお願いします!
――――――先輩、流石ですね、カッコいいです!
――――――先輩、今度の日曜、何処か行きませんか?
――――――先輩、先輩、先輩!
「うぅぅ……っ!」
思わず頭を抱え、後悔に歯を食いしばる尊。
しかし、どうしようもなかった。紗香はもう死んでいるのだから。今更泣き叫んだ所で、潰えた命は二度と戻って来ないのである。
「………………」
何時の間にか、自宅に着いていた。尊は無言のまま、力なくドアを開ける。
『『オガエリィィィ!』』
「ひっ……!?」
そんな失意に沈んだ彼を、腐乱した両親が生温かく迎えてくれた。
さらに、あっという間に自宅へ取り込まれ、糸で縛り上げられる。
「うぎぃゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」
そして、尊は迷い家の贄となった。
――――――貴方の通い慣れた場所は、帰るべき家は、本物ですか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます