第7話「廖親の呵責」
菜の花畑のど真ん中にある、とある一軒家にて。
「スー……スー……」「………………」
一人の少女が、小さな赤ちゃんと一緒に眠っていた。夜が遅い事もあってか、二人共良く寝ている。畳香る寝室で、布団に包まっているのは、嘸かし寝心地が良いだろう。
しかし、それは束の間に終わる。
「う……ぅぅん……」
突如として寝苦しさを感じ、少女が薄ら眼で起き上がる。もちろん、赤ちゃんを起こしてしまわないように、そーっと。
「……、……きゃぁあああっ!?」
だが、次の瞬間、思い切り叫んでしまった。
「……うぅぅ、えぇぅぅ、ぁああああああっ!」
むろん、赤ちゃんも起きてしまったが、そんな事を気にしている余裕はない。
「だ、誰よ、あんた!?」
『………………』
何故なら、見知らぬ男の子が、部屋の隅にボウっと立ちながら、少女たちを睨んでいたからだ。
覆水を盆に返したような髪に紫斑の肌と赫い瞳を持つ、紺の着物姿をした、五~七歳くらいの少年。むろん、会った事も見た事もない、誰とも知れぬ子供である。彼一体、何者なのだろうか?
『………………』
しかし、その子は少女の質問に答える事も、ましてや反応する事さえせず、唯々黙って睨み続け、
「……えっ!?」
煙のように、フワリと消えた。
◆◆◆◆◆◆
「おはよう」「昨日何観た~?」「あのギャグ、つまんなかったよなぁ」
通学路を歩く生徒たち。行先は「峠高校」。何時も通り、至極真っ当な町立高等学校だ。
「そう言えばさ、隣のクラスの鏡音って女子、行方不明になったんだってさ」
「へぇ。じゃあ、あの噂って本当なんだ」
「あの噂って?」
「“屋上のリオ”だよ」
まぁ、屋上を除けば、であるが。
そう、この学校の屋上は普通ではない。
誰にも辿り着けず、攀じ登る事も出来ない、隔絶された空間。何故か草木が生い茂り、時折変な鳴き声が聞こえるという。
だが、問題は“そこ”ではない。屋上には居るのだ……噂のマッドサイエンティスト、「リオ」が。
どんな怪奇な悩みも手紙一つで解決してくれるが、依頼者は相応の代償を支払う事になる、よく有る、よく聞く、下らない都市伝説。
しかし、
「………………」
そして、今日も
「ワタシが来た!」
「ひっ!? だ、誰よあんた!?」
「何を言っている? 呼んだだろう? 書いただろう? 手紙でな」
「そ、それじゃあ――――――」
「
さぁ、
「ここが屋上とか……嘘でしょ?」
水先案内人たる
眼前に広がるは、太古の大自然。恐竜のような生物が練り歩き、翼竜らしきシルエットが空を行き交う。
『ホォォォォォ……』
「な、何よ、これ!?」
「ただのナイトストーカーだ、気にするな」
「いや、気にしますけど!?」
終いには、真っ赤なプラトン立体に深紅の六脚をくっ付けた、バクテリオファージみたいな生命体まで彷徨っている。気にするなと言われましても……。
(でも、そうか……そうよね……ここは「屋上のリオ」の根城なんだから……)
そう、
「おい、早くしろ。置いていくぞ」
「こんな異界に!? 冗談じゃないわよ!」
「なら、さっさとするんだな。ここの出入りは、ボクと
進む歩む、我先にと。真理沙は万が一にも置き去りにされまいと、懸命に付いていった。向こうは普通に歩いているだけなのに、何故か猛烈な勢いで置いて行かれる。どういう歩幅をしているのだろうか。
「ここで待っていろ」
そうこうしている内に、例の巨木の前に辿り着いた。子供であればお化けに出遭えそうな、神秘的な雰囲気の古木だが、根元近くに設置された機械仕掛けの扉が全てを台無しにしている。察するに、ここが出入り口なのだろう。インターホンというか、暗証ロックが付いてるし。
「えーっと、564219……」
「何故ポケベル風なのか」
「里桜の趣味だ」
「そーなのかー」
さらに、花子さんが来そうな数字を、説子が入力していく。
「――――――ようこそ、
すると、ガコンと重々しい音がして扉が開き、ブルマーに白衣を纏う変態……もとい、噂の狂科学者:
「ええっと……」
「立ち話も何だし、折角の良い天気だ。ここで話そう。あ、それ、パチンとな♪」
「ええっ!? 茸みたいな椅子が生えて来た!?」
真理沙が反応に困っていると、里桜が何事もないようにマッシュルームチェアを召喚した。
『ビバビバ~♪』『あ~、水が気持ち良い……』
「……ちなみに、あの可愛い生き物は何?」
「我がラボのマスコットだよ。それよりほら、手短に詳しく話せ」
「日本語がバグってるわよ……えーっと、ね……」
真理沙は面と向かって話し出す。自宅で赤ちゃんをあやしていたら、突然見知らぬ不気味な少年が現れ、それ以来ぬらりと出てきて煙の如く消え去るようになった事を包み隠さず、本当の悪魔に語り聞かせる。
「――――――なるほど、「
真理沙の話を聞いていた説子が言った。
「「呵責童子」? ……「
「ほぅ、座敷童子は知っているのか」
「昔、家に居たからね」
そう、真理沙は見える子ちゃんであり、幼い頃は「マコちゃん」という座敷童子と友達だった。今思えば単なるイマジナリーフレンドである可能性もあるが、存在感は抜群だったので、本当に居たのだと信じたい。
「だけど、あの子は違う気がする」
だが、最近見掛けた子供――――――呵責童子は違う。雰囲気も、見た目も。少なくとも、マコちゃんは元気溌剌で、一緒に居ると自分も元気になれるような子だった。
しかし、呵責童子は元気を貰う処か、気が滅入る上に身体も弱っていく。赤ちゃんも日に日に元気が無くなっていくので、絶対に気のせいではない。全部あの呵責童子のせいだ。
「それで、呵責童子って何なの? 座敷童子の親戚?」
「そうだ。またの名を「如月童子」とも言う。主に冬の終わりから春の初めに現れる、童子系の妖怪だ。ただし、お前の予感通り、呵責童子は人を幸せにしない。入り込むと、家主に災いを齎し破滅させる、疫病神の類だよ」
ある雪の降りしきる寒い夜、とある農夫の家に、一人の童子が迷い混んできた。その童子は冬だというのに着物1枚で、死人のように生気がない。農夫は訝しみながらも、その童子を匿い、冬の終わりまで世話してやる事にした。
だが、その童子が来てからというもの、農夫は病気がちになり、冬を越す前に死んでしまった。村人が農夫の死体を発見した時には童子が見当たらず、家中に毒茸が生えていたという。
「な、何よそれ……なら、早く退治してよ!」
このままでは自分や家族の命が危ない。何としてでも立ち退いて……否、退治して貰わねば。
「なら、分かっている筈だ。噂を聞いて、手紙を出したならな」
里桜がプリーズの手付き。言うまでもなく、“代償を払え”という事だろう。
「……何を差し出せば良いの?」
「物じゃない。“者”だ。つまりはお前だよ」
「………………!」
やはり、噂は本当だった。この狂科学者は真実、人を実験材料か玩具ぐらいにしか思っていないのだ。
しかし、相手は摩訶不思議な妖しき怪物、背に腹は代えられないだろう。
「お、お手柔らかにお願いします……」
「だが断る★♪」
だが断られた。ちくせう。
「そんじゃまぁ、放課後に、お前の家で会おう」「じゃあな」
「………………!」
気が付くと、真理沙は教室の前に立っていた。
「あれは夢……?」
時間も朝から全然経っていない気がするし、白昼夢ならぬ今朝夢でも見ていたのだろうか……?
「いや……」
違う。靴に土が付いている。あの草を踏みしめた感触も、彼女たちから漂ってきた薬品と焼香の臭いも、紛れもない現実である。時間の経過については、感覚の問題にしておけばいい。
ともかく、自分は屋上のリオの協力を得られたのだ――――――と、真理沙は自分を納得させた。今夜こそ、安心してグッスリと眠る為に。
そして、他愛のない学校生活が過ぎていき、やがて夜が訪れる……。
◆◆◆◆◆◆
花香る、菜種の園。夜闇に浮かぶ黄色の海原は、風に揺られながら沈黙するのみで、何も語る事は無い。
「ほぅ、割と良い家に住んでるじゃない」
「普通に豪邸……というか、お屋敷だな」
そんな黄炎の花園に建つ、ご立派なお屋敷――――――つまりは真理沙の家に、里桜と説子は訪れていた。
「……どうも」
と、インターフォンを押す前に、真理沙が彼女らを出迎える。その顔は昼間よりも暗く、影が差していた。夜だから、という訳ではあるまい。
「そう言えば、赤ん坊の声が聞こえないが?」
「今は別の場所に避難させてるわ、危ないし」
説子の質問に、真理沙が答える。最初から荒事になると想定しているのだろう。
「まぁ良い。その方が、
もちろん、里桜は依頼人や周囲への安全など考えていない。そこに居る奴が、巻き込まれる方が悪い、というスタンスだ。真理沙の判断は正解だったと言えるだろう。
「さて、お邪魔するよ……」
こうして、里桜と説子は真理沙を表に残して、屋敷に足を踏み入れた。
「これは……」
「ああ、何とも……」
言い難い。思わず口から出てしまう。それ程までに、真理沙の家は酷い有様だった。言い方は悪いが、“お化け屋敷”と表現した方がしっくり来る。
「――――――で、お前が「呵責童子」か?」
『………………』
そんな化け物屋敷の奥座敷……つまりは真理沙の寝室に、呵責童子は鎮座していた。覆水を盆に返した髪の毛と死人のような肌色を持つ、赫き瞳の子供。一張羅である紺の着物は、何日も経っているとは思えない程に小綺麗であり、まるで皮膚の一部のようである。
◆『分類及び種族名称:増殖怪人=
◆『弱点:菌核』
「
その彼に対して、里桜はプリーズをする。
『……分かった。報酬はボクの腕で良いかい? どうせ、直ぐに“生えて”くるし』
すると、呵責童子が当たり前のように左腕を肩先からもぎ取って、
さらに、呵責童子の言う通りに、彼の左腕は直ぐ様に生えてきた。粘菌が糸を伸ばすように。はっきり言って、かなりグロテスクだ。
まぁ、それも
「……今はそれで
それらを見届けた里桜は、
『そう。なら、
「
『それもそうか……』
呵責童子もまた、素直に家を出る。最後に一度だけ、庭先の一本柳へ振り返って。
『……
◆◆◆◆◆◆
「えっ、もう解決したんですか?」
「ああ。“報酬”も手に入った。後は好きにすると良いさ」
「は、はぁ……」
家に上がり込んで十分もしない内に何事も無かったかの如く出てきた里桜と説子に対して、真理沙は首を傾げるしかなかった。幾ら子供の姿をしているとは言え、化け物を相手に無傷で済む物だろうか?
しかし、二人共本当に何の要求もせずに帰ってしまったし、真理沙としても最早出来る事は無い。里桜たちが依頼を達成してくれたと信じるしかないだろう。
「なら、早く傍に行ってあげなくちゃ!」
むろん、警戒は続けるが、それよりも先ずは大事な“我が子”をあやしてあげなければ。真理沙は急ぎ家へ上がり、寝室に向かった。そこは未だに茸が繁茂する腐海と化したままだったが、彼女は全く気にする事無く、布団の上にある“それ”を抱き上げる。
「良かったねぇ、もう何の心配も要らないわよ~?」
「………………」
“それ”は、物言わぬ骸だった。死んでから大分経っているのか、骨は黄ばみ、枯れ果てた腐肉がこびり付いている。まるで警告色を思わせる斑な模様は、
何せ、
そう、真理沙の抱いている死体は、彼女が産んだ子供である。父親はもう居ない。庭の何処かに“埋まって”いる筈だ。その“家族”も。誰かが掘り返しでもしなければ、見付からないだろう。
「ウフフフ、フフフフ……」
見ての通り、真理沙はもう終わっている。呵責童子がドン引きして逃げ出すぐらいに。
呵責童子は“共生関係の菌類を定着させる”という己の習性故に、自らを脅かす存在が来なければ、本能的に動けない。
だから、彼は噂のリオに頼ったのである。自分以上の化け物だと、確信していたから。
こうして、本当の意味で誰も居なくなった屋敷の中で、真理沙は延々と微笑み続けた。我が子の抜け殻を愛でて。
だが、そんな都合の良い現実は長くは続かない。
『ホー……ホー……』
何故なら、
庭先の一本柳の枝に留まる、赤ん坊の顔を持つ梟の妖怪。
『ホー……ホー……オギャアアアアアアアッ!』
水子の変じた化け物、「たたりもっけ」が飛び立った。
◆『分類及び種族名称:怨念怪鳥=たたりもっけ』
◆『弱点:口』
「えっ、何!? ……ぎゃああああああああっ!」
『ガヴヴヴ……グチュクチュ……ゴリゴリ……ベキ……』
さらに、顔面を「×」の字に開いて、真理沙を頭から丸齧りにする。耕された彼女の顔には、何故か沢山の蛆が湧いていた。
「……アァァ……ヴォォォ……』
そして、不幸は繰り返される。
『ケッケッケッケッ♪』
『ウガァァ……ハラ、ヘッタァ……』
たたりもっけが満足気に飛び去った後、真理沙だった“ナニカ”は動き出した。更なる
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