第6話「吾輩はビバである」
吾輩はカエルである。
名前はもうある。「ビバルディ」だ。
『ビバァ……』
――――――などと、益体も無い事を考えながら、ビバルディは森を歩いていた。
ここは峠高校の屋上。「屋上のリオ」こと
ビバルディ……否、元:
里桜の相方である
そう、最早ビバルディはビバルディとしてしか、生きて行けないのである。哀しいね。
『ビバビバ、ビバババッバ~♪』
だが、ビバルディ本人は大して気にしていなかった。
確かに「ディヴァ子」という夢は奪われ、肉体も粗悪品に変えられはしたが、元々引きこもりの社会不適合者なので、衣食住が確保して貰えるのなら、別に人間に拘る必要は無いのだ。
「ビバルディ、散歩?」
『ビ~バ~』
「……可愛い」
むしろ、説子が安全を保障してくれる為、何の不安も無い。例え里桜が魔手を出そうとしても、しっかりと守って貰える。毎晩のように添い寝を要求して来るが、マッドサイエンティストのお膝元という危険地帯でも安心安全に熟睡出来るのだから、安い物だろう。
しかし、何時でも何処でも完全保障、という訳でも無かったりする。
『ビ~バビッバ、ビバビ~バ♪』
『キシャアアアアアアアアア!』
『ビバ?』
説子と手を振り別れ、ポテポテと歩いていたら、実験動物っぽいモンスターと出くわした。峠高校の屋上は真の巣窟。里桜が創ったり、説子がその辺から拾ってきた怪物たちが放し飼いにされ、独自の生態系を築いているのである。
だから、
だが、ビバルディにとっては問題にならない。
『あぁんむ♪』
『ギ……ッ!』
何故なら、ビバルディの吸引力はダ○ソンで、お腹の中はブラックホールだからだ。自分を遥かに凌駕する巨体をも吸い込み、腹に収めてしまう。どうしてそんな事が出来るのかは、ビバルディにも、何なら改造した里桜にも分からない。適当に作ったが故の、ビックリ仰天な副産物と言える。
とにかく、このチート級な能力のおかげで、ビバルディは屋上の森林地帯を好きなように歩けるし、食事にも困らない。すぐに傷付き死んでしまう人間なんかより、よっぽど気楽である。
『ビ~バビ~バビッバ~♪』
あと、どういう訳か、ビバルディは短距離なら空を飛べる。飛ぶと言うより、ふよふよと浮かんでいると言う方が正しいが、何故か自分で動かせるマントをはためかせれば、ある程度行きたい方向へ宙を散歩出来るのだ。毛が生えているせいで、カエルの癖に泳ぐのはあまり得意ではないが、パチャパチャと水遊びは可能であり、陸・空・海(というか水上)を制した、完全無欠のボディと言えよう。
『ビバルディ……』
まぁ、屋上からは出られないので、所詮は井の中の蛙なのだが。
『ビバッ!』
そして、散歩に飽きたビバルディは、踵を返して屋上ラボへ向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆
《オレはスーパーレ○プマン! 見よ、この素晴らしきラ○トサーベルを!》
《ま、まさか、そのサイコ○ンで、私を……犯すつもりなの!?》
《その通りだぁ! 食らうがいい、我が最強の牙突イチモツを!》
《いやぁあああああああああああああああああああああああっ!》
「よし、これで百人斬り達成だねー」
『………………』
ビバルディがラボに帰ってみると、里桜が壁の一つを使った大画面で、良い子には見せられないゲームをしていた。スーパーレイ○マンって何やねん。
「……何してんだよ、お前は」
そんな彼女を、説子が呆れ顔で見下す。
「あん? ……ああ、これ? これはかの有名なネットゲーム「オススメ11」の運営会社「屑工二」が、過去に開発してしまった、伝説のクソゲーだよ。いや、クソゲーと言うより――――――」
「言うより?」
「ウンチホープって感じ」
「絶望的なクソッタレじゃねぇか……」
誰に需要があるんだ、そのゲーム。
「主人公が自慢のご立派様を使って世界中の女を食い荒らすってのが、ザックリした内容かね」
「益々以て需要が無い……」
ストーリーも操作性もチープな癖に、そういうシーンだけは妙に力が入ってる辺りが、まさしくクソゲーである。
「でも、割とカルト的な人気はあるのよ? 主に童貞のヒキニートとかにな」
「裸なら何でも良いのか?」
結局、男なんてそんなもん。
「ちなみに、最初は全年齢向けとして発売するつもりだったらしいぞ」
「狂気の沙汰だな」
絶対に教育に悪い。
《ハァ~イ、お手紙だヨ~ン♪》
と、今や主人から独立してしまった、ディヴァ子から朗報が。誰かがコトリバコに手紙を入れたのだ。
「フム、ゲームの続きは帰ってからするか。行くぞ、説子ー」
「お前、よく続ける気になるな……ん?」
ふと、説子の袖……というか、靴下を引っ張る者が。
『ビバー』
ビバルディだった。
「え、一緒に行きたいの?」
『ビバビバ!』
やはり散歩するだけでは暇なのだろう。人間誰しも安心な生活の中に、安全な刺激を求めたがるもの。ビバルディはカエルだけど。
「だけど、外は危険――――――」
『ビバ~ン……』
「しょうがないなぁ♪」
「クソ甘じゃねぇか……」
可愛いは正義だった。
◆◆◆◆◆◆
峠高校、図書室にて。
「貴様が
「は、はい……」
「ドン引かれとりますやん」
『ビバー』←説子の膝の上に居る
こんな人っ子一人居ない図書室で、屋上のリオと闇の案内人に面と向かい合って座れば、誰だってそうなる。
そもそも、
「さて、手紙は読ませて貰ったが、改めてお前の口から話して貰おうか」
「はい、実は……」
悦子曰く、五歳年上の兄である
「――――――「森の賢者の会」って言うんですけど」
「いや、ゴリラかよ」
「それは私も思いましたが……この「森の賢者の会」は童貞だけが入信出来て、お互いの傷を舐め合う宗教なんです」
「結構言うね、お前も」
「しかも、「世の女は童貞に処女を捧げてこそ価値がある!」とかいうトンデモな教義を掲げている上に、信者に怪しげな薬を飲ませていたりと、とにかくヤバい場所なんですよ」
「普通に警察へ届けろよ」
「……初めて内容を聞いた時には、私もそう思いましたが――――――その時には、もう手遅れだったんです!」
そう言って、悦子はバーチャフォン(※立体投影型高機能携帯電話の事)で、ある映像を見せてきた。
「「ゴリラやん」」
「はい、ゴリラなんです……」
そこには、ゴリラに為り掛けの全裸の男が居た。まるでスーパー○イプマンだ。どうしてこうなった。
「兄が言うには、教主様に授かったらしいのですが……」
「うーむ、どう思うよ、説子?」
「日本でゴリラみたいな妖怪って言えば、「狒々」が思い浮かぶが……」
「
「えっ、でも元々妖怪なのであって、人間が変異する訳じゃないんですよね!?」
「本来はな。だが、伝承が絶対って訳でもないし、時代と共に在り方を変えるのが妖怪なのさ」
何せ悪魔がネットアイドルをやるような時代である。狒々も進化を重ねて、変異している可能性は高い。
「ど、どうにかなりませんか!? あんな穀潰しでも、私の兄なんですよ!」
「ちょくちょく酷い事言うよね、キミ。……まぁ良いさ。依頼されたのなら、応えてやるさ。魂を報酬にな」
『………………』
嗚呼、こうして今日も犠牲者が生まれるんだな、とビバルディは遠い目をした。
◆◆◆◆◆◆
否、過去には居た。高校時代から好き合っていた
しかし、社会は冷徹で、現実は非常である。人見知り気味だった賢治は面接の段階で落とされてしまい、延々と無職の状態が続いた。そんな彼に愛想を尽かした彼女は出て行き、賢治は家から出られなくなり、失意の日々が続く。妹の悦子に八つ当たりをしたのも、一度や二度ではない。そんな自分が益々嫌になる。
だが、転機は突然訪れた。「森の賢者の会」が布教に来たのだ。信者は誰も彼もが童貞で、女性に対してコンプレックスを持つ者ばかりだった。同じ傷を持つ仲間が、そこには沢山居たのである。
さらに、教祖様は口だけの無能ではなく、「世の女は童貞に処女を捧げてこそ価値がある」という教義の下、それを実行する為の力をくれた。不浄の穴を捧げるげ、謎のジュースを飲むだけで、最強の肉体とパワーを授けてくれたのだ。
さぁ、いよいよ復讐の時。先ずは自分を捨てた、あのクソ女をビックサーベルして、それから世の女を食い尽くそう。賢治の頭の中は、桃色ピンクでいっぱいオッパイだった。
「……実際に見ると、更に不衛生だな」
「主に精神面でな」
『ビバルディ~』
だが、彼の偉業を阻まんとする、邪魔者が数名。もちろん、里桜と説子(とビバルディ)である。
『ナンダ、貴様ラ!』
「何だかんだと聞かれたら、「屋上のリオ」と答えてやる。そしてそれ以上喋るな、馬鹿が伝染る」
「「闇の水先案内人」の説子でーす。よろしくお願いしませーん。汚らわしいんで、死にやがれー」
やる気の欠片もない自己紹介だった。ついでに罵倒もされた。かなり酷い言い様だが、世の女性陣の総意でもある。どんな事情があろうと、気持ち悪い物は気持ち悪いのよん。
『ウヌゥ……悦子ガ手紙ヲ出シタノカ? ソウナンダロウ!?』
「ひぅっ……」
『ヤハリ、妹モ女カ! コノ裏切者ガァアアアッ!』
と、妹に自分が売られた(実際は兄を救おうとした)事がトリガーとなったのか、賢治の変異が一気に進む。生え掛けの毛がゴワゴワと伸び、筋肉がモリモリと膨張していく。
◆『分類及び種族名称:超猿人=狒々』
◆『弱点:股間』
『ホッホッホッホォオオオオッ!』
その姿は、まさしく人面のゴリラ。黒い剛毛で覆われた肉体は筋骨隆々で、立ち上がれば三メートル近くある。あの剛腕で女を鷲掴み、掻っ攫うに違いない。伝承の狒々も、実際はこんな感じなのだろう。
――――――ビシュヴヴヴヴン!
しかも、彼の息子はライ○サーベルだった。自ら映像を規制するとは、なるほど確かに賢者である。ただの変態とも言う。いや、そうとしか言わない。
『シネェエエエエッ!』
「チョンパッ!?」
先ずは己の妹を首チョンパ。焼き切られている為か血は一滴も出ず、悦子の生首はクルクルと宙を舞い、
『あんむ』
ビバルディに食べられた。何でや。
『ウホハホォオオオオオッ!』
悦子を始末した賢治は、次なる獲物として説子に襲い掛かり、
「バヴォオオオオオオッ!』
『グワバァアアアアアッ!?』
拳も光刃も届く事なく、あっさりと丸焼きにされた。所詮はエテ公か……。
「――――――さて、どうするよ?」
「とりあえず、「森の賢者の会」へお邪魔しましょうか」
「デスヨネー」
「森の賢者の会」、終了のお知らせ。
「……ん?」
『ビバァ……』
ビバルディが何か言いた気に、里桜の裾を引っ張る。説子の時と同じく、頼み事があるのだろう。
その頼みとは、
「――――――そう言えば、
◆◆◆◆◆◆
「……ハッ!?」
そして、悦子は目を覚ました。確か自分は兄の賢治に殺された筈……。
「一体、何がどうなって……?」
とりあえず、生きてはいる。世界は色付いているし、喋る事も出来る。
「――――――ッ!」
だが、動けない。一歩進む処か首さえ回せなかった。
というか、手足の感覚がない。動かせないとかそういう問題ではなく、
「おはこんハ○チャオ~♪ 気分はどうだね、悦子ちゃんよぉ~?」
その疑問に、里桜が答える。
「え、えっと、私はどうなって――――――」
「それはホレ、鏡を見る方が早いって」
「………………!」
鏡に映る自分の姿は、
「いやぁあああああっ!? 何コレェエエエエッ!?」
「名付けて「悦子生花」かな」
鉢植えに生首が生えている、悍ましい有様だった。これは酷い。
「な、何なのよ、これは!?」
「見ての通り、お前の生首を改造して、鉢植えに入れたのさ。安心しろ。髪の毛が光合成をしてくれるから食事の心配は無いし、根が成長すれば植物人間に為れるぞ」
「それの何処が安心出来るのよ!?」
「うるせぇなぁ。ビバルディが即死状態でお前の首を寄こさなけりゃ、ここまでしてやらなかったんだからよ」
「えっ……」
悦子は視界の端っこでフワフワと浮かぶ、ビバルディを捉えた。彼は食べた物を一定期間、完璧な状態で胃に保存出来る事が、此度に判明したのだ。つくづく謎の生き物である。
「ちなみに、あいつも元は人間で、興味本位で
「………………」
つまり、ビバルディは悦子にとっては命の恩人であり、同じ傷を舐め合う仲間、という事だ。
「――――――兄はどうなったんですか?」
「そっちはステーキにしてやったよ。普通に襲い掛かって来たし、そもそも、あそこまで進行してちゃ、どうしようもない。意識をサルベージする価値も無かったしな。所詮は猿野郎だよ」
「そうですか……」
話を聞く限り、賢治は悪魔の御眼鏡に適わなかったようである。
(何処かホッとする自分が嫌になるわね……)
結局、悦子は辟易していたのかもしれない。口では救うと言いつつ、暴言や暴力まで振るってくる兄を、本当は殺したかったのだろう。不思議と悲しみは無かったし、むしろ安堵してしまったくらいだ。
「ああ、そうそう、「森の賢者の会」は潰しといたぜ。教祖が保菌者で、精液を媒介にして信者を変異させてたみたいだな」
「うへぇ……」
それはつまり、教祖は何でもかんでも食っちまう、どうしようもないクソミソ野郎だったという事である。死んで当然だ。これだから新興宗教は……。
「ま、報告は以上かな。……おい、ビバルディ。自分の観葉植物くらい、自分で世話しろよ。ワタシはゲームの続きをする」
それだけ言い残すと、里桜はさっさと行ってしまった。入れ替わりでビバルディが目の前にフワリと降り立つ。分かり易く可哀想な物を見る目をしていた。事実なので否定のしようがない。する意味もない。
「えっと、あの……よろしくお願いします……」
『ビバ~♪』
こうして、屋上ラボに新たなオブジェクトが増えるのだった。名は悦子。何時か植物人間に生長する、悪趣味な観葉植物である。
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