Revenge Fox Ⅶ

 復讐。


 それを考えなかった日などなかった。

 真実を白日のもとに晒し、俺の無実を晴らすとともにあの女からすべてを奪ってやる。そのために佐々木美鈴という名前を呪詛のように念じながら、あの惨めな夜を思い返す日々が続いた。

 結局、警察が介入することはなかった。

 同僚を突き出したくないからと佐々木が止めたのだという。

 そして後から駆けつけた上司も不祥事の伝播をなんとか最小限にとどめておきたいという当然の意向で警察を呼ばなかったらしい。

 上司はその件について佐々木に感謝しろと言ったが、おそらくあの女にとってその方が好都合だったからに他ならない。


 差し入れのコーヒー。

 あの中に睡眠薬が仕込まれていたのだろう。

 もし警察が捜査していればコーヒーの残った紙カップも現場保存されて、薬物が検出されていたかもしれない。また青痣もメイクだとすぐに見破られたはずだ。

 そうなれば佐々木美鈴は一巻の終わりだった。

 つまり被害者から容疑者へと一瞬にして立場が変わるその最悪の事態を回避するためにアイツは周到に準備をして手筈を考えていたのだ。

 

 ではなにが目的であの女は危険を冒してまでそんなことを企んだのか。

 その理由は俺が下請けに入社した頃、流れてきた噂で明らかになった。


 医療系メタバースプロジェクト。


 その企画が採用され、すでに動き始めていると聞いた。

 もちろん発案者は佐々木だった。

 瞬間、激しい怒りが込み上げ、目の前が真っ白になった。

 気がつくと俺はその場で昏倒してしまったらしく応接室のソファに寝かされていた。


 あのとき心に復讐を誓った。

 佐々木美鈴。

 俺はあいつを絶対に許さない。


 しかしながらそれが果たせぬ恨みであると気づくのにそう長くはかからなかった。

 まずは知り合いの伝手を頼って弁護士に相談してみたが、証拠がなければ無理だと半ば門前払いで帰された。

 次に自分の無実と佐々木の悪事を白日のもとに晒そうといくつかの雑誌社を訪ねてみたものの一介のサラリーマンに起こった小事など相手にされるはずもなかった。

 そうして俺は胸に怒りを燻らせながら、落ちぶれた生活を甘んじて受け入れてきた。けれど怒りも恨みも保ち続けるのは難しい。最近は終わったことは仕方がないと諦めかけている自分に気づくことも多い。忘却が苦しみを希釈してくれるのならば、もうそうなってもいいような気がしている。


 復讐など苦しいだけ。

 全てを忘れて残りの人生を消費する。

 今ではそれが唯一の救いであるように思える。

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