Revenge Fox Ⅱ

 当時の自分は控えめに言っても順風満帆だった。

 有名私大を卒業し、一流と称される大手 IT 企業に入社して三年目。

 俺は配属された企画課で若きエースと誉めそやされていた。

 知識を得てとスキルを磨き、発想力とアピール力、そして粘り強さ、それらを信条に粉骨砕身、仕事にのめり込んだ結果だった。

 努力の結果として得られる賞賛や羨望が何よりも心地よかった。


 その夜、俺は他に誰もいないオフィスでメタバースをプラットフォームにした医療システムのプレゼン資料を作っていた。


「あら岡部くん、まだ残ってたの」


 振り向くと同じ課の二つ先輩、佐々木さんが後ろに立っていた。


「あ、お疲れ様です。ええ、ちょっと。プレゼン明後日あさってなんで」

「ふうん。ガチだね」

「はい、ガチっす」


 たしかに俺はその企画に全力を注いでいた。

 世間はまだメタバースに対する認識が低く、それだけに企画アイデアは早い者勝ちというところがあった。とはいえオンラインゲームや社内会議、あるいはデパートやショッピングモールの物販などはすでに遅きに失した感があり、そこで俺はまだあまり手垢の着いていない医療分野に焦点を当てた。

 なかなかの着想ではないだろうかと密かに自負していた。

 医療は病を抱える人にとっていまだ IT 未開拓の領域だ。

 大都会ならいざ知らず、地方や僻地では行き着けてもせいぜい大学病院かある程度の規模の総合病院。

 もちろんそこで解決できれば良いが、上手くいかないケースも多々あるだろう。すると医師はより高度な医療スキルを持つ病院を紹介し、そこで手こずればさらに次、といった風に渡される紹介状をバトン代わりに病院巡りを繰り返すだけの状況となる。なかにはそうしているうちに手遅れになってしまうことだってあるはずだ。


 そこでメタバースだ。


 仮想空間に総合病院を作る。

 訪れたアバターは AI による問診を受け、必要と判断されれば専門医が常駐する区画へとつながるようにシステムを構築する。

 実際にオンライン診察を行い、近くの医療機関と連携して血液検査や画像診断などを迅速に行えるようにする。そしてさらに必要なら世界中の優秀な医師や医療チームが控えるブースへと橋渡しをしていく。

 もちろん医療倫理や保険点数、あるいは現場の医師たちによる反対意見など成功に導くには幾多の困難が待ち構えているだろうが、けれどいつかはきっとそういう世の中がやってくる。

 ならば今、俺がその黎明を起こしてもいいはずだ。


 先んずれば時代を制す。


 その夜、俺は時折襲ってくる武者震いを意気に感じながらパワーポイントでプレゼンを作成していた。

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