リベンジフォックス
那智 風太郎
Revenge Fox Ⅰ
もうすぐ六月になろうかというのにやけに冷たい雨が降る夜だった。
予報によると梅雨入りが間近らしい。
厚手のレインコートを羽織ってはいた。けれどそれでも湿気はじわりじわりとどこからともなく潜り込み、いつのまにか下着までじっとりと濡らした。俺はまとわりつく冷感に悪態を呟きながら、正面から近づいてくるヘッドライトに赤く光る誘導棒を振る。
工事用ライトに白々と照らされた停止線にゆっくりと止まった車は黒のミニバン。
フロントガラスに目を向けると車内では若い男女が戯れあっていた。
おもわず軽く舌打ちをする。
そしてしかめた表情を気取られないようにヘルメットを被せた頭を軽く下げたがもちろんそんな必要などなかった。彼らは俺のそんな所作など一瞥もくれず、シートベルトの引力に抗いつつ互いの身体を引き寄せ合ってキスをしている。
爆ぜた雨粒が白く立ち込め、その痴態にうっすらシェードを掛けてはいるものの、ワイパーが差し出がましくもそれをコマ送り映像のように切り取っては見せつける。
俺は誘導棒を平行に保ったまま彼らから目を逸らして背後を見遣る。
すると重機が蠢く現場の影から片側通行に制限された道路をいくつかのヘッドライトがゆるゆると向かってきていた。
雨が降りしきる夜半のオフィス街に歩く者の姿などほとんどない。
高層ビル群を見上げると、ふと虚しい言葉が口を突いた。
前は俺もあそこで働いていたんだよな。
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