その存在を知る大魔王


「――最後に、今月18日には全館一斉の避難訓練が予定されている。無論我々からも告知を行うが、理事会にも周知活動に協力して欲しい。管理人室からの連絡は以上だ!」


「ありがとうございます。それでは、今月の定例会は以上で終了になります。ご参加いただきありがとうございました」


 ある日のソルレオーネ。

 

 初回はあれだけ波乱含みだったマンションの定例会も、今となっては順調そのもの。

 元よりマンションというものは、オープン当初の理事会メンバーは皆士気も高く、有能な者が集まりやすい。

 ソルレオーネも例外ではなく、エクスが元大魔王であったことに驚きはしつつも、それによって運営内容がエクスへの態度が大きく変化するようなことはなかった。それどころか――。


「お疲れ様エクス君。どうだい、今度うちの家族と一緒にキャンプにでも。実は息子が君の大ファンでね。私としても、君とは一度ゆっくり話したいと思っていたのだよ」


「あたしのところもそうですよ。ほら、先週からエクスさんと奥様が主役のドラマが始まったでしょう? アレってどこまでがほんとなのかしらって、みんな気になってるのよ」


「ふむ、それはなかなかに面白そうだな! ならば理事会だけでなく、入居者の皆が参加出来るようなレクリエーションを企画するのはどうだ? 皆にも予定があるだろうから、商業区や広場で気軽に開催できるライトなやつでよかろう!」


「わぁ……とってもいいお考えだと思います、大魔王さまっ!」


 このように、メディア展開の効果もあってエクスの人気はまさにうなぎ登り。

 実際のところ、エクスは外見と言動があまりにも大魔王という以外は至極真っ当かつ実直なため、噂を聞きつけてやってきたファンの評判もすこぶる良かった。

 上層階に住む気むずかしい富裕層からも、思わぬところで自身の購入した物件に箔がついたと大歓迎状態だったのだ。


「あのアニメやドラマに関しては、随分と序盤から俺とフィオが接触しすぎだと思うのだが……そもそも、俺がフィオと初めて顔を合わせたのは最後の魔王城だぞ!?」


「――それは仕方ありませんねぇ~。せっかくのなれ初めラブラブストーリーなのに、肝心の主人公とヒロインが最後しかお話ししないなんて、かーなり難しいと思いますよぉ~?」


「おお、ラナではないか! 最近姿を見なかったが、少しは時間が出来たのか?」


 会場からまばらに去って行く理事会メンバーの後方。

 何人かの役員と談笑するエクスの前に、いつも通りの途轍もなく軽薄でうさんくさい笑みを浮かべたラナが現れる。


「ええ、ええ。色々と立て込んでおりましたがなんとかなりました~。ところで、今日はその件でエクスさんにご相談がありましてねぇ」


「相談だと? 貴様から俺に相談とは珍しいな」


「なにせこのマンションに関わることですからねぇ。ワタクシの裁量だけではなんともかんとも~」


 言いながら、ラナは一度は片付けられた会議室の椅子を二つ引っ張り出すと、笑みと視線だけでエクスに座るよう促した。言外に〝長話になる〟と伝えているのだ。


「マンションに関わることか……貴様の持ち込む話だ、相当に厄介な話なのであろう?」


「さすがエクスさん、話が早くて助かりますよ~! それで、あれから邪竜さんの呪いについての調査に進展はありましたかァ~?」


「いや……フィオが中心になって調べているが、特段変わった話があったとは聞いていない。そういえば、今日もクラウディオの体質についての検査が入っていたな」


「貴方がここの管理人になる以前から、ソルレオンCEOは呪いの解除方法を調べるために随分と頑張っていらっしゃいましたからねぇ~。ほんっとーに愛の強いお方ですよォ~!」


「俺としてはあまり無理をして欲しくはないのだがな。今回ばかりは問題が問題だ。そうも言ってられん!」


「でしたらこれからワタクシがお話しする内容が、お二人のお役に立つかもしれませんよ~? この話はマンションだけでなく、邪竜さん絡みでもありますのでねぇ!」


「なんだと!?」


 ラナの口から飛び出したその言葉に、エクスは思わず一度座った椅子から身を乗り出す。


「間もなく、私の〝ふるーい知り合い〟がこのマンションにやってきます。エクスさんには、そのお方の面倒を見てやっていただきたいのですよ」


「知り合いだと? では昨日の姫君のように、その者もソルレオーネに引っ越してくるのか?」


「それはまだわかりませんねぇ? まぁ、もしエクスさんが何もしなければソルレオーネもろともこの星も宇宙もなにもかもお終いでしょうねぇ~!」


「なっ!?」


 その言葉と同時。

 ラナが纏う漆黒のスーツが純白の法衣へと変わる。

 

 黒から白へ。うさんくさ過ぎる笑みはそのままに姿を変えたラナは、突然のことに驚くエクスの頬に両手を添え、ねっとりとした表情で鼻先すれすれまで近づけた。


「な、なにをする貴様ーーーーッ!?」


「これでもまだ思い出せませんかァ~? 貴方が言ったんですよ? もし貴方の前にひとりぼっちの悪いドラゴンが現れたら、自分が友だちになって悪いことを止めさせる――ってね」


「ひとりぼっちの悪いドラゴン……!?」


 姿を変えたラナのその言葉に、エクスの中に眠る幼き日のことが蘇る。


 夕暮れの下、突然現れた不審者との問答――そしてその不審者の存在をすぐにポリスメンに通報し、立派なお子さんだと大層褒められて嬉しかった記憶を――。


「ま、まさか――!?」


「そのまさかですよォ~! 間もなくここに来る私の知り合い――それは貴方とソルレオンCEOがリア充パワーでフルボッコにしたボッチ・ザ・ドラゴンのメルダシウスさん! し・か・も――今度の邪竜さんは、以前の〝一億倍くらい強い〟ですよ~~~~ッ!」


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