業務日誌#06

変わらぬ日々の大魔王


「ぬわーーーー!? 部屋が料理で埋め尽くされているのだが!?」


「さあエクス! 私の愛を受け取っておくれっ!」


「みゃー!」


 それはいつもと変わらない二人と一匹の日常。

 管理人としての業務を終えたエクスは、〝今日も〟テーブルの上に所狭しと並べられた料理と、満面の笑みを浮かべたフィオに出迎えられた。


「むふふふ……っ! 今日も腕によりをかけて作ったんだよ。少々気合いが入りすぎてしまったけれど、ぜんぶ食べてもカロリーコントロールも栄養管理も完璧なように調整されている!」


「バカな!? 一皿で俺の血糖値が限界を突破してしまいそうなのだが!?」


「君にはしっかりと疲れを癒やして貰わないといけないからね……! さあ、一緒に食べようじゃないか!」


「そ、そうだな!」


 エクスとフィオが入籍の手続きを済ませてから一ヶ月。

 フィオが自室として購入した部屋は今も確保されているが、当然ながら、ようやくエクスをものにした彼女がそこを利用することはなかった。


 それだけに留まらず、フィオは自社内で新設した新手のファミリー向け休暇や勤務制度をフルに利用し、ここぞとばかりにエクスと二人のラブラブ生活を全力で謳歌していたのだ。


「ふふ……! うふふふふっ! 私は幸せだよ……! 今までの人生で最も満ち足りた日々だと断言できる……! ああ、エクス……! 私と結婚してくださいっっ!」


「昨日もしたであろう!? ま、まあ……俺も貴様となら何度結婚しても構わぬのだが……」


「はうっ……!? そ、そう……? じゃあ……毎日しようッッッッ! むちゅーーーーッ!」


「むぐぐーーーーーっ!?」


「みゃーーーー!?」


 とまあこのような様子で、二人の新婚生活は幸せそのもの。


 もとより十年以上の付き合いである。

 お互いの長所も短所も知り尽くした二人にとって、フィオのエクスへの〝好意の抑制が完全消滅した〟こと以外は、特に結婚や同棲によって関係性が変わることもなかった。


「〝それ〟が一番ヤバすぎるのだが!? 毎日のように大魔王パワーが搾り取られているのだが!?」


「はぁ……はぁ……っ! まだまだ……これくらいじゃ全然足りないよッッ! さあエクス……二人で更なる愛の高みに至ろうじゃないかッッ!」


「や、やはり邪竜なんぞよりフィオの方がむちゃくちゃヤバいのだ……! この大魔王エクス、生まれて初めて生命の危機――アバーーーーッ!?」


「みゃーーーー!?」


 ――――――

 ――――

 ――


「きょ……今日も朝から元気に頑張るのだ……しおしお……」


「だ、大丈夫ですか大魔王さま……? なんだか、お体がしなびているような……」


「魔王ざま……見た目がオイラたちに似てきた……」


「ほんとっス! 自分の発明した〝戦闘力測定ゴーグル君3号〟によると、昨日までの大魔王さんの戦闘力は3兆ちょっとだったのが、今日は2兆3千億まで減少してるっス! 機械の故障じゃないはずっス!」


「ふ、ふははは……気にするな……この程度、しばらくすれば大丈夫だ。うむ……!」


「マジかよ……!? あの大魔王がガチでヘロヘロになってるぞ……!?」


「これは新たな強敵の予感じゃないですか兄貴!?」


「ど、どうだろうね? 僕はもっと別の理由だと思うけど……」


「ねーねー。それより早く今日のお仕事しちゃおうよー! わたしこの後予定あるんだよねー!」


 そしてこちらはその翌日。

 エクスの私生活同様、管理人チームの日々もまた順風満帆。

 

 当初はぎくしゃくしていたユンたちバイト四人組も今ではすっかりチームに馴染み、一度は〝異能掃除人チートイレイザー〟によって奪われたユンのチートスキルもすでに彼の手に戻っている。


「別に返して貰わなくても良かったんだけどな……なんつーか、ろくなことに使えないスキルだったし……」


「ぼくがスキルを返したいってお願いしたいんです。ぼくだって、本当はあんな罰みたいなことしたくないですし……それに、ユンさんとぼくはもうお友だちですからっ!」


「うん……ありがとな、テトラ!」


「うむうむ! さすがはテトラだ。部屋や廊下だけでなく、日々を共に過ごす人々の心までも浄化する……テトラこそ、本当の掃除の申し子なのやもしれんな!」


「テトラせんばい……きらきら……!」


「すごいっス! 自分がどんなに頑張っても、人の心を綺麗にする発明品は作れないっス! 人格入れ替え装置とかは作れるっスけど!」


「俺たちもテトラを見習い、入居者に少しでも快適なマンション生活を提供できるよう頑張らねば! しおしおしている場合ではないのだ!」


 その光景はまさに平穏そのもの。

 街中で一際目立つ美しいタワーマンションは、今日も多くの人々の笑顔と幸せな日常で溢れていた。


 もし今この世界を初めて見た者に、ここもまた十年前までは数千年の戦乱に覆われていたのだと説明しても、到底信じられないだろう。


 それほどまでに、この世界は幸せに溢れていた。

 一切の影が存在しない――否、影すらも幸福と充実の中で暮らすことの出来る、夢のような世界だった。


「さあさ、こちらですよ我が主様~。ここがワタクシがようやく見つけた〝問題の世界〟です。どうです~? みなさんとーーーーっても仲良しで、幸せそうじゃないですかァ~?」


『――そのようだな。群れねばまともに生きてもいけぬ雑魚どもが……なんと忌々しいッ!』


 しかし今。


 その夢のような世界を、〝世界という枠の外〟から見つめる巨大な眼があった。


『我が支配のことわりを外れし矮小なる世よ……! 再び支配してやるぞ……我が支配から逃れることは、誰であろうと絶対に出来ぬのだッッ!』


 無限の広さを誇る大宇宙すら片手のひらに収めようかという巨大な影――影は怨嗟と憎悪のうなり声と共に、〝巨大すぎる竜の形〟を取ったのだった――。



 マンション管理業務日誌#06

 全宇宙消滅の阻止――業務開始。


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