昔話 最後の約束


「おーいエクスー! 野球やろうぜー!」


「ファーハッハッハ! いいだろう! 今日もオレ様の活躍で我がチームを勝利に導いてやるのだ!」


「やったー! エクスがいれば絶対負けねーもん!」


「お前ら卑怯だぞ! なあエクス、明日は俺たちのチームになってくれよー!」


「では明日はそっち、今日はこっちのチームで遊ぶのだ! 人気者は大変なのだ!」


 それはまだエクスが子供だった頃。


 幼き日のエクスは、いつも大勢の仲間たちに囲まれていた。

 優しく、強く。誰に対しても分け隔てなく接するエクスは、まさしくモンスター界の人気者だった。


「じゃーなエクスー! 明日は俺たちのチームだからなー!」


「また明日なー!」


「さらばなのだ! 貴様らも気をつけて帰るのだぞ!」


 その日も大勢の仲間達と夕暮れまで遊んだエクスは、大満足で家への道を歩いていた。すると――。


「――こんばんはァ。そこの君、ちょ~~っとよろしいですかァ~?」


「なんだ貴様は!? あからさまに不審者なのだ!」


「いえいえぇ、誓って私は怪しいものじゃありませんよォ。私の名は〝アスクレピオス〟……これでも、清く正しくがモットーの大賢者をしております。実はこのあたりで、〝あるもの〟を捜している最中でして……」


「オレはエクスだ! よくわからんが困っているのか? ならばオレが助けてやってもいいぞ! ファーッハッハッハ!」


 大賢者アスクレピオス。


 薄汚れた法衣姿に、あまり手入れのされていない銀色の髪。同じく銀色の瞳を狐のように細めて微笑みを浮かべた青年は、自身のことをそう名乗った。


「なんともお優しいお子さんですねぇ……でしたら、少々私の捜し物を手伝って頂いてもよろしいですかァ?」


「いいぞ! なにを探せばいいのだ!?」


「フフ……探す必要はありませんよ。貴方はただ、私とお話しして下さるだけでいいのです」


「????」


 アスクレピオスはそう言うと、眼鏡の向こうに覗く瞳をエクスへと向けた。


「ねぇエクスさん……貴方は誰よりも強く、そして永遠にひとりぼっちの悪いドラゴンさんの話を知っていますか?」


「ひとりぼっちの悪いドラゴンだと?」


「ええそうです。そのドラゴンさんはとーっても強いので、今も〝沢山の世界〟を支配しています。誰も彼もそのドラゴンさんの命令を聞きますし、誰もドラゴンさんの悪口なんて言いません。けれどそのドラゴンさんは、何万年もの間どの世界でもひとりぼっちなのですよ」


「辛気くさい話なのだ!」


 アスクレピオスの語るドラゴンの話に、エクスはさっぱり興味がないとばかりにぶーぶーとシュプレヒコールを送った。


「だいたい、強くてなんでも手に入るなんて今のオレでもそうなのだ! しかもぜーんぜんひとりぼっちではない! オレの方がそのドラゴンよりエライのだ!」


「私もそのドラゴンさんなんかより、貴方の方がずっと強いと思いますねぇ。だってそのドラゴンさんは、〝一番欲しいと思っているもの〟を、まだ手に入れたことがないのですから~」


「一番欲しいもの……? もしかして友だちが欲しいのか?」


「その通り! 実はここだけの話、そのドラゴンさんはとーっても寂しがり屋でしてぇ。いくつもの世界で何万年も生きているくせに、一人も友だちが出来たことがないボッチ・ザ・ドラゴンなんですよォ~! 笑えますねぇ~!」


「そうなのか……」


 そのドラゴンを小馬鹿にするように笑うアスクレピオスとは対照的に、エクスはなにやら神妙な表情を浮かべる。


「ちょっと可哀想なのだ……もしオレなら、ずっと一人だったら寂しくて泣いているのだ」


「ふむ? ですがそのドラゴンさんは、たくさんの人を虐めたり傷つけたりする悪ーいドラゴンなんですよ~? そんなことをしていたら、ボッチになって当然だとは思いませんかァ~?」


「それはそうだが……! けどそのドラゴンも、友だちができればきっと良いドラゴンになるのだっ!」


「ほう……?」


 あまりにも真っ直ぐなエクスの金色の瞳に見上げられ、アスクレピオスはほんの僅かに――しかしはっきりとその細い瞳を見開いた。

 色の失せた灰色の瞳に、まるで〝長年探し求めていたもの〟をついに見つけたかのような驚嘆の光が覗く。


「ドラゴンとはオレが友だちになってやるのだ! そして今まで悪いことをしてしまった者どもに、もうしないから仲良くして下さいと言うのだ! そうしたら、そのドラゴンももうボッチではないのだっ!」


「アハハハハ! それはとても良い考えですねぇ~! もしそれが出来たら、きっと大勢の皆さんが喜ぶと思いますよ~!」


「そーだろー! そーだろー! 我ながらナイスアイディアなのだ!」


「もしかしたら、貴方なら本当にそうしてしまうかもしれませんねぇ。応援させて貰いますよ……エクスさん」


 アスクレピオスは少年の言葉に笑みを浮かべると、そのままエクスに背を向けた。


「どこに行くのだ!? まだ貴様の捜し物を見つけていないのだが!?」


「そんなことはありませんよ~。貴方のお陰で、ワタクシの捜し物はちゃーんと見つかりましたのでねぇ~!」


「????」


「せっかく見つけた貴方に何かあったら大変ですし、念のため〝別のワタクシ〟を置いておきますかね……ではでは、またいつかお会いしましょう。さようなら、未来の大魔王様――」


「むぅ……よくわからんが、やっぱり不審者だったのだ! 後でポリスメンに通報しておくのだっ!」

 

 結局――エクスにとって、この出会いは単なる〝ヤバい不審者との遭遇〟として処理され、いつしか忘却の彼方に消え去った。



 ――ひとりぼっちの悪いドラゴンが現れたら、自分が友だちになって悪いことを止めさせる――



 この時交わされた子供じみた約束。

 それはまだ、果たされてはいなかった――。

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