見送る大魔王


「この度は、本当にありがとうございました」


「感謝致しますわ~~~~っ!」


 青空の広がるソルレオーネ前。すでにあの激闘の痕跡はなく、今日も大勢の人々が忙しなく広場を行き交っている。

 

 広場の中央で向き合ったエクス達管理人チームと、セバスに付き添われたフィアマは、互いに晴れやかな表情で別れの挨拶を交わしていた。


「ファーーーーッハッハッハ! 呪いだの風評被害だので入居を断わるなど、俺たち管理人の敗北のようなものだからな!」


「ご無事でよがったでず……」


「フィアマ様が火薬を扱っても大丈夫なお部屋は、ちゃんと確保してありますっ。ソルレオーネにお引っ越しされる日を楽しみにしてますね!」


「はいですわっ! わたくし……皆様から受けたご恩は生涯決して忘れません……! この感謝を表そうと思ったら、どれだけのお火薬をお爆発させても足りないくらいですわ……!」

 

 邪竜との戦いの後。

 

 呪いが消えたことを確認したフィアマは、ソルレオーネへの引っ越し準備を進めるために一度親元に戻ることになった。


 フィアマの両親にとっても、当然ながらまだ幼い彼女を隔離したことは苦渋の決断だった。

 呪いが消えたと知った彼女の両親は大喜びでフィアマを迎えに現れたが、彼女は両親との再会も早々に、自らは予定通りソルレオーネに入居するとはっきりと伝えたのだった。


「わたくしのお爆発好きはたしかにお呪いのせいですわ。けれど、それも含めて〝今のわたくし〟なのですわっ! わたくしはこれからも、このおマンションで究極のお爆発を追求し続けますわ~~~~っ!」


「おおっ!? なんだか自分、この姫さんとは気があいそうな気がするっス! いい友だちになれそうっスよ~~!」


「う、うむ……! 微妙に……というか明確に危険思想な気がしないでもないが、とりあえず前向きなのは良いことだな!」


「彼女の部屋の強化費用はご両親から支払われるらしいからね。理事会の許可も出ているし、何も問題はないよ」


 確かに邪竜の呪いは消えた。

 だがそれでフィアマの爆発好きが変わるわけではない。


 だからこそ彼女は、窮屈な王族としての暮らしよりも、ソルレオーネで〝自身の好き〟を追求する暮らしを選んだのだ。そして――。

 

「あの……最後に一つよろしくて?」


「なんだ?」


「そちらのおゾンビ様――クラウディオ様が、身を挺してわたくしを守って下さったと聞きました。その御礼をさせて頂きたいでのですわ」


「オイラ……?」


 別れ際。フィアマはそう言うと、見送りのために並んでいたクラウディオの元に歩み寄る。


 あの日、邪竜との戦い最後の瞬間。

 エクスとフィオの予想を超えた悪あがきを見せた邪竜を止めたのは、他ならぬクラウディオとテトラだった。


 特にクラウディオはその身を挺してフィアマに迫る邪竜の力を受け止め、いかに炎に耐性を持つニューゾンビとはいえ危うく死にかける程のダメージを負った。


 クラウディオによってフィアマを道連れにする邪竜の目論見は崩れ、その隙を突いて放たれたテトラの〝異能掃除人チートイレイザー〟が邪竜へのとどめとなったのだ。


「わたくしを助けて下さり、ありがとうございました。心から感謝致しますわ……」


「お、オイラ……ぞの……」


「ふふ、必ずまたお会いしましょう。高貴なおゾンビのお兄様っ」

 

「あうあ……っ?」


 それは実に子供らしい愛情表現。

 うろたえるクラウディオの緑色の頬に軽くふれたフィアマの口づけは、彼の冷たい肌を常人よりも暖めるに十分な行為だった。


「ではみなさま! 次にこちらに来るときは、わたくし特製のお花火を山ほど持ってきますわ! それまでどうかご息災でいらっしゃってくださいまし~~!」


「それは入居者も喜ぶだろうね。総務に花火大会の申請を出しておくよ」


「フィアマさんもお元気でっ!」


「待ってるっスよ~~!」


「あう、あ……! お、オイラも……まっでまず……!」


「くれぐれも火薬と炎は用量用法を守って使うのだぞ!? 大魔王との約束なのだッ!」


 笑みを浮かべて去って行く二人を、エクス達は大きく手を振って最後まで見送った。


 ――本来であれば、今からまた普段どおりの日常が始まるはずだった。しかし今回はそうではなかった。


「――テトラのスキルがなければ、俺たちは邪竜を滅ぼせていたかわからんな」


「そうだね。邪竜を構成していた力は大部分が私たちに馴染みのある魔力や気のようなものだったけど、その中にテトラ君の使うチートスキルの力が混ざっていたんだ」


「みなさんが戦っている間に気付いたんです……あの恐ろしい炎の中に、ぼくと同じ異世界の力が混ざってるって。だから、もしかしたらと思って……!」


 そう、邪竜にとどめを刺したのはテトラである。

 しかしテトラの持つ異能掃除人チートイレイザーは、異世界の力以外にはなんの効果も及ぼさないスキルなのだ。


 異能掃除人チートイレイザー通用したと言うことは、邪竜の中にこの世界とは違う、異世界の力が混ざっていたということを意味していた。 


「やれやれ……どうやら、これは徹底的に調べてみる必要がありそうだね」


「やるしかあるまい。十年前に俺が引き受けたはずの呪いがまだ残っている理由も、異世界とやらの力が含まれている理由も野放しにはしておけんからな……!」


 新たに表出した邪竜の災禍。


 エクスとフィオは頭上に広がる青空に目を向け、今も続く因縁を断ち切る決意を新たにした――。

 


 マンション業務管理日誌#05

 新規入居者の安全確保――業務報告完了。

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