呪いを迎え撃つ大魔王
「皆の者、準備は良いか!?」
「はいっ! 大魔王さまっ!」
雷鳴轟く黒雲の下。
今にも大粒の雨が降り出しそうな空模様に、ソルレオーネの巨大な威容がそびえ立つ。
そしてその足元。
普段は大勢の人々が行き交うマンション前には、用途不明の〝箱のような建物〟が鎮座していた。
「オイラも、いげまず……っ」
「仮想現実プロジェクター君6号の調子もばっちりっス! 姫さんは大丈夫っスか!?」
『わたくしはぜーんぜん平気でしてよ~~! 見渡す限り、幸せそうな皆々様のお姿で溢れておりますわ~~! 大変ハッピーですのことよ~~~~!』
「よーーし! 後は竜の呪いが発動するのを待つだけだな! 全員、気を引き締めるのだ!」
ソルレオーネ前の広場に急造で建設された巨大な箱――それはパムリッタが発明した、箱の内側に現実と変わらぬ光景を映し出す装置だ。
そして今。その装置の中では、用意された椅子に座ったフィアマの全方位から、意図的に脚色された〝幸せな日々を送る人々〟の日常が映し出されている。
ラナが伝えた呪いの解除方法。
それはあえて呪いの効果を引き出させ、呪いが表に現れたところを強大な魔力で打ち砕くというものだ。
エクスの呪いも、フィアマの呪いも。
邪竜の呪いが発動する条件には規則性がある。
人と人が繋がることを拒み、命と命が絆を深めることを阻む。
フィアマが
「けど、自分の仮想現実プロジェクター君6号で映像を見せるだけじゃ全然ダメだったっス!」
「うむ……色々と試してみたが、やはり邪竜の呪いは俺たちから出るなんらかの〝幸せオーラ〟にも反応しているようだ! 少々危険だが、ソルレオーネの敷地内ならば人の気配に関しては十分であろう!」
「念のため、今日はソルレオーネの周辺を含めた広い範囲を立ち入り禁止にしてある。用途は映画の撮影ってことにしてね」
パムリッタの建造した建物の周囲には、エクスを初めとした管理人チームとフィオがしっかりと四方を固める。
フィオの言葉通り、周囲に人気はまったくない。
だがよくよく目をこらせば、そびえたつソルレオーネの無数の窓から、大勢の人々が撮影風景を一目見ようと好奇と羨望の眼差しを向けているのが見えた。
「辛い目にあっでるエルフのお姫ざま……! オイラ、ぜっだいに……たずける……!」
「おお!? どうしたのだクラウディオよ、いつになく気合いが入っているではないか!」
「お姫さまは……〝オイラと似でる〟んでず……! みんながら怖がられで、迷惑をかけぢまって追い出されだ……! だから、たすげてあげたいんでず……!」
「クラウディオさん……」
「そうか……確かに、貴様もあの娘と同じ境遇であったのだな……」
ぽつぽつと……ついに広場の前に雨音が響き始める。
ゴロゴロと重苦しい雷鳴が轟く中、小屋の傍に立つロイヤルゾンビ――クラウディオは、普段は濁ったその瞳に確かな決意の光を宿していた。
「俺ももしフィオが傍にいてくれなかったら、あの十年の孤独に耐えられたかわからん……やはりなんとしても、この爆弾姫も助けてやらねばなるまい……!」
「ふふ、何があろうと私はこれからもずっと君と一緒さ。けど、クラウディオ君の件は少し気になるね……この呪いへの対処が終わったら、一度よく調べてみる必要が――」
クラウディオとフィアマ。
双方が歩んできた背景にある奇妙な共通点。
改めてその点に気付いたフィオだったが、しかし彼女の思考は突然の閃光と爆炎によって遮られる。
『オオオオ――! 憎い、に、くいぃぃぃぃ……!』
「おっと、どうやら――」
「――お出ましのようだなッ!」
それはまさに怨嗟の炎。
なんの前触れもなく地面から沸きだした幾筋もの火柱。
大蛇のようにのたうつ無数の火の鞭は降り出した雨を瞬時に焼き、凄まじい熱を辺り一帯にまき散らす。
「っ!? こ、これが……邪竜さん!?」
「あうあー……あづ……いぃぃぃい……!」
『なにもかも……争い、憎みあえ……! 永遠の孤独……それこそが我が望み……我が願い……!』
「ひええええっ!? ちょ……ちょっとちょっとちょっと!? 洒落にならないのが出てきたっスけどおおおおっ!?」
「三人とも下がれ! この力……理事会に現れた残りカスとは比べものにならんぞ!」
「エクスの呪いは十年かけて弱体化させていたからね……これが本来の呪いの力ということなんだろう」
遙か上空まで届かんばかりの獄炎の柱。
それは頭上の雷雲を巻き込み、まるで巨大な火山が噴火したかのようなプラズマと火炎の炸裂すら起こした。
〝巨大な竜の形をした炎〟によってソルレオーネの壁面が赤く照らされ、分厚い雲によって陽の光が届かない薄暗い街並みを真昼のように照らし出す。
「姫君一人分の呪いでこの規模か……久しぶりに倒し甲斐のありそうな相手じゃないか。ねぇ、エクス?」
「その通りだ! この十年……貴様は変わらずボッチ・ザ・ドラゴンのままだった! だが俺は今やフィオと結ばれ、心強い仲間も得たのだ!」
「と、とってもこわいですけど……! がんばりますっ!」
「オイラ……ゾンビだけど、火にづよい……! だいじょぶ!」
「注文の品は全部持ってきてるっス! いつでもいけるっスよ!」
邪竜の力に一度は気圧されたテトラたちが、再びエクスの横に並び立つ。
エクスは今や頼れる仲間となった彼らを見て満足げに微笑むと、最後に最愛の伴侶であるフィオと力強く頷き合う。そして――!
「ならば行くぞ――! 我が名はロード・エクス! このソルレオーネに住む人々の平和と笑顔を守る管理人だ!」
「私の名はフィオレシア・ソルレオン。今の私はもう勇者でも何でもないのだけれど――愛するエクスの邪魔をする者は、誰であろうと消えて貰う!」
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