竜の話を聞く大魔王


「ようこそいらっしゃいましたぁ~! お待ちしておりましたよ~!」


「邪魔するぞ! 今日は貴様に頼みがあってきたのだ!」


 早朝からの長距離移動の果て。


 時刻は間もなく深夜になろうかという頃、エクスとフィオはソルレオーネ上層階に位置する理事会長の居室――リンカウラ・ラナの元を訪れていた。

 ちなみに、カルレンスはこのメンツにラナまで追加されれば今度こそ我が身が危ないと早々に撤退した。実に的確で冷静な判断力である。


「用件は先に伝えた通りだよ。このソルレオーネに、フォレスティリス家の姫君が入居を希望していてね」


「しかしこの姫というのがとんでもない爆弾魔――ではなくてだな、かつて俺が苦しめられた邪竜の呪いにかかっているようなのだ!」


「ええ、ええ。お二人の事情は大体察しておりますよ~。しかし不思議ですねぇ~? 邪竜の呪いが残っていたことについては驚きですがぁ、それでなぜワタクシのところにやってきたのでしょうかねぇ~?」


 灰と白のモノトーンで纏められたなんとも言えない部屋の中央。実に彼らしい無機質な椅子に腰掛けたラナは、まるで一切の心当たりがないとばかりに首を傾げて見せる。


「とぼけないでくれるかい? 君は私やエクスでも気付かなかった呪いの残滓の存在に気付いていた。それどころか、その発現の仕方や、除去の方法まで把握していたじゃないか」


「そうだぞ! 呪いの〝残りかす〟を除去してくれたことは今も心から感謝している! 貴様とはまた今度遊んでやるから、今は呪われたちびっ子を救うために力を貸してくれ!」


「アハハハー! これは失礼。大魔王さんもCEOも、私になーんの相談もなしに突然ご結婚されたものですから。こんなに仲良しなのに、私だけのけ者なんて酷いと思いませんかぁ~?」


 眼鏡の奥の灰色の瞳を細く笑みの方に歪め、ラナはまるで悪戯っ子のようにケラケラと笑う。


「ですので、ここは一つ交換条件なんていかがですかぁ~? そうですねぇ……次にエクスさんとCEOがご結婚されるときは、私も仲間に入れていただくなんていうのはどうでしょう~?」


「何を言っているのだ貴様はッッ!?」


「それは出来ない。君には悪いけど、エクスはもう20000%私のものだからね。ただその代わり、今我が社で開発中の〝1/1スケール量産型エクスロボ〟の試作品を一体無償提供するということでどうだろう?」


「何を言ってるのだ貴様はッッッッ!?」


「ほっほーう、それはそれは……良いでしょう、では今回はそれで手を打ちましょう~! いやぁ、楽しみですねぇ!」


「ふふ……交渉成立だね」


「成立するのか!? というかいつそんな物を作った!? 大魔王の肖像権はどうしたのだッッ!?」


 突如として眼前で繰り広げられる悪魔の交渉締結に、エクスは身を乗り出して抗議する。

 しかしそれを受けたフィオは意味深な笑みを浮かべてエクスの鼻頭に指先を当てると、まるで暴れる猛獣でもなだめるかのようにぷにぷにと突っついた。


「まあまあ、そう言わずに。もうすぐ始まる君と私を題材にしたアニメのタイアップ企画の一つさ。ちゃんと細部は変えてあるし、見ればエクスも気に入ると思うよ」


「そ、そうなのか!? むぅ……その辺りのことはフィオに一任しているせいか全く把握できておらん……!」


「とても出来の良い商品に見えましたよ~? あれならエクスさん本人には出来ないような、〝あんなことやこんなこと〟もし放題でしょうねぇ……クフフフ!」


「な、なにやら寒気が……!?」


「そろそろ本題に入っても良いかい? さっき話した通り、私とエクスでは邪竜の呪いを効率的に解呪できない。もし君がそれを知っているなら教えて欲しいんだ」


「そうですねぇ……」


 完全に総受けと化した哀れな大魔王をよそに、〝捕食者側〟の二人は淡々と話を進めていく。 

 フィオの言葉を受けたラナはその端正な顔に笑みを貼り付けたまま、実にわざとらしく考えこむような様子で押し黙る。そして――。


「――寂しがり屋」


「ん?」


「私が目にした古い古ーい古文書には、邪竜さんについてこう書かれていたんですよ。〝至高にして究極の始原竜。竜はその力ゆえに孤独。その力ゆえに絆を知らず。その力ゆえに絆を憎む〟――とね」


「孤独……」


 細められたラナの瞳が鋭く光る。

 彼の灰色の瞳は、今も目の前で仲むつまじく並んで座るフィオとエクスにじっと向けられていた。


「たしかに、あの竜は随分と絆や群れといった概念に拘っているように見えたね」


「うむ……俺はさっぱり気にしていなかったが、そう言われればそうだったような……」


「エクスさんのかかっていた呪いも、その姫君とやらがかかっていた呪いも、どちらも呪いにかかった者を〝孤独へと追い込む〟という点では同じですからねぇ」


「人とモンスターにかかっていた呪いも、互いを忌み嫌い、協力できなくなるというものだったな……」


 孤独。

 邪竜が願い、呪う憎悪の根源。

 ラナの語るその力に思い至ったエクスは、思わず口元に手を当てて思いを巡らせる。


「邪竜の呪いが孤独に根ざしているのはわかった。それはどうやったら解くことができるんだい?」


「簡単なことですよ~。エクスさんの時に私がやったように、こちらからさそい出せばいいんです」


「さそい出すだと?」


「お二人ともご存知のように、呪いといっても様々な物がありますからねぇ。中でも邪竜さんの呪いは、かけられた存在の奥深くに根付く厄介な物……それを破壊するには、呪いに巣穴から出てきて貰う他ありません。ですから――」


 そこまで言って――ラナはそれまでで最も晴れやかで朗らかで、心の底から楽しくて仕方がないという満面の笑みを浮かべた。


「その呪われた姫君を、大勢の方々がとーーーーっても幸せに暮らしている〝どこぞの場所〟に放り込んでやれば良いのですよぉ! そうすれば、邪竜さんの呪いも大喜びで出てきますからねぇ~~~~!」


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