作戦を考える大魔王


「今だ勇者よ!」


「はぁああああああああああああ――ッ!」


 一閃。

 

 形ある物全てが消し飛び、もはやその原型すら留めていない魔王城に、星すら断ち切る灼熱の閃光が走る。


 灼熱は魔王城もろとも天と地と海とを切り裂き、その軌跡の先に立ち塞がる山よりも巨大な〝竜の影〟を両断した。


 それは十年前。人知れず行われていた大魔王と勇者――そして邪竜による最終戦争の決着だった。


『グアアアアアアアアッ!? ば、バカな……! このメルダシウスが……たかが二匹のムシケラなどに、敗れるだとォォ……!?』


「はぁ……っ! はぁ……っ! や、やったの……?」


 巨大な竜の影を断ち切った光の正体。それはエクスへの愛によって真の聖剣へと覚醒したフィオの聖剣――ニルヴァーナの刃。


 世界そのものへの巨大な怒り。


 その怒りをエクスへの絶大な愛に集約昇華させた勇者フィオレシアの渾身の一撃は、かつてこの世界全てを支配していた邪竜すら切り裂いて見せたのだ。


「見事だ! 貴様の一太刀……この大魔王がしかと見届けた!」


「ううん……っ。私一人じゃ絶対に無理だった……大魔王が、私を守ってくれたから……!」


「気にするな……貴様が無事ならばそれでよいのだ」


「大魔王……っ!」


 かつて数万年にわたって世を支配し、人とモンスターの連合軍によって肉体を失いながらも、さらに数千年もの間地上を呪い続けた邪竜メルダシウス。


 世に巣くう災厄の根源とも言える存在をついに打倒した二人は、まるで互いを労り合うように――支え合うようにしてその傷ついた体を寄せ合った。


『グギギギギギギ……! よりにもよって我の目の前でイチャイチャしおってからに……! 許さん……! 絶対に許さんぞムシケラ共……! 我は滅びぬ……! この世に命が溢れる限り、我が憎悪が尽きることはない……!』


「っ! こいつ……まだ何かするつもりなの!?」


「ええい、往生際の悪い奴め!」


『我が力の源は憎悪! 貴様らムシケラへの憎しみが募れば募るほど、我が呪いもまた強大となる! 愛だと!? 友情だと!? 群れなければなにもできぬ弱者共め……! 我が至高にして孤高なる呪いの力で、孤独の苦しみを存分に味わうがいい!』


 一度は滅びに瀕した邪竜は、しかしそれでも消えてはいなかった。

 人とモンスター。そして命そのものへの呪詛を吐き、邪竜は最後の力で再び呪いを世に解き放たんとした。


 この時、エクスとフィオもすでに邪竜の呪いのなんたるかを理解していた。

 ここで再び呪いが発動すれば、掴みかけた平和への道も閉ざされてしまう。だから――。


「――そんなことは、絶対にさせんッッ!」


「大魔王っ!?」


『なんだと!?』


 だから、エクスはその呪いを止めるために飛び込んだ。

 残された全ての力を使い、邪竜の呪いの拡散をこの場で食い止めるために――。


 ――――――

 ――――

 ――


「――という感じで、せっかく俺が我が身を犠牲に呪いの拡散を防いだというのに、まだしぶとく残っていたというのか!?」


「そういうことになるね。そもそも、あの時エクスが防いだのは邪竜の精神体がとっさに使った力だった。あれが呪いの全てだという保証はどこにもないはずさ」


「お二人の間にそんなことがあったなんて……ニュースや歴史書でも邪竜なんて話は一度も聞いたことありませんでした……」


 フィアマとの会談を終えたエクスたちは、一度対策を練るべくソルレオーネへの帰路についていた。

 すでに辺りは日が暮れ、舗装された路上を走る車の窓から美しいオレンジ色の街灯が射し込んでくる。


「実際に邪竜の姿を見たのは私とエクスだけだからね。今さら記録どころか伝説すらほとんど残っていない邪竜の存在を広めても、ややこしくなるだけだと思ってね」


「しかしどうしたものか……もし本当に邪竜の呪いだとすれば、普通に解呪を試みていては俺のように十年かかってしまうぞ!? 俺も彼女につきっきりというわけにはいかんのだが……」


 呪われしエルフの爆薬令嬢。


 彼女にかかる呪いの正体が邪竜メルダシウスのものだと見抜くことはできたが、フィオもエクスもそれ以上のことはなにもわからなかった。


 そもそも、呪いへの対抗策がわかっていれば二人は十年も待たずに結ばれていただろう。

 この呪いがどれほど恐ろしいかは、フィオとエクスこそよく理解していたのだ。


「たしかに、私たちも邪竜の呪いには散々苦しめられてきた……今もこれといった対抗策があるわけじゃない。けどね――」


「なにか策があるのか?」


 だがしかし。舗装された路上を滑らかに進む車の後部座席で、その美しい横顔に街灯の光を映したフィオは不敵に微笑む。


「一人いるだろう? 私たちよりもずっとこの〝呪いに詳しそうな男〟がさ」


「呪いに詳しいだと? ――まさか!?」


「そのまさかさ。私とエクスが気付いていなかった呪いの残滓の存在を、〝彼〟だけは見抜いていた。その上、呪いのあぶり出し方や消し去る方法まで用意してね……先に彼の予定は抑えてある。疲れているところ悪いけど、このまま彼のところに向かうよ」



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