昔話 始まりの大魔王


 勇者と大魔王。


 それは、遙か太古の時代を支配した邪竜メルダシウスを倒すべく、人とモンスターが生み出したそれぞれの種の頂点。


 その誕生から数万年の月日が流れた今となっては、この二つの〝特異点〟の始まりがどのような物だったかは誰も覚えていない。


 しかし、現世の大魔王がどのように選ばれたのかは知ることができる。即ち――。


「オレは〝無敵のヒーロー〟エクス! みんなをいじめるやつはゆるさないのだ! ファーッハッハッハ!」


「ナメナメー!」

「スラスラー!」

「ネズネズー!」

「エクスー!」

「エクスかっこいー!」


 黒雲と雷鳴轟くモンスター界。


 そこには切り立った岩山の頂上で謎のポーズを決め、大勢の雑魚モンスターや人間の子供たちから喝采を浴びる一人の少年の姿があった。

 黒い髪に金色の瞳を持ち、子供ながらにとても邪悪そうな目つきのこの少年こそ、幼き日の大魔王ロード・エクスである。


「おいエクス! またヒーローごっこなどという茶番に興じおって! しかも人間の子供を領土内に入れるとは……!」


「大魔王のじーさんか! そう固いことを言うな! こいつらはみんなオレの友だちなのだ!」


 そんなエクスの前に現れたのは、腰まで伸びたあごひげを蓄えた老齢の男。

 しかし老境を迎えてなお、老人の肉体からは凄まじいオーラが溢れ、丸太のような二の腕には鍛え抜かれた筋肉が備わっていた。

 

 老人はエクスとその取り巻きの姿にやれやれとため息をつくと、周囲に群がる人間の子供たちをギロリと睨み付けた。


「わー! 大魔王がきたー! 逃げろー!」

「わーわー!」


「あ、おいっ!? むぅ……そんなに怖がらなくたって、オレ様が守ってやるのに!」


「何度言ったら分かるのだ。モンスターと人は相容れぬ。なぜだか〝人の子は貴様を恐れぬ〟が、本来我々は敵同士なのだぞ。いずれあの者たちも、貴様の敵となって襲いかかってくる!」


「ファーッハッハッハ! そんなわけあるか! やはり大魔王はバカなのだ!」


「こ、こやつ……!」


 割とガチめの忠告にもケラケラと笑うばかりのエクスに、大魔王は皺だらけの眉間を指で押さえ苦悶の呻きを漏らす。


 全人類の中から才ある者が見いだされる勇者と違い、大魔王の選出は単純な実力で決まる。


 その点、エクスは〝悪夢のように〟強かった。


 母の胎内にいる頃から両親や周囲のモンスターと超能力で会話し、生まれた瞬間には自分の足で立ち上がり、驚く産科医に渾身のドヤ顔。

 生後三日で分厚いステーキをムシャムシャと頬張り、生後一週間もする頃には彼のハイハイの速度は音速を超えていた。


 誰がどう見ても、たとえ天地がひっくり返ろうとも次期大魔王はエクスだった。

 現大魔王であるこの老人も、それを心得た上でエクスに大魔王としての英才教育を施そうと躍起になっていた。だが――。


「見るのだ大魔王! また人間の友だちが〝プリっとキュアキュア〟の最新話を持ってきてくれたのだ! やはり世界を救うのは愛と優しさなのだ!」


 エクスの生まれ育った場所は互いの勢力が拮抗する国境沿いに位置していた。

 理由は不明ながら、なぜか人からも忌み嫌われることのなかったエクスは、そこで知り合った人間の子供たちから当時人気だったアニメを入手し、すっかりハマってしまったのだ。

 

「ぐわあああああ!? またエクスを毒する有害図書が人間界からーーーー!?」


「ぜんぜん〝ゆーがい〟などではないのだ! 愛と希望の物語なのだ! いいから大魔王もオレと一緒に見るのだ!」


「ヤメロー! ワシまで人間界の道徳に染めようなどと……! はうあ……キュアぷりぷりちゃん尊い……っ!」


「そーだろー! そーだろー! 大魔王ならきっとわかってくれると思っていたのだ!」


 当初はそれを止めようとした大魔王だったが、最終的にはエクスと共に沼にハマってしまったことで、エクスは思う存分人間界のヒーローアニメを楽しむことができた。

 

 結果として、エクス少年は恐ろしく純粋で健やかでスイーツなヒーロー属性メンタルのまま成長。


 人もモンスターもいつか必ず分かり合える。

 種族の壁も、数千年の戦いも関係ない。

 信じればきっと願いは叶う。

 みんなが笑顔で暮らせる世界を作ってみせる――!


 という有様で大魔王に就任してしまったのだった。


「ファーッハッハッハ! 我が掛け替えのない大切な仲間たちよ! 俺が大魔王になったからには、貴様らの誰一人として悲しませはせん! それと、今後は人と争った際にも命を奪ってはいかんぞ! 戦争・紛争・飲みの場での喧嘩……とにかく、人との間でなにか問題があれば全て俺に言うのだ!」


 それまで奥地で指揮を執っていた大魔王とは打って変わり、どんな小さな争いの場にも出張ってくる最強の大魔王エクス。

 あまりにもフットワークが軽すぎる新たな大魔王に全人類は恐怖し、次々と戦線を放棄。武器を捨てて撤退していった。


「エクス様ばんざーい!」

「大魔王エクス様ー!」

「モンスターの救世主だ!」

「エクス様ー!」


「ファーッハッハッハ! なにもかも俺に任せておけ! どんな困難も、この俺が打ち砕いてくれる!」


 歴代最強。無敵の大魔王ロード・エクス。


 彼が大魔王となって数年後。数千年もの長きにわたって続いた人とモンスターの争いは、たしかに終わりを告げたのだった――。

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