告白する大魔王
「――そうだったんですか。それは大変でしたね」
「あ……おづかれざま、でず……」
「こちらこそ、私の個人的な問題で色々と心配させてしまってごめんね。エクスも私が一日連れ回してしまったし」
皇帝との対峙から一夜明け。
その日の勤務を終えた管理人チームは、同じく仕事を終えて帰宅したフィオと共にエクスの部屋に集まっていた。
もちろん連絡済みとは言え、あの日エクスは管理人の仕事を休むことになってしまった。
テトラやクラウディオは気にしなくて良いといっていたものの、結果としてチームの発足二ヶ月を労うパーティーも兼ねて、こうして集まって貰ったのだ。
「そうっスよ! ニュースでいきなり〝皇帝さんが隠居〟するって流れたときはびっくりしましたっスけど、それも社長とリーダーが関わってたんっスね!」
「まあね。あの場ではエクスが止めてくれたから我慢出来たけど、私は私やエクスに危害を加える存在を〝許したことはない〟。お祖父様には、それ相応の報いを受けてもらう」
「ひええっ……! それってやっぱり牢屋に閉じ込めたり……処刑したりしちゃうんですか!?」
「びゃぁああ……! ご、ごわいいいい!」
「あはははは! そうしてもいいんだけどね。でもあのお祖父様にとっては、そんなことよりも〝もっと効果的な罰〟があるのさ。それは――」
その言葉と同時、フィオはテーブルの上に置かれたリモコンを操作してテレビをつける。
『――たった今、皇帝陛下退位に関して続報が入りました! 次期皇帝とされるフィオレシア様は、自身が皇位を継承しないと発表――これにより、ソルレオン皇室はその長い歴史に幕を――』
「え、えええええええええ!?」
「今から遠縁を皇帝に立てようにも、私が丸裸にした皇室にそんな権力は残っていない。父を追放し、孫の私を呼び戻してまでお祖父様が拘った〝皇帝の血統〟もこれで終わりさ」
テレビから流れる衝撃のニュースに、清々したとばかりに笑うフィオ。
そう――彼女が憎み、怒りを向けていたのは祖父であるドラクレスだけではない。
フィオの激しい怒りは、彼女にとってのくだらなさの象徴たるソルレオン皇室そのものに向けられていた。
元より、祖父がどうであれフィオに皇帝位を継ぐつもりなど毛頭なかったのだ。
「前々から根回しと準備だけは進めていたんだけどね。お祖父様が大人しくしているのなら、彼が生きている間は形だけでも皇室を〝存続させてあげるつもりだった〟のに……親族とは言え、あまりにも情けなくて泣けてくるよ」
「ひゃー! やっぱり社長はとんでもないお方っス! い、一生ついて行きますっスー!」
「はわわ……! じゃあ、これでなにもかも綺麗になったってことなんですか……?」
「そう簡単な話ではないけどね。まあ、お祖父様には残り短い余生を誰の邪魔も入らない〝雄大な自然に囲まれた場所〟で過ごして貰うつもりさ。これで少なくとも、私やエクスに正面切って危害を加えられるような存在はしばらく現れないだろう」
「あうあー……それなら、よがっだでず!」
「ありがとう。じゃあ、私はちょっとエクスの様子を見てくるよ」
今回の件については部外者だったテトラたちも、穏やかに微笑むフィオの姿に一旦は全てが終わったのだと理解する。
フィオはそんな彼らに頷いてみせると、一人キッチンでご馳走作りに励むエクスの元に足を運んだ。
「ごめんね、エクス一人に準備を任せてしまって」
「ファーーーーッハッハッハ! 気にすることはない! ただでさえ貴様は仕事やマスコミへの連絡で疲れているのだろう!? 一日休めた分、貴様や我が忠実な同僚共のために腕によりをかけたスペシャル大魔王料理を振る舞ってくれるわ!」
そう言って笑うエクスの周囲には、すでに数々の豪勢な料理が用意されていた。最強の大魔王は料理も完璧なのだ。
「ふふ、さすがだね。なら私は運ぶのを手伝――」
「あー……待て待て。ちょっと待つのだ。その前に、一つ貴様に言っておくことがある。心して聞くように!」
「なに?」
広々としたキッチンに所狭しと並べられた料理。
フィオはすでに完成している物から運ぼうとそれらに手を伸ばしたが、そんな彼女にエクスは何気ない様子で視線を向け、いつもと同じように声をかけた。
「うむ……俺と結婚してほしいのだが」
「え……?」
「今日まで待たせてしまい、本当にすまなかった。そして俺のことをいつも変わらず支え続けてくれたこと……心から感謝している。これからは夫として、貴様のそばにいさせて欲しい」
「あ……え……っ!?」
手慣れた様子でコンロの火を止め、タオルで手を拭いたエクスがフィオの正面に立つ。
突然の告白に言葉を失っていたフィオはやがて、おずおずと目の前に広がるエクスの胸元を握った。
「ほ、本当にいいの……? 今回のことでよく分かっただろう? 私にはお祖父様以外にも大勢敵がいるし、厄介な人間関係だって他にも沢山ある……もしエクスが嫌なら、私は……」
「ふん……ならば尚のこと俺が一緒にいなくてはいかんな! 俺と貴様が力を合わせれば、乗り越えられぬ困難など存在しないのだ!」
それは実にフィオらしくない、歯切れの悪い問いだった。
しかしエクスは彼女の言葉を力強く一蹴すると、その太い両腕でフィオの小さな体を抱きしめた。
今回の騒動が無関係だったわけではない。
この事件を通して、エクスは改めてフィオの強さと弱さを見た。
エクスが10年間ひたすら〝お祈り〟されている間も、彼女はエクスが願った平和な世界を実現するために、彼女の戦場で〝たった一人で〟必死に戦い続けていた。
その過酷な戦いに思い至ったとき。
もはやエクスには、フィオをこれ以上待たせるなどという選択肢は存在しなかったのだ。
「十年無職の甲斐性無し元大魔王な俺だが……貴様への愛ならば誰にも負けんつもりだ。〝貴様のものになる〟というあの日の約束……きっちりきっかり果たさせて貰いたい!」
「エクス……っ! 私……すごく、嬉しくて……っ。私も……これからもずっと……一緒にいて欲しい……っ!」
「ファーッハッハッハ! 無論そのつもりだ! 今後ともよろしく頼むぞ、フィオレシア!」
「うん……っ!」
十年前とは違い、大魔王が勇者へと与えた抱擁。
フィオはエクスの申し出に応えるように彼の体を抱きしめ返すと、出会ってから今日までの想い……そのすべてを込めた口づけを、最愛の大魔王に送ったのだった――。
マンション業務管理日誌#04
ストーカー被害の苦情対応――業務報告完了。
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