頷く大魔王
「た、助けてくれええええええッ! もう私と君は無関係のはずだろう!? それなのになぜまた私に会いに来たんだああああ!? た、頼むから許してくれええええええッ!」
「おやおや……そう怯えないでくれたまえよ、カルレンス君。せっかくかつての婚約者が訪ねてきたんだ。もう少し嬉しそうにしてくれてもいいだろう……ねぇ?」
「おいいいいいいいい!? フィオを見ただけで全力でビビリ散らしているのだが!? 貴様、この青二才に何をしたのだ!?」
フィオを付け狙うストーカー事件。
その背後に名門貴族ローゼンハイム家の存在を確認した二人は、さっそくソルレオーネに住むかつてのフィオの許嫁。カルレンス・ローゼンハイムの元に向かった。のだが――。
「大したことはしてないよ。そもそも、婚約破棄っていうのは口で言うほど簡単なことじゃないからね。できる限り穏便に……かつ彼の方から破棄して貰えるように振る舞っただけさ」
「いやだあああああ! 噴火口でのキャンプファイヤーも、永久凍土の掘削ダイビングも、呪われた古代遺跡探索アトラクションも、もう嫌なんだああああああああ! た、頼むから……私のことはそっとしておいてえええええ!」
「それは残念、私はそこそこ楽しめたんだけどね。やはり私と君では趣味が合わない。悲しい性格の不一致……婚約破棄は実に正しい判断だったよ」
「性格の不一致とかいう問題ではないぞ!?」
呼び鈴に応え、開いたドアの隙間からフィオの顔を見たカルレンスは開口一番泣き叫ぶと、ガタガタと恐怖に震えて腰を抜かして倒れ込む。
整った容姿に清潔感ある身だしなみと、いかにも好青年然としたカルレンスだったが、子犬のように怯えていてはなにもかもが台無しである。
「ふふ……今日は君に聞きたいことがあってね。悪いけど、少しお邪魔させて貰うよ」
泣き叫ぶカルレンスをよそに、フィオは優雅な所作でカルレンスの部屋へと入っていく。
それを見たエクスは体育座りの姿勢でえぐえぐと嗚咽を漏らすカルレンスをお姫様抱っこすると、フィオに続いて奥へ進んだ。
「なかなか良い部屋じゃないか。そう怖がらなくても、用が済めばすぐに帰るよ」
「えぐっ……えぐっ……」
「ここまで貴様に怯えているこいつが、わざわざストーカーをするとは1ミリも思えんのだが……」
「え……っ? す、ストーカーって……まさか、フィオレシアさんの身の回りで何かあったの……っ?」
「おや? なにか心当たりがあるのかな?」
室内に入った二人の会話に、エクスに抱きかかえられたままのカルレンスが驚いた様子で反応を見せる。
「心当たりというか……わ、私にはもう君への未練はないし……今でも君のことはとても怖いのだけど……それでも、君の幸せを願っているつもりだ。しかし、〝私の父上〟は……」
「なるほど。貴様の父は未だにフィオとの婚約破棄に納得がいっていないというわけだな……ありがちな話だ」
「今の私は皇位継承権第一位だからね。私の夫になるということは、皇帝の血統に名を連ねることにもなる。長年〝名家止まり〟だったローゼンハイムにとっては、喉から手が出るほど成功させたい縁談だっただろう」
「でも私はダメだった……君との縁談を纏められなかった私は、父上から用済み同然の扱いを受けた。父から君への恨み言も、数え切れないほど聞かされたよ……」
「そうか……それは気の毒なことをしたね。私に言ってくれれば、父君にも〝
「い、いやいやいやいや……! 最近は父上もその話はしなくなっていて……だから本当に私と君の関係は、過去のことだと思っていたんだよ……!」
「しかし、実際はそうではなかった……ということか?」
「う……」
段々と落ち着きを取り戻し、破談後の経緯を語るカルレンス。
二人の目から見ても、彼が虚偽や取り繕いの証言を語っているようには感じなかった。
「それが……最近の父上はあまり家にも戻らないで、頻繁に皇室に出入りするようになっていて……帰ってきたらきたで、景気よく宴を開いては、以前にも増してフィオレシアさんへの恨み言を……っ」
「皇室ね……どうやら、真犯人の正体が掴めてきたよ」
「フィオレシアさん……」
「そう情けない顔をするものじゃないよ。すでに君には散々迷惑をかけてしまったからね。父君のことも、万が一実際に犯人だったとしてもなるべく穏便に済ませるように手配する。悪いけど、少し連絡を入れさせて貰うよ」
そう言ってフィオは席を立つと、自身のスマートフォンからどこぞへと通話を始めた。
残された二人はしばらくじっと黙っていたが、やがて意を決したようにカルレンスが口を開く。
「あの……」
「なんだ?」
「貴方……ですよね? フィオレシアさんが、子供の頃からずっと想っていた方って……」
「…………」
カルレンスのその言葉に、エクスは沈黙で応えた。
今が正にそうであるように、フィオの立場は必ずしも盤石ではない。
灼熱の太陽のように輝く彼女の強さと功績は、無数の味方と敵を生み出している。
エクスがフィオの恋人であるという事実も、一度言葉に出してしまえば、思いがけない隙になる可能性もあった。
「凄いと思います……彼女にずっと想われて、それでも平気で一緒にいられるなんて。もし私が貴方の立場なら、彼女の大きすぎる想いで焼き尽くされていたでしょう」
「ほう……」
その言葉に、エクスの表情がにわかに変わる。
ただの青二才だと侮っていた目の前の青年が、しかしある意味で正しくフィオのことを理解していたからだ。
「許嫁とか関係なく、本当に好きだったんです。頑張って、彼女に相応しい存在になろうとしたこともありました。けど無理でした……彼女の心には、初めから貴方しかいなかった」
「そうか……」
噴火口でのキャンプファイヤーに、永久凍土の掘削ダイビング。そして呪われた古代遺跡探索アトラクション。
結果として諦めたとはいえ、カルレンスは常人ならばそもそも同行すらしないようなフィオの試練に三度も挑んでいるのだ。
その事実だけで、エクスは目の前のこの青年が、当時どれだけフィオのことを真剣に追い求めていたのかが手に取るように理解出来た。
「私がこんなことを言うのは、本当におこがましいのですが……どうか、これからも彼女のそばにいてあげてください。きっと……それができるのは、この世界で貴方だけです」
「……もとよりそのつもりだ」
フィオレシアというあまりにも強い灼熱の太陽。
かつて、自らと同じようにその太陽を見ていた青年からの願いに、エクスはただ一度だけ頷いたのだった――。
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