勇者を守りたい大魔王


「結論から言うと、ストーカーだね」


「ストーカーだと!?」


「ミャー?」


 先日のドローン襲撃から数日後。


 すでにお馴染みとなった、フィオとエクス――そしてクロを交えた朝食風景。

 エクスが用意したベーコンエッグを半ば食べ終えたあたりで飛び出したフィオの話は、大魔王を大いに驚かせた。


「あのドローンの〝狙いは私〟だ。部下に解析させてみたら、送信前の画像データが機体に残っていてね」


「やはりそうだったか! それで警察には届けたのか!? なんなら今すぐ俺が引っ捕らえてやっても良いのだぞ!?」


「ミャー!」


「そう心配しなくても大丈夫さ。そもそも、私をどうこうできる存在がこの星にいると思うかい?」


「そのような油断が命取りになるのだ! 俺の先代大魔王も信じられん程強かったが、大好物の〝スーパーマッドネスジェノサイドフグ〟の毒に当たってぽっくりとくたばった! どのような強者も、入念に準備された暗殺には弱いものなのだ!」


「暗殺とストーカーはかなり違う気がするけど」


「ぬわーーーー! とにかく、貴様の周囲にコソコソとつきまとう輩など絶対に許さんぞ! たとえ姿は見えずとも、我が〝大魔王呪殺シャドーカース〟でチーズを食べる度に腹が痛くなる呪いをかけてくれる……!」


 フィオにつきまとうストーカーが存在するという事実に、エクスは割と珍しく本気で激怒した。

 必ずやその邪智暴虐たるストーカーを除かなければならぬと決意した。

 エクスにはストーカーのことはよくわからぬ。

 エクスは闇の大魔王である。

 魔王城で笛を吹き、お散歩ナメクジと踊って暮らしてきた。

 けれどもフィオに迫る危機に対しては、人一倍に敏感であった。


「ありがとうエクス! 君はそこまで私のことを……!」


「当たり前だろう!? 貴様は俺の――!」


「俺の……? 俺のなにッ!? 早く早く! その続きはっ!?」


「お、おお……!? お、お……俺の……その……たいせつな……こ、ここ……こぃ、びと……うぐぁあああーーーーーー!?」


「えーーーー? 声が小さすぎて肝心なところが聞こえなかったんだけどー? もっと大きな声ではっきり喋らないと、また面接で落とされるんじゃないかなー?」


「ええい、黙れ黙れッッ! とにかく今日からは、この俺自ら片時も離れず貴様を護衛してやる! ありがたく思うのだなッ!」


「もちろんそうして貰えるのは嬉しいよ。けど大丈夫、犯人の目星はもうついてるからね」


 この十年で何度となく繰り返してきた馴染みのやりとりを終えると、フィオはテーブルの上に一枚の写真と数枚の資料を置いて見せる。


「ほう? この写真の青二才に呪いをかければ良いのか?」


「ううん、彼は恐らく犯人じゃない。けど今回のストーカー事件の発端は、〝私と彼の関係〟にあるようでね」


「貴様とこの者の関係だと?」


「ああそうさ。彼の名はカルレンス・ローゼンハイム。古くから皇国の要職を務めている、超一流の名家の跡取り息子だ。そして――私の許嫁でもあった」


「なにいいいいいいぃぃぃいいいッッ!?」


「ミャー!?」


 その驚きは先ほどのストーカーの比ではない。

 まるでどこぞのコメディアニメのような形相で驚くエクスに、フィオは悪戯っぽい笑みをこぼす。


「あはははは! すごいリアクションじゃないか。私に婚約者がいることがそんなに意外だったの?」


「それはそうだろう!? 貴様が皇族だということは知っていたが、許嫁がいるなどという話は初耳だぞ! いや待て……そもそも貴様は両親共々皇族としての権利を剥奪され、辺境に追放されたと話していなかったか?」


「そうだね……けど私たちが追放された後、大勢いた父の兄も皇族を抜けたり亡くなったりしてね。跡継ぎがいなくなったお祖父様は、慌てて私を皇族に復帰させた……今では私が皇位継承権第一位ってわけさ」


「…………そうか」



 ――本当に、下らない笑い話さ――



 言いながら、心底滑稽だと笑うフィオの表情には、今も彼女の心に残る癒えぬ〝心の傷痕〟が覗いていた。

 まるでいつまでも残り続ける火傷痕のようなフィオの笑みに、それを見たエクスもまたズキリと心の奥が痛むのを感じた。

 

「それに許嫁っていっても、お祖父様が勝手に決めた約束……とっくに〝婚約破棄〟してるよ。君と私の関係も皇室周りはとっくに認知してるから、そのあたりが今後問題になることもない」


「なるほどな……しかし、ならばなぜその許嫁が今回のストーカーと関係しているとわかったのだ?」


「ドローン以外にも犯人の痕跡はいくつか見つけていてね。その中にローゼンハイムに繋がる物があったんだ。私が今も犯人を捕らえずに泳がせているのも、それが理由さ」


「泳がせているだと?」


「そうさ……! 実に都合の良いことに、カルレンスはこのソルレオーネの入居者だ。彼が事情を知っていて大人しく私たちに協力するなら良し。敵対するようなら、彼を人質にローゼンハイムごと〝跡形もなく叩き潰す〟」


「ひえっ!?」


「ぴみゃ!?」


「さあ行くよエクス! 私たち二人の明るい家族計画を邪魔する愚か者は、邪竜だろうと名門貴族だろうと消え去る運命なのさッ!」


 そう言って狂暴に笑うフィオの顔は、どう控えめに見ても勇者ではなく邪悪な大魔王。

 一方、本物の大魔王であるはずのエクスはフィオの怒気に恐れおののき、哀れにも部屋の隅でクロと抱き合ってガタガタと震えるのであった――。

 

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