業務日誌#04

勇者と遊びに行く大魔王

 

「ふふ……今日も世界は平和だねエクス」


「ま、まあな……」


 ある日の昼下がり。

 エクスとフィオという勇者と大魔王のカップルは、大勢の人で賑わうソルレオーネ下層のショッピングモールを散策していた。

 ちなみに、どこからどう見ても〝ラブラブデート〟だが名目上は仕事である。


 ソルレオーネのオープンから二ヶ月と少し。

 今では近隣からも数え切れないほどの人々がソルレオーネを訪れ、客足が衰える時間は存在しないほどの賑わいを見せていた。


「私たちがあのドラゴンを倒すまで、まさか勇者と大魔王がこんなことになるなんて誰も想像してなかったと思うよ。こうして指を絡め合いながら、二人でラブラブデートなんてね……?」


「こ、これは貴様がこうしろと!」


「え? もしかしてエクスは嫌だった?」


「うぐ!? い、嫌というわけではないのだが……その……やはり人前でこのようなことはだな……!?」


 普段のスーツ姿とは違う、優雅さと可憐さが渾然一体となった完全無欠のデートファッションに身を包んだフィオが、はわわと照れまくるエクスに挑発的な流し目を送る。

 とはいえエクスも黙っていれば普通にイケメンなため、端から見ればソルレオーネに住むファッションモデルかなにかのカップルにしか見えなかっただろう。


「あはは! なら今のうちから慣れておかないとだめだよ。どうせこれからは、私と一緒にもっと凄いことを沢山しないといけないんだからね!」


「なぜすること前提で話している!?」


「あ、見てよエクス! あの店には前から行ってみたいと思っていたんだ!」


「ぬわーーーー!? この勇者まったく大魔王の話を聞かないのだが!?」


 CEOとして多忙を極めるフィオにとって、エクスとこうして羽を伸ばせる時間は貴重だ。

 それでなくても、フィオは慣れない管理人としての仕事を始めたエクスをサポートするために、普段にも増してスケジュールの管理や業務の効率化を徹底している。

 エクスもそんな彼女の苦労を知っているからこそ、口ではあれこれ言いつつも、最近では可能な限りフィオの要望には応えるようにしていた。


「それで、仕事の調子はどう?」


「順調そのものだ! テトラとクラウディオはもちろん、パムリッタも信じられんほどの働きぶりだぞ!」


「新しく入ったバイトの四人は? 例の騒動を起こした子たちだよね?」


「今のところ問題はないな! まだまだ四人とも働きぶりにはムラがあるが、話してみれば素直な年相応の者たちだ。彼らに関しては、テトラが親身になって面倒を見てくれている!」


「さすがだね。テトラ君は国の法律もあってまだ正規雇用ができないんだけど、可能なら今すぐにでも役職付きにしてあげたいくらいだよ」


「テトラほどの人材は魔王軍にもなかなかおらんぞ! どこぞの企業にヘッドハンティングされる前に、がっちり確保しておけ!」


「ふふ、そうするよ」


 フィオとエクス。

 元勇者と元大魔王。

 敵同士だった二人の楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。

 

 かつて父と母を失い天涯孤独となったフィオは、勇者でありながらこの世界すべてに対して深く絶望し、マグマのような強烈な怒りを抱いていた。


 フィオの持つ伝説の聖剣――ニルヴァーナは、彼女の怒りを無限の力に変える剣だ。


 もし当時の大魔王がエクスではなく、あのまま誰もフィオに手を差し伸べようとしていなかったら――その時の世界は、邪竜ではなくフィオに滅ぼされていた可能性すらあったのだ。


「――だからさ。そろそろ君も観念して私のモノになってくれてもいいと思うんだ。そうじゃないと、いつ私がこの世界を滅ぼしてしまうかもわからないだろう?」


「物騒なことを言うでない! そもそも貴様の聖剣は、あの邪竜との戦いで怒りではなく〝愛〟でパワーアップする正真正銘の聖剣に変化したではないか!?」


「どっちだって同じさ。エクスが私のものになってくれない怒りで滅びるか、エクスを私のものにしたい愛で滅びるかの違いでしかない……!」


「怖すぎるぞ貴様!?」


「まあ、今はこうして手を繋いでくれるだけで満足しておくよ。たとえエクスがまだ私のものになってくれなくても、君といられる時間は明らかに増えてるいるからね」


「むぅ……(そもそも今さらなにかせずとも、すでに俺は貴様のものになっているようないないような……ごにょごにょ)」


「ふふふ……」


 もごもごと今さらなことを口走るエクスに、フィオは何も言わず微笑み、握った手をさらに深く繋いだ。


「さて……そろそろ時間だね。私はミーティングのために本社に戻るよ。君も管理人室に顔を出すんだろう?」


「そうだな! 夕食は俺が用意しておくから、貴様も遅くなるようなら事前に連絡するのだ!」


「うん……」


 それは、二人が深く想い合う関係ならば当然の流れのように見えた。

 日が暮れた商業区の外れ。ライトアップされたソルレオーネの見上げるプラットフォームで、フィオは別れ際にエクスの目をまっすぐに見つめる。


 その意図するところを察したエクスは、普段のようにはぐらかす素振りを見せようとして――思いとどまった。

 エクスは覚悟を決めた様子でフィオの肩に手を添えた。そして――。


「――!? エクス!」


「わかっている!」


 だがその瞬間。

 二人はほぼ同時にその場から跳躍。二人が反応するのに一瞬送れてカメラのシャッター音とフラッシュの光が瞬く。


「こそこそと――!」

「――よくも私たちの邪魔をしてくれたねッ!」


 エクスの雷撃とフィオの炎。二つの力が物陰に隠れる存在を捉え、一瞬にして破壊。邪魔者を粉砕し、軽やかに地面へと着地した二人がすぐさまその場へと駆け寄ると、そこには――。


「これは……ドローンだね」


「ドローンだと?」


「おそらく、何者かがこれを使って私たちのことを監視していたんだろう。まったく、どんな目的があるのか知らないけどさ……ッ!」


「ふぃ、フィオ……さん?」


 そこに残されていたのは、粉々に破壊されたドローンの残骸。

 それを見たフィオは片膝をついてパーツを拾い上げると、その金属でできたパーツを紙切れのようにぐしゃりと握り潰した。


「いいだろう……そんなに死にたいなら望み通りにしてあげるよ。私の人生最高の瞬間を邪魔した罪は、絶対に償って貰うッッ!」



 マンション業務管理日誌#04

 ストーカー被害の苦情対応――業務開始。

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