犯人と対峙する大魔王


『ジ――ヒャハ――ハハハハ! いい遊び場が見つかっ――……ジジ――ここならいくらでも――!』


「これは……!」


 パムリッタの用意した過去の映像を見ることのできる機械。それによって映し出された昨日の展望ラウンジには、たしかに異常な光景が映し出されていた。


『さっすが兄貴! 兄貴がいれば、マンションの中だろうと好き放題暴れられるってわけですねぇ!』


『無駄に意識ばっかり高くて、僕たちにはぜんぜん施設を使わせてくれないんだもんね。つまんないよ!』


『キャハハ! でもさ~ここって見晴らしはいいケド、食べたりできそうな物ないよ~?』


『心配するなって。そうだろうと思って、家から酒も食い物も持ってきた! 今日はここで好き放題しようぜ!』


「どうなってるっスかこれ!? 声は聞こえるのに、人の姿が見えないっスよ!?」


 そう。そこに映し出された映像には、たしかに複数人の騒ぐ声と、次々と移動する家具や食器類ははっきりと確認することができた。

 しかしその声を発しているであろう〝何者か〟の姿は、一切映っていなかったのだ。


「だ、大魔王さま……! これって、どういうことなんでしょう?」


「考えられる可能性は二つだ。なんらかの魔術で姿を消しているか。もしくは、もともと姿を消すことのできる種族か……どちらにしろ、これで監視カメラに犯人の姿が映っていなかったこととも辻褄が合う!」


「消えるしゅぞぐ……オバゲとか?」


「ひゃー! たしかに自分のアカシックレコード君五号には、対隠蔽魔術用の超常センサーはついてないっス! 完全に盲点だったっス!」


 姿なき犯人による、姿なき犯行。

 ついにその犯行現場を押さえることに成功したエクスは、怒りに目を燃やして立ち上がる。


「だがこれで犯人がいることがはっきりした! 後は引っ捕らえて暗く冷たい牢獄にぶち込むのみッ! パムリッタよ、その者どもがラウンジに現れた時間は何時かわかるか?」


「はいっス! この映像の時間は昨日の午前八時三十分……火災報知器が反応したのが九時三十分頃っス!」


「ならば時間的にも問題はない! では、テトラは急ぎ入居者名簿を洗い、姿を消せそうな者がいないか確認してくれ! こやつらの会話を聞くに、どうもマンション入居者の可能性が高そうだからな!」


「わかりましたっ」


「じゃあ自分は念のため、ゴースト族捕獲用のゴーストバキューム君三号を家から持ってくるっス!」


「よかろう、頼んだぞ二人とも! 俺とクラウディオは交代でラウンジの見張りだ! この様子では、こやつらは間違いなく再びここに現れるであろうからな!」


「あうあー……! がんばるゾー!」


 エクスはすぐさま持ち前の大魔王指揮力を発揮すると、管理人チームに指示を下した。

 そうしている間にも、アカシックレコード君五号の映像の中では姿なき声の宴が続いている。

 だがエクスは不敵な笑みを浮かべ、自分たちに濡れ衣を着せた犯人グループに、どのような〝ごめんなさい〟をさせようかと考えを巡らせていた――。


 ――――――

 ――――

 ――


「――来たな」


 そしてその日の夜。

 犯人確保の準備を整えて待ち構えるエクスたち管理人チームの前に、ついにその時がやってくる。


『しかしよ~、昨日いきなり警報が鳴ったときは焦ったよなぁ……思わず逃げちまったけど、あのまま慌てるマンションの奴らを見物してても良かったかもな!』


『元はと言えば、アニキがバーベキューしたい~ってコンロの火を大きくしすぎたのが原因じゃないですかー!』


『僕だって今年は大事なテストもあるんだ。少しくらいの悪戯ならいいけど、事件になるのは困るんだからね!』


『わたしもー。ママも昨日のアレでわたしのこと探してたみたいで、帰ったらガチ泣きしてたしー……けっこう罪悪感……』


「(間違いない……パムリッタの機械で聞いた声と同じだ!)」


「(でも、やっぱり姿は見えませんねっ)」


 ラウンジに用意されたキッチン奥に隠れるエクスたちは、現れた声のする方を気付かれないように確認する。

 だがやはりそこに人影は見えない。数人の男女の声が聞こえるだけだ。


『ビビってんじゃねーよ! 警察や消防の奴らだって気付いてもいなかったんだぜ? 俺のこの力があれば、誰だろうと俺たちを見つけたりなんてできやしねーよ!』


「(魔王ざま……どうしますが……?)」


「(よし、これ以上待つ必要もあるまい! 犯人捕獲作戦開始だ!)」


「おっけーっス! ゴーストバキューム君三号、スイッチオーン!」


『げぇ!? なんだお前らっ!?』


 瞬間。犯人グループのラウンジへの侵入を確認したエクスが号令を発する。

 先鋒として飛び出したパムリッタがゴースト族捕縛用の機械を起動させると、一瞬にしてラウンジ全体に紫色の突風が巻き起こり、猛烈な吸引力で不可視の犯人を飲み込みにかかる。だが――。


『なんだこりゃ? いきなり出てきおどかしやがって……! 大したことねぇじゃねーか!』


「そ、そんなっス! ゴーストバキューム君三号がぜんぜん効いてないっス!?」


「つまり、この人たちはゴースト族じゃないっ!?」


『さすが兄貴! わけのわからねぇ奴らの攻撃なんて、ぜんぜん平気だぜ!』


 だがしかし。パムリッタの機械は犯人たちに対して一向に効力を及ぼさなかった。

 声の主も驚きこそしたものの、すぐに効果がないと知ってあざけるような野次を飛ばす。


「下がれパムリッタ! すでにその可能性は想定済み……こやつらがゴースト族でないならば、あらゆる魔術を打ち砕く我が力――〝大魔王解呪シャドーリリース〟で化けの皮を剥がしてくれるッ!」


 しかし次の瞬間。落胆するパムリッタと入れ替わるようにしてエクスが前に出る。

 エクスはすぐさま全身から漆黒の大魔王パワーを放出すると、声の主めがけ邪竜メルダシウスの力すら打ち破った解呪魔術を叩きつけた。しかし――!


『クククク……ッ! さっきからなにやってんだよお前らはよ~? 威勢だけはいいみたいだが、俺たちにはなーんにも効いてないんだけどな~!?』


「っ!? なん、だと……!?」


「そんな……! 大魔王さまの力でも……!?」

 

「う、うぞ……!」


 それは、にわかには信じがたい光景だった。

 エクスの放った無敵の力。それはパムリッタの機械同様、声の主を一切捉えることなく空を切ったのだ。


『お前ら……もしかして俺たちを捕まえに来たのか? だったらただじゃおかねぇぞ……たっぷり怖い目にあわせて、もう二度と俺たちを捕まえようなんて思わないようにしてやらねぇとな~!』


「く……っ! こやつら……いったい何者なのだ!?」


 完璧な布陣で臨んだはずの犯人捕獲作戦。


 しかし二重に用意した策はどちらも通じず。万策尽きたエクスたち管理人チームの前に、勝ち誇った男の声が絶望と共に響き渡ったのだった――。

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