大魔王、理事会に出席する


「いやはや……これは困ったことになりましたねぇ。まさかあのようなちびっこ勇者一人に、我々がここまで追い詰められてしまうとは……この私としたことが、完全に想定外でしたよ」


「ファーッハッハッハ! そう心配するなラナよ! 奴がどれほど強くなろうとも、俺の強さはさらにその上をいく! 勇者がこの魔王城に乗り込んできたのは好都合……俺自らの手で決着をつけてくれる!」


 勇者と大魔王。

 その最後の戦いの少し前。


 ゆらゆらと紫色の炎が揺れる魔王城の広間。

 無数のドクロが重なった玉座で笑い声を上げる大魔王エクスと、彼と語らう法衣姿の男――。


 痩せた長身と鈍色の銀髪。

 鋭い切れ長の目元にシンプルな眼鏡が特徴的なその男は、エクスの言葉にやれやれと首を振った。


「さぁてどうでしょうか? 貴方はとーーーーっても〝あまあま〟の〝ベタあま〟ですからねぇ……今まで散々甘やかしてきた彼女相手に、〝スイーツ大魔王〟の貴方が本気で戦ったりできるんですかねぇ~? ぶっちゃけ無理ではァ~?」


「ぐぬぬっ!? で、できるに決まっておろうがっ! それに俺は、今まで一度たりとも奴に情けをかけたことなどないぞ! 冷酷ッ! 残忍ッッ! いつだって邪悪な大魔王だったのだ!」


「アー…………ハイハイ。そういうことにしておきましょうか。では、彼女のことは貴方にお任せしますよ。私は一足先に実家に帰らせていただきますので」


 広間での短いやりとりの後。銀髪の男――闇の宰相リンカウラ・ラナは手に持ったステッキをくるくると回し、今も勇者との戦いが続く魔王城とエクスに背を向ける。


「うむ! それは構わぬが、戦いが終わればまた戻ってくるのであろうな?」


「そのつもりですよ~? もちろん、貴方が勇者に勝てれば……の話ですけど。ワタクシ、思いっきり勝ち馬に乗る主義ですので」


「フッ……良かろう、もし俺が敗れた時は好きにするがいい! ならばラナよ……勇者との決戦の後、共に祝杯をくみ交わすのを楽しみにしているぞ!」


「ええ、ええ。そうなるように祈ってますよ。私としても、こうして楽しくお話しできる相手はこの世で貴方くらいなものですから」


 溶けるようにして闇に消えるラナの姿を、エクスはその金色の瞳で最後まで見送る。

 ラナは振り向かず――しかし最後に、エクスにも聞こえない声で一人つぶやいていた。


「さて……それでは見せて貰いましょうか。貴方と彼女……数億の巡り合わせでも足りない究極の奇跡が、この世界のことわりに届きうるのかどうかを……」


 最強の大魔王ロード・エクスと、闇の宰相リンカウラ・ラナ。

 勇者との戦いを終えたエクスが、彼と約束した祝杯を共にすることは、ついになかったのである――。


 ――――――

 ――――

 ――


「え、えーっと……それではみなさまお揃いですので、第二回ソルレオーネ理事会を開始しますっ」


 ソルレオーネ上層階にある多目的ホール。

 どこぞの議事堂を思わせる豪華な設備のその場所に、か細いながらも懸命さを感じさせるテトラの声が響く。


 値段すら想像出来ないような壮麗な円卓の前に、ぐるりと座る理事会メンバー。

 そしてその円卓とは別に用意された、平凡なパイプ椅子に座る三人の管理人――テトラ、クラウディオ。そしてエクス。


 今回の理事会で任された役目――理事会開催の挨拶を無事果たし終えたテトラは、ほっと胸をなで下ろして天使そのものの笑みをエクスとクラウディオに向けた。


「(はふぅ~……とっても緊張しました~……)」


「(見事だったぞテトラよ! 流石は我らの中で一番のベテラン管理人だ!)」


「(テドラ先輩……がっごいいでず……!)」


「では早速議題に入ろうではないか。私と同様、君たちも忙しい身であろうしな」


「そうして貰えると助かるね。じゃ、まずは会計報告を――」


「(おお……フィオの言っていたとおり、俺たち管理人の仕事は最初の挨拶で終わりのようだな!? なにもせずとも勝手に話が進んでいくぞ!)」


「(理事会の進め方はマンションによって違うと思うんですけど、ソルレオーネの理事会はすごい方ばかりですから……)」


 テトラによる開会の挨拶を皮切りに、理事会役員は流れるように課題の取り決めを行っていく。

 ソルインダストリーのCEOであるフィオを初めとした各界の実力者にとって、いかに巨大とは言え、タワマン一つのあれこれに無為な時間を費やすことはない。


 しかし――。


(ラナの奴……いったいなにを考えている?)


 淡々と進む理事会を見守るエクスの視線が、薄い笑みを貼り付けた銀髪の男を捉える。


 エクスが十年前に引き受けた呪い。


 その力とは、この世界に存在する〝全ての命から忌み嫌われる〟というものだった。

 エクスが十年間ボッチで無職だったのも、エクス以外の人々は元大魔王の彼を恐れてのことと思い込んでいるが、実際は全てこの呪いせいである。


(だがこの十年で、俺は呪いの力のほとんどを打ち消した。だからこそテトラもクラウディオも、みな俺に対して普通に接することができるのだ。だが、なぜ奴は俺に接触してこない……?)


 そう――実はこの理事会の開始直前、エクスは自分から先に会場に現れたラナに声をかけていた。

 だがラナはまるでエクスのことなど見えていないかのように、その鋭い眼元を笑みの形に歪めたまま、エクスの声かけを完全に無視して通り過ぎたのだ。


(あの態度が弱体化した呪いのせいとは考え辛い……ならばやはり奴は、俺のやったことに対して怒っているのだろうか!? くっ……許してくれラナ!) 


 旧友から突きつけられた極寒の対応に、全力でショックを受けまくる大魔王。

 しかしそんな彼をよそに理事会は実に要領よく進み、そして――。


「それでは、予定されていた議題は以上です。次回の理事会で検討したい議案や、質問などがあれば――」


「一つ、よろしいですかぁ~?」


「っ!?」


 警戒していたようなことも起こらず、無事理事会が終わろうとしたその時。

 それまでほとんど発言していなかった理事長のラナが声を上げた。


「もちろんです。では、理事長のリンカウラさんから」


「では失礼して……この場で言うべきかは少々迷ったんですがねぇ。今日はソルレオンCEOがいらっしゃるようなので、せっかくですらかお伝えしようと思いまして」


「へぇ……? なら、それは私にも関係がある話ってことだね」


「そうなりますねぇ~。たしか先月の理事会の後くらいだったでしょうか。マンションの皆さんから、何度か私の方に苦情が上がっていた時期がありまして。なんでも、マンション内に管理人の姿が見当たらないとか……」


 円卓の中央。薄い笑みを浮かべたラナが、ゆっくりとその顔を円卓から外し、離れた位置に座る三つの管理人席――そこに座るエクスへと視線を向ける。


「お久しぶりですねぇ、元大魔王さん。無事に就職できて良かったですねぇ……十年もの求職活動はさぞや大変だったでしょう?」


「ラナ……! 貴様、やはり気付いた上で……っ!」


「と・こ・ろ・でぇ! 前回ご挨拶したデーモンさんはどうされましたァ~? 管理人の人数も随分と少ないようですが~? まさかとは思いますが、貴方たち三人だけでこのソルレオーネの管理人業務を回してるとか……そんなことありませんよねぇ~?」

 

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