大ピンチの大魔王
「――と、いうわけでぇ。ソルレオーネの秩序と品格、そして私ども入居者の豊かな生活を維持するためにも、管理人の質は大変重要……にも関わらず、このような管理人の大量離職を許した上、その現状を数日間放置する。いったいどういうおつもりですかねぇ……ソルレオンCEO?」
「ふむ……」
「ぐ、ぐぬぬ……っ! ぐぬぬぬ……!」
穏やかな笑みを浮かべたまま、しかし鋭くこの一ヶ月で起きた管理人関連のゴタゴタを指摘する銀髪の男――かつての闇の宰相リンカウラ・ラナ。
現在は世界有数の投資機関の総裁を務める彼は、平和になった社会でもフィオに匹敵する権力と地位を維持している。
いかにフィオがゼロから超巨大企業を立ち上げた才媛だとしても、そうやすやすと舌戦で退けられる相手ではないのだ。
「この報告書にもあるとおり、この一ヶ月の間にソルレオーネの館内で大きな事故や事件は起きていない。それどころか、つい先日発生した爆発事故で被害がなかったのは、他ならぬ彼の力によるものだ。君が心配するような問題はなにもないよ」
「それはあくまで結果論に過ぎないと私は思いますねぇ~? このマンションは、全世界から多くの人とモンスターが集まり、手を取り合って暮らす新時代のモデルケース……今回のような隙をオープン早々見せているようでは、出資した我々の
「むぅ……?」
だがしかし。
目の前で繰り広げられるラナの糾弾を見ていたエクスは、どうにも腑に落ちない感情を胸に抱いていた。
(こいつ……こんなことを気にする奴だったか?)
エクスの記憶では、たしかにラナは口から先に生まれてきたかのようにペラペラと良く喋る男だった。
他人が困惑するのを見て笑みを深め、話せば話すほど煙に巻かれる。ラナと関われば、100人中100人が確実に気分を害されることになるだろう。しかし――。
(だが、このラナの追求には〝実〟がない……ただフィオに不満をぶつけているだけだ。かつてのこいつは、このような無駄な問答を最も嫌っていたはずだが……?)
「統計的に見れば、大規模マンションのオープンから半年間は最もトラブルが発生しやすい期間だ。現時点でソルレオーネのトラブル発生件数は、全国平均を大きく下回っている。沽券に関わるというのなら、むしろこの安全性の高さは〝成果〟として大々的に宣伝すべきアピールポイントだと思うけどね?」
「なるほど、それはそうかもしれませんねぇ……流石はソルレオンCEO、隅々までよく目をとおしていらっしゃる」
「……それで、君の本題はそこじゃないんだろう? 私も他のみんなも忙しい身でね。私にふっかけるにしても、次からはもう少し単刀直入にお願いしたいところだよ」
「ククッ……これは失礼。ではそうさせていただきましょう」
そしてフィオもまた、エクスが抱いた疑念と同様の結論に達していた。
茶番の打ち切りを通告されたラナは肩をすくめて笑うと、その眼鏡の奥に覗く鋭い眼光をフィオの後方――エクスへと向けたのだ。
「私が最も不満に思っているのは、CEOが勝手に大魔王エクスを管理人として採用したことなんですよねぇ~!」
「なんだと!?」
「お集まりのみなさんはどうお思いですかァ~? あそこに座る目つきの悪ぅ~い男はかつての大魔王……指先一つで山を消し飛ばすと言われた危険人物です! そんな男が自分の住むマンションを管理しているなんて怖くないですかァ~? 私は怖いですねぇ~!」
室内に響くラナの声に、それまで静観していた他の役員にも懸念の色が浮かぶ。
「たしかにロード・エクスを雇用したのは私の独断だ。けれど、現状で彼の働きぶりには入居者からも良好な反応を得ている。人員不足の件と同じで、問題ない人選だよ」
「いえいえ、勘違いしないで下さいCEO。私は別に大魔王さんを今すぐ追い出せと言っているわけじゃありません。私が不満なのは一点だけ……貴方が私たち理事会に断りもなく、彼を管理人に決めたことのみです。つまり――」
「ま、まさか……貴様!?」
「ふーん。そういうことか……」
瞬間。ラナの言葉に何かを察したエクスの大魔王心臓が跳ね上がり、全身にドッと冷や汗が浮かぶ。
エクスにはわかったのだ。
ラナの狙い――この恐ろしく厄介な旧友が、ここで自分になにをさせたかったのかを。
「今ここで彼の〝採用面接〟をしませんかァ? もちろんお時間は取らせませんよ。大魔王さんには、私たちの前でちょっとした挨拶をしてくれるだけで構いませんのでねぇ。ククク……!」
「お、おのれぇ……! それが貴様の狙いというわけか……!」
採用面接。
それはエクスが十年もの間挑み続け、一度も勝利することができなかった最凶の悪魔。
ラナによって突如として召喚された
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