気まずい大魔王
「闇の宰相リンカウラ・ラナ。世界最強の魔道士と名高い天才で、名実共に大魔王と並ぶモンスター軍団の二大巨頭……たしかに君の言うとおり、ソルレオーネの理事長は彼だ。なにせ、私が直接お願いしたんだからね」
「ぐぬぬ……! なぜよりによって奴なのだ!? しかもただの入居者としてではなく、理事長などという重役まで与えるとは!」
「みゃー?」
その日の夜。
テトラから聞いた理事会の話を持ち帰ったエクスは、そのままの勢いでフィオに事情を問いただしていた。
艶やかな唇に余裕の笑みを浮かべ、ゆるやかにコーヒーを味わう彼女とは対照的に、エクスは膝の上にクロを乗せ、腕組みの姿勢で渋い顔だ。
「もちろん理由はあるよ。ラナが会長なら、副理事長は大辺境伯のガデオン・リンフィールドだ。この意味、エクスならわかるよね?」
「くっ……なるほど。人とモンスターそれぞれに代表を用意したというわけか……」
「そういうこと。特に彼は権力とかお金とか、そういうのに目がないからね。喜んで引き受けてくれたよ」
「だがテトラの話では、前任のデーモンは理事会と揉めて職を辞したというではないか!? そのガデオンとかいう貴族のことは知らんから断定はできんが、どう考えても奴のせいではないのか!?」
「それはわからない。報告書には、理事会と揉めたことまでしか書かれていなかったからね。でも安心して……たとえ誰が相手だろうと、私のエクスに酷いことをする奴は絶対に八つ裂きにするから」
「逆に相談できないのだが!?」
「ミャー……」
「いやだなぁ……もちろん冗談だよ。いくら私でも、余程のことがない限りはそんなことしないつもりだよ。余程のことがない限りはね……!」
満面の笑みでとんでもないことを平然と言い放つ元勇者と、それを聞いてガタガタと怯える元大魔王。そしてその膝の上で眠そうにあくびをする小さな子猫――。
会話内容さえまともであれば、平穏な同棲カップルの日常そのものだっただろう。
「けど珍しいね。君がそこまで特定の誰かを嫌がるなんて。いくら性格に難があるっていっても、君の元部下だろう?」
「ふん……俺はラナを部下だと思ったことも、部下として扱ったこともない。奴も俺と対等に接していたし、俺もそうしていた。今考えると……俺にとって奴は、唯一の友と呼べる相手だったのかもしれん……」
「友だち?」
「そうだ。求める物は違っても、俺たちは自分の欲望に正直だったからな。奴とは性格も趣味もまったく合わなかったが、そこだけは誰よりも通じるものがあったのだ」
「それなら、なおさら嫌がることなんて……」
「呪いだ……俺が負った呪いの前では、奴ほどの男ですら俺を遠ざけ、近づこうとはしなかった。呪いが弱まった今はそうではないだろうが……だからこそ奴は、その〝違和感〟に必ず気付く」
呪い。
エクスが口にしたその言葉に、フィオの表情が曇る。
十年前の最終決戦の際、いつしか相思相愛となっていたエクスとフィオの前に現われた最後にして最大の邪悪。
そしてその邪悪を打ち倒した後の世界で、エクスが十年もの間人々から拒絶され続けた原因――それこそが、エクスの言う呪いだった。
「そっか……君たち二人のことは私にはわからないけど、なんだか複雑みたいだね」
「他に方法がなかったとはいえ、結果として俺はラナになんの説明もしていないのだ……すべてを知れば、奴はいい気分はしないだろうな」
「苦手どころかその反対……彼と仲良しだったからこそ、君が受けた呪いのことを黙っていたのが後ろめたいわけか。ふふ……実に君らしい悩みだね」
「むぅ……」
言いながら、フィオは慣れた様子でエクスの隣に腰を下ろし、物憂げに揺れる金色の瞳をのぞき込む。
そして励ますように彼の手を取ると、優しく微笑んで見せた。
「わかったよエクス……そういう事情があるなら、次の理事会は私も一緒に出席する。名前だけではあるけど、私も理事会のメンバーだからね」
「たしかに貴様がいてくれれば心強いが……本当に良いのか?」
「もちろんさ。悩める夫を支えるのも妻の大切な役目……それに、もしラナに呪いについて話すことになれば、私の証言があったほうが都合がいいだろうしね」
「すまない……! なにやらしれっと夫婦扱いになっているのが気になるが、今回ばかりは本気で感謝するぞ勇者よ!」
「そこは気にしないで! 理事会と良い関係を築けるかどうかは、今後の君の管理人生活にとっても大切だからね。私も全力でサポートさせてもらうよ」
いつの間にやら互いの顔をつきあわせ、共に理事会の対策を練るエクスとフィオ。
前任のデーモンが辞職に追いやられたという恐怖の理事会に向け、二人の夜は更けていくのであった――。
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