村が消える日

口羽龍

消える村

 庄司猛(しょうじたける)は74歳。現在住んでいる利川(としがわ)村の村長だ。東京の大学を出て、東京で様々な役職を転々とした後、この利川村の村長となった。


 利川村は山奥の小さな村で、林業が盛んだ。だが、高度経済成長の頃から過疎化が進み、林業は衰退した。若い者は村を去っていき、何千人もいた人口も500人を切った。そして、今月でこの村は市町村合併で消えてしまう。集落しか残らない。猛は利川村最後の村長になろうとしている。


「この村、もうすぐなくなるんだね」


 猛の孫、章大(しょうた)は外を見ている。章大は中学校までここで過ごした。それ以後は東京で暮らしながら、高校に通い、現在は大学生だ。大学では政治経済を学んでいるという。祖父の影響で政治経済に興味を持っているそうだ。


「章大、その事、気にしてるか?」

「ううん。あんまり気にしてない。例えなくなっても、村は村だから」


 章大は振り向いた。章大はあまり気にしていないようだ。なくなっても、この集落はこの集落のままだから、関係ないと思っているようだ。


「そっか。おじいちゃんは寂しいな」


 猛は寂しそうな表情だ。ここで暮らした日々がまるで走馬灯のようによみがえる。色々あったけど、もうすぐ歴史に幕を閉じてしまう。


「そうなの?」

「うん。だって、この村が積み重ねてきた歴史が終わるからね」


 章大は首をかしげた。この村の歴史? 知った事がないけど、言うからにはいろんな歴史があるんだろうか?


「寂しいんだね。僕はあまり気にならないけど」

「そっか」


 猛は部屋の中を見渡した。段ボール箱があちこちにある。この村がなくなり、村長でなくなると、この村を出て行くようだ。寂しいけれど、これから先は息子夫婦、つまり章大の両親の家に隠居しようと思っている。


「もうすぐ引っ越しちゃうんだね」

「ああ。そしてもうわしは身を引くんだ」


 猛は村長が最後の仕事だと思っていた。そして、この年齢を迎え、引き時だと思っていた。


「長い間お疲れ様でした!」


 章大は笑みを浮かべた。ここまで村長として頑張ってきた猛を誇らしげに思っているようだ。猛がいたからこそ、自分が政治経済に興味を持った。


「ありがとう。あとは章大の未来に託そう」

「そうだね」


 猛は将来の章大に期待している。大学を出て、いつの日か自分より高い役職についてくれるだろうと期待している。


「ちょっと出かけてくる」


 章大は気晴らしに出かける事にした。特にどこに行くか決めていない。


 章大は運転免許を取った時に買ってもらった軽4駆に乗ろうとした。普段は週末しか乗らないが、帰省した時はほぼ毎日乗っている。


「あら、章大くんじゃない!」


 誰かに声をかけられて、章大は振り向いた。隣に住んでいる竹口さんだ。


「あっ、ご無沙汰してます」


 竹口は喜んでいる。東京に住んでいる村長の孫が帰ってきているからだ。


 竹口は辺りを見渡している。のどかな風景が広がる。東京とはまるで正反対だ。トンビの鳴き声や、川のせせらぎがよく聞こえる。


「昔はここも賑やかだったのにね」

「そうなんですか?」


 猛も言っていたが、本当に賑やかだったんだろうか? 章大は気になった。


「そうよ。村には3000人ぐらいの人が住んでいて、あの山の向こうにも集落があったのよ」


 章大は竹口は指さした山を振り向いた。そこには無人の山林があるだけのように見える。本当にここに集落があったのかな? 今から行ってみようかな?


「そうなんだ」

「暇なら、行ってみたら、どう?」


 竹口は章大に、その集落の跡に行ってみるように勧めた。


「うん」


 章大はその集落の跡に行く事にした。特に予定はない。行ってみよう。それで何かを得る事ができるかもしれない。


 走って20分ぐらいで山道に入った。もう何年も整備されていないのか、アスファルトは所々ひび割れている。最後にここを車が通ったのはいつだろう。


「この先に本当にあるのかな?」


 山道はどこまでも続いているようだ。本当にこの先に集落の跡があるんだろうか? ひょっとして、もう残っていないのでは?


 しばらく進むと、少し開けた場所に出た。よく見ると、民家の跡もある。ここが竹口の言っていた集落の跡だろうか? ここも林業で生計を立てていた人が住んでいたんだろうか?


「廃屋がある。とすると、ここかな?」


 章大は車から降りた。辺りにはまだまだ雪が残っていて、ひんやりとしている。まだまだ春は遠いようだ。


「すごいなー。こんな所にも集落があったんだ」


 と、章大は廃屋にいる老人を見つけた。その老人は青白い。オバケだろうか?


「えっ、オバケ?」


 章大は驚いた。まさか、ここでオバケに出会うとは。この集落に住んでいた人のオバケだろうか?


「ここに人が来るなんて、久しぶりだな」

「ここに集落があったって聞いて、来ました」


 章大は少し焦っている。オバケと話すなんて、初めてだ。どんな言葉を交わそうか?


「そうか。確かにここには森中という集落があったんだ」

「やっぱりそうだったんだ」


 章大は辺りを見渡した。ここに集落があった時は、どんな風景が広がっていたんだろう。きっと自然豊かな場所だったんだろうな。


「ところで、あんた誰だ?」

「庄司章大といいます。村長の庄司猛の孫です」


 オバケは驚いた。まさか、ここの村長の孫だとは。見た目から見ると、大学生ぐらいだろうか? 村を離れて、都会で学んでいるんだろうか?


「そっか。村長の孫さんか」

「だけど、あと少しでこの村、なくなっちゃうんです」


 それを聞くと、オバケは寂しそうな表情を見せた。オバケもこの村が消えてしまうのは寂しいようだ。


「そうか。寂しいか?」

「そんなに。村は村だから」


 言われてみればそうだ。村は消えても風景はあまり変わらない。だけど、次第に人々は減っていき、消えていくだろう。そうしたら、何が残るのか? この集落のように、廃屋だけだ。こうして人々の住んでいた記憶は薄れていくんだろうか?


「俺は寂しいな。この村がなくなり、そして集落自体がこんな風になくなっちゃうんじゃないかなって思って」

「うーん、そうなると寂しいな。今住んでいる集落も、この集落のように人がいなくなり、そして寂れていくのかな?」


 章大はこの村の未来を考えた。村にはもはや老人ぐらいしか住んでいない。彼らがみんな死んでしまうと、もうこの集落は人がいなくなってしまう。そして、この集落のように廃屋だけになってしまう。猛との思い出もなくなってしまう。そんなのは嫌だ。


「寂しいか?」

「そう思うと、寂しいな」

「そうだろう」


 章大は納得した。だけど、自分は東京で頑張らないと。そして、もっと豊かな生活を手に入れないと。




 章大は家に帰ってきた。家には猛がいる。猛は外を見ている。この風景とも、もうすぐお別れだ。これからは東京で暮らす。トンビの鳴き声も、川のせせらぎも聞こえないだろう。


 章大は猛の元にやって来た。それに気づいて、猛は振り向く。どうして近寄ってきたんだろう。


「どうしたの?」

「村がなくなるの、寂しいなと思って」


 章大もわかってくれるとは。ようやくわかってくれたけど、もうこの村がなくなる事は決まっている。村が村でいるこの時を大切にしよう。


「そっか。だけど、それが時代の流れなんだって」

「みんな、僕のように都会に行っちゃうのかな?」


 それを聞いて、猛も納得した。東京には夢があり、便利な場所だ。だから、みんな都会に行ってしまうんだろうか? その中で、自然は忘れ去られていくんだろうか? いや、忘れてはならない。この地球に生きられるのは、この美しい自然があるからという事を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

村が消える日 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説