v2.0.8 - グループ分け

「6人ずつでグループ作ってくれ」


 蒲原のその一言が、教室――の片隅の、主に俺のみの空気をピリつかせる。

 外道すぎるまったく非道い課題の内容など、もはやどうでもいい。


 ――ついに。

 ついに、来てしまった。

 この時が。

 恐れていたこの時が、来てしまった。


 もしかしたらクラスの皆はあまり気にしていないかもしれないが。

 このクラスには重大な秘密がある。

 このクラスの人員数は、31。

 31人で構成されるクラスなのだ。


 31といえば、素数。

 現実逃避する時に何度も数えてお世話になっている、かの有名な素数さんの一員だ。

 素数とはつまり、1ないし自身以外では割り切れないということ。

 即ち、「31」なら、1と31以外、どんな数でも割り切れない。

 つまり――

 このクラスでグループを作ろうとしたのなら、2人でも3人でも4人でも5人でも6人でも、何人単位でグループを作ろうが、するのだ。


 ……え、何ですかその悪意しかない人数設定。


 誰がそうしたのかは知らないが、こんな数字を設定してくるとは。

 どうやらこの学校にはよほど優れた教育者がいるらしい。

 なにせ、「グループ作れ」の一言を発するだけで、哀しき生徒達は皆、人生の悲哀をこれでもかというほどに学べるのだ。

 なんという素晴らしい教育システムなんですかね畜生め。


 そして、そんな凶暴な教育の被害者――何人単位でグループを作ろうが、必ず余る事が運命づけられている人間。

 それが、この俺だ。

 先の出来事でクラスの皆の心証は最悪。

 俺を思うままに顎で使える七橋さんを除けば、俺に関わりたい人間など一人もいるわけがない。


 ……ふむ。

 OK、なるほど。理解した。

 これはつまり、いついかなる場面においても、この俺のようなはみ出し野郎を余剰人員として隔離しやすいように。

 そのためにこの31という数字は定められた、と。

 そういう事ですね?

 やはり学校側には相当な切れ者の教育者がいるようだ。


 ……こんな状況、俺、割り切れないよぉ……。


 頭を抱え唸る俺の目の前では、クラスのみんなが「じゃ、イツメンでいっか」「よかったらどう?」などといった声を交わし、スムーズにグループが組み上げられていく。


 声も出さずに座ったままのクラスメイトも何人かいるが、不安そうにキョロキョロしたりしていないし、ARグラスのステータスが赤いところからみても、ARグラス経由でチームアップを完了させているんだろう。


 ……へ、へぇ。

 このクラス、みんな仲がいいんですね。

 そうですよね。

 先日黒い掲示板とかで何か色々と不穏な出来事ありましたしね。

 わかりやすい敵がいると、まとまりますよね人間って。


 勇者パーティが勇気とか友情とかで結束して成長していく姿を見てる魔王ってこんな気分なのかな。

 勇者に世界の半分あげる、みたいなこと言うのって、そんなキラキラした勇者パーティが羨ましかったんだろうな。

 よし、滅ぼそうかな、この世界。


 ……って、そんな妄想してる場合じゃなくて。


 俺は必死に――必死じゃない風を装いつつ――周囲に目を走らせる。

 誰か――誰か、寂しさと不安に染まった迷子の小動物のような目でキョロキョロする我が同胞は――


 ――おらん。


 まあ、仮に万が一億が一そんなクラスメイトがいたとしても、俺のような問題児とチームアップしたがる人間はいないだろう。

 断言するが、俺から声をかけられて喜ぶ人間なんてこのクラスにはいないし、ゆえに俺から声をかける事などできるはずもない。


 えぇえぇわかっていましたとも。

 こんなの最初から詰んでる。


 仕方ない。

 俺は一人チームで頑張るとしよう。

 ワンチームってそういう事だよね?

 そう俺が腹を決めかけたところで――


「御久仁君、入るグループは決めた?」


 頭上から、鈴の鳴るような綺麗な声がした。

 見上げるとそこにはオシャレ眼鏡の正統派黒髪美少女――七橋さん。


「……?」


 え?

 これは……まさか……?

 とりあえず俺は全力で首を横に振る。と――


「じゃあ、私たちと、どうかな?」

「はえ?」


 ……え?

 本当に?

 マジのガチで?

 そんな事、ある?

 起こり得る?


 なにこれ。

 菩薩?

 慈悲の心?

 七橋さんってもしかして天使か何かなんですか?


 いや、分かってる。

 分かってるつもりだ。

 これを素直に天使だなどと思ってはいけない。

 これは恐らく「私のために働け(はぁと)」的な意味に違いないし、これを口実にまたクラス委員の仕事などをどしどし増やされるに違いない。


 だが、いいだろう。

 いいのだ。

 馬車馬だろうが社畜だろうが何にだってなってみせよう。

 私が存在していい、そんな場を与えていただけるのなら、それだけで粉骨砕身頑張れます。

 ビバやりがい搾取。


 俺は元気に全力で振られる犬の尻尾くらいの勢いでぶんぶんと首を縦に振った。

 俺のその反応をしかと確認して、


「じゃ、よろしく」


 七橋さんはいつもの柔らかい笑顔でそう言うと、他のメンバーらしき皆さんに「じゃ、そういうことで」と言うと、他の皆さんも「うい」「おっけー」と軽い感じで返していた。


 意外に嫌がられてる様子がないのは、俺が七橋さんに完全に御されている事が明々白々だからだろうか。


 まあ、七橋さんの笑顔ちょっと外向きな笑顔だったし、やっぱりお腹にイチモツ抱えてると思うし色々覚悟はしておこう……。


 にしても――

 俺が無事グループの一員になるという奇跡的な栄誉を得たということは。

 じゃあ、誰がいったい余剰人員として刹那さを消せやしないポジションに……?

 まさか俺の知らないぼっち民がこのクラスにいるのだろうか。

 もし、そんなぼっちの君がいるなら、今すぐに俺と握手。


 だが、何度見回しても、周囲にはどこにも悲しそうにすがるような目で周囲を見回す目線はない。存外スムーズにグループ分けが確定したようだ。


「……??」


 一体、どういう事だろう。

 今日は欠席者はいなかったはずだし、

 まさか、やはり俺は非実在学生だった?

 居ると思っている俺は幽霊とかそういう存在で、七橋さんグループには俺以外に6人いる?

七橋さんはそんな俺を視る事ができ、俺の魂を鎮めるためにグループに誘った霊能者だった?


 だが、その答えは、教科担任の蒲原の口からすぐにもたらされた。


「七橋ぃ~」

「はい」

「小堀田お前んとこに入れてもらっていいか?」

「いいですよ」


「っていう事みたいだから、よろしく」

「おっけー」

「ほーい」

「……?」

「あ、御久仁君もしかして知らない? リモートの小堀田さんのこと」


 七橋さん曰く、このクラスには一人、学校には来ていないクラスメイトがいるそうだ。

 いわゆる不登校というやつか? と思ったが、不登校とは微妙に違うらしい。

 事情があって学校に来られないので、ネット回線を使って自宅から授業に出ているそうな。


 そういえばクラスの後ろのほうに、ミントとは違う女の子のCGのキャラみたいなのがいる事あるなぁとは思っていた。

 あれ、リモート参加のクラスメイトだったのか。


 ……そうか、学校来なくていいのか。

 いいなぁ。うらやましいなぁ。

 ……と一瞬は思ったが、授業にバーチャル参加をするということは、それはつまりARグラスとかネットとか色々設定しないといけないって事だろうし。

 そういうのはもっと無理なのでやっぱり登校でいいです。


 なるほど。

 つまりこのクラスにはリモート参加とやらの不登校優良児がいて、登校している人数でいうと平常時人員数は30であり、5や6であれば割り切れる数字になっている、と。

 そうか。よかった。

 俺ごときが席を得たために椅子取りゲームであぶれて哀しみを背負う子はいなかったんだ。よかった。


 にしても、そんなクラスメイトがいたとは。

 今の今まで気付いてない俺も大概だけど。


 一体、どんな子なんだろう。

 学校に来てない時点できっと何かしら陰の者の気配がするし。

 アバター経由のコミュニケーションなら、ミントとのやりとりで慣れてるし。

 仲良くなれたりしないものだろうか。


 ――そう思っていた時が私にもありました。

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