v2.0.7 - エゴサ
俺の名前を、ネットで検索する?
そんな事したら――
だが、ここは学校であり、授業中であり、教師の言う事は絶対だ。
やらないわけにもいかない。
だって――他の授業はともかく――情報Iの授業に関しては、俺がARグラス上でやっている事は先生に筒抜けらしいのだ。
授業と関係無い事をしているとすぐにバレるし、先生の指示に従わなかったらそれもすぐにバレる。
バレて、目をつけられる。
目をつけられたら――きっと蒲原と何かしらの会話をする事になる。
それだけは何としても避けたい。
俺はあくまでモブとして、背景に徹していたいのだ。
だから波風立てずに授業を乗り切る。それこそがこの情報Iの授業における最優先のミッションなのだ。
やむなく俺は、Webブラウザを立ち上げ、開いた検索エンジンの検索窓に、俺の名前を入力した。
(御久仁、健斗、と……)
入力し終え、「検索」のボタンに指を伸ばす。
嫌な汗が出る。
これでもし、検索結果に小6の時のあの事件の事が表示されたら――
俺は目を瞑り、意を決してボタンを押す。
そして――恐る恐る、目を開ける。
目に飛び込んできたのは『御久仁健斗さんの運勢』と題された、姓名判断のページっぽいものと、同姓同名の別人っぽい人がマラソンの大会に出場した名簿の情報などだった。
下の方までスクロールしてみるが、俺に関する情報は特になさそうだ。
あの事件につながるような情報も無い。
ほっと胸を撫で下ろすと同時に、ガチガチにこわばっていた体の緊張が抜ける。
こんな結果になる事は――
一応は、分かっていたつもりだ。
俺は中学の時、一度名字が変わっている。
迷惑行為の多さに辟易した両親が、一度離婚してすぐに再婚する方法で名字を変えたのだ。
旧姓のほうで検索したら、きっと恐ろしい量のページがヒットするんだろうが、新しい姓名のほうであれば、あの事件につながるような情報は多くは見つからない、はず。
それは、分かってはいた。
分かってはいたが……いやほんとこの教科担任、何て課題を出してくれやがる……。
どこかの誰かが俺の新しい名字を知り、情報をネットに晒している可能性だってゼロじゃない。
結果として、今の姓名からはあの事件の情報が見つからない事もわかったのでよかったが、もし何か、今の姓でもあの事件にたどり着ける事が判明していたら、俺はこの瞬間にどうなっていたことか。
きっと色んなトラウマとか刺激されて絶対に正気ではいられなかっただろうし。
あなたの一つの指示のせいで、一人の学生が何か色々大変な事になってたかもしれませんよ?
……はぁ。
ますますこの授業が嫌いになりそうだ。
ミントの事を学校側に相談できる日は遠い。
ふぅーと長い息を吐き、ドキドキする心臓をなだめ、俺は平常心を何とか取り戻す。
心拍数あたりから何かを察したのであろうミントから、「大丈夫? おっぱい揉む?」というよく分からないメッセージが着弾しているが、授業中なので一旦無視。
「何か見つかった奴も結構いるみたいだな」
そんな俺の気持ちなど当然知らない蒲原は、目の奥の笑ってないニヤけ顔でデカい陽キャ声を教室に響かせている。
やらされたことが余りに恐ろしい事だったので、周囲に気を配る余裕などなく気付いてなかったが、クラスのほうもそれなりに騒がしくなっているようだ。
「げ、このサイト残ってるのか」
「わ、これ懐かし~」
「…………(無言で頭を抱えている)」
ああ……まあ、昔やった事とかあれこれ載ってる事は、あるよね。
黒歴史とか黒歴史とか、あと、黒歴史とか。
「SNSとかで自分自身で発信してる場合もあるだろうけど、自分がやった事じゃなくても、他人が勝手に情報載せてる場合もあるからな」
その点に関してだけは俺は安心だ。
小学生の頃の黒歴史は名前改変によって(少なくとも今の名前では)アクセス不能になっている。
中学以降はネットには全く触れてない上に完全無欠のぼっちであったが故に、「友達が勝手に俺の写真ネットにアップして」みたいな心配もない。
……べ、べつに悲しくなんてないんだからねっ!
「不用意に周囲の人の名前あげて悪口とか書くと、名誉毀損で訴えられる事もあるからな。気をつけような」
……名誉毀損、ね。
それで実際に訴える側になった事がある人間は、このクラスの中でも俺くらいのものだろう。
いやもうほんとね、
ネットなんて、触らなきゃいいのです。
そんなものなくたって、ちょっとハブられたり友達ができないくらいで、健康で文化的な最低限の生活を送る上では何の支障もない。
うっかり人の悪口書いて訴えられるとかそんな事だって起こらない。
なのになぜ人はネットなどというものを使うのか。
まったく嘆かわしい。
……って、おや?
なぜだか少し蒲原の言葉が分かる。
多分、あの事件で経験した事に近い話だからなんだろう。
どうやら蒲原の全部が全部受け入れ不能なわけじゃないらしい。
だが――
「いまいちピンと来てないのもいそうだな」
蒲原の目が、何だか嫌な感じにぎらりと光ったように見えた気がした。
「じゃあ……アレやるか」
そう言うと、蒲原の後ろ、仮想スクリーンに表示されていたスライドが、ゆっくりと切り替わった。
新しいスライドには「クラスメイトの個人情報をハックせよ」などという、何やら不穏な言葉が書かれている。
「今日の課題だ。このクラスの、自分以外の誰かの個人情報を、ネットで調べて探してもらう」
……は?
「相手は誰でもいい。調べて、見つかった情報と、その調べ方をレポートにまとめて提出してくれ」
……なんですかその恐ろしい課題は。
「もちろん、知られたくない情報が見つかってしまう事もあるだろうから、みんなから出されたレポートをお前らに公開することはないし、見つけた奴にその情報が本物かどうか先生は答えないし教えない。
ただ、誰かはわからないようにした上で『こういう情報が見つかった」ってのは公開するかもな」
そんな事をニヤリと笑って言う蒲原に、
「えぇぇぇ」
「マジか」
クラスがどよめく。
それはそうだ。「お前の個人情報を暴く」と言われて穏やかでいられるほうがおかしい。
「次の授業の前の日、19時までに先生のメアドに提出な。ちゃんと網膜鍵認証つけてメール送ってこいよ?」
……いやマジでなんて課題を出してくれるんだ。
これでもし、俺のあの事件の事とか掘り当てられたら、あなたどう責任とってくださるんです?
ミントの件とか責任持って解決にあたってもらいますよ? いいですね? お願いしますね?
「ちなみに面白い情報掘り当てた奴には、期末考査の点数オマケしてやる」
へ、へぇ……。
そんな事言われたら尚のこと本気出すクラスメイトが現れかねませんよね。
責任取って以下略。
……しかし。
そんな恐るべき悪辣な課題が出される事など、序の口だったのです。
それ以上に衝撃的な一言が、蒲原の口から飛び出してきたのですから。
「あと、仲のいい同士だと口裏合わせたりできるだろうからな。この課題はチーム対抗でやってもらう。ってことで、6人ずつでグループ作ってくれ」
(……!?)
……ついに。
……ついに、来てしまったのですね、その時が――
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