v2.0.3 - LINC

◇ ◇ ◇


 おかしなステータス表記が主原因であろう、たくさんの奇異な物を見る目線をくぐり抜け、ミントとの地獄のような昼休みも何とか乗り越えて、無事――と言っていいのか分からないがひとまず五体満足で1日が過ぎた。

 授業後、やる気のない担任のHRを終え、帰り支度をしていると、


「今朝はごめん!」


 そんな声とともに、七橋さんが俺の席に駆け寄ってきた。


 七橋さんが近づいてくる。

 ただそれだけで俺の周りの空気が柔らかく明るくなる感じがする。

 恐怖をやたらと運んでくる某CGキャラとはえらい違いですね……。 

 などと考えつつ、しかし今、何を謝られたのかが分からない。


 ……あ、そうか。

 今朝の担任からの依頼の事かな。

 普通に自分に押しつけられて当たり前の仕事だと思っていたので、七橋さんに謝られる事なんて毛ほども想像してなかった。ビバ社畜根性。


「あ、いや、別に……」

「私、たまにああいうことあって」


 七橋さんは色々なところから引く手あまただ。

 いくつかの部活で助っ人として参加してるなんて話も聞いている。

 そんなお忙しい七橋さんが、俺のような暇人の事、気にかける必要すらないのに。


「御久仁君とは急な相談したい時あるし、何か連絡しやすい方法あるといいなって思ってて」

「あぁ……」


 言われてみれば今、七橋さんとの連絡手段はメールくらいしかない。

 曲がりなりにもクラスの委員長と副委員長だ。

 あれこれ用事もあるだろうし、何かしら緊急連絡手段は持っておいた方がいい……のかな。


 とすると、メールだと気付くの遅くなる事もあるし、かといって電話……は緊張するのでやめてもらいたいし、となると――


「御久仁君、LINCってやってる?」


 その一言に、俺に電流走る……!


「LINC、は……」

「その反応だとやってないか。どうしよっかな」


 LINC? それってもしかしてアレですか?

 文字チャットと音声通話的な事ができて、スタンプとかいうイラストでエモみを出せるとかいう?


 えぇえぇ聞いたことありますよ。

 中学の頃はクラスのみんなが使ってましたし。

 俺だけ自主的に主体的にハブられてたので実際どう使うのか、どう使われていたのかは知りませんが。


 しかし、七橋さん?

 その発言はまままさか、俺とLINCでつながってやりとりしたい、と、そういう事でよろしいか?

 としたら――


「あ、いや……やろうとは思ってた、から……」


 これは貴重なチャンス。

 あいや、七橋さんとつながってどうこうしたいとかそういう下心的な話じゃなくて。

 そういうのが全くないわけじゃないけどそういう話じゃなくて。


 実は両親から、LINCを入れろとしつこく言われていたのだ。


 中学生の間は、実家暮らしで親とのやりとりに困る事は無かったし、遠出するとかどうしても必要な時は、音声通話とSMSしかできない、古式ゆかしきフィーチャーフォンまたの名をガラケーを使っていた。


 高校に入って一人暮らしになり、連絡手段をどうするかについては親と一悶着あり、スマホを持てという親 vs そんなもの死んでも持ちたくない俺のバトルは三日三晩続いた。


 最終的に通う学校が急に先進IT指定校なるデンジャラスな学校になったお陰で、極大不幸中の超絶微少な幸いとして、支給されたARグラスで電話ができる事が判明し、おまけに連続通話5分までなら費用学校持ちで電話し放題なのも相まって、これでまるっと解決となり今に至る。


 ……のだが、親が言うには「こっちからかける時はLINC経由のほうが電話代かからなくていい」だそうで。

 親には例の事件で膨大な迷惑をかけたりしているので、親がそう望むなら入れないわけにはいかない。

 そう思ってから早1ヶ月。

 ミント一件もあったし、アプリ入れるのとかめっちゃ怖いしで全部後回しになっていた。


 ……うん。

 これは、潮時ってやつなのだろう。

 七橋さんがお望みとあらば、これは天啓に違いないし。

 ここは全身全霊をもってインストールさせていただきますともえぇえぇ。


 とはいえ、今ここでアプリのインストールを試みるのは……マズい。

 どうせ設定とかであたふたするし、そんな様子を七橋さんにお見せするわけにはいかない。


 ……いや、恥ずかしいとかではなくて。

 そんなあたふたした姿を見せたなら、多分何かしらの弱みを握られて、さりげなく何かのお黒い罠に使われる予感がするからだ。

 七橋さんの巧みな人心脅迫術を舐めてはいけない。


「ごめん、今ちょっとお腹痛くて……ちょっと待ってて」


 俺はそう言ってそそくさと教室を出て、トイレの個室に駆け込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る