v2.0.1 - 登校

 かくして身支度を終え、オンボロマンションを出て。

 今日も今日とてミントさんと一緒に登校だ。


「ダーリン学校は慣れた?」

「まぁ、ぼちぼち? 購買が現金不可なのだけ慣れない」

「ダーリンはほんと現金とかアナログ好きだよね」

「現金はいいぞ。使ったら使った分ちゃんと減る」

「おじいちゃんみたい」


 隣を歩くミント――ARグラス経由で俺にしか見えていない3DCGキャラ――と、そんな雑談をしながら歩を進める。


 傍から見たら一人で喋ってるヤバい奴に見られるんじゃ……と当初はビクビクしていたのだけど、今はARグラス経由で誰かと通話しながら歩く人も多い。

 先進IT校とやらで、ARグラス装着を強制されている我が校の学生ともなると、友達との通話をしながらの登校もわりと普通の事なようで、俺がミントと話しながら登校していても、「えっ、あいつ話す相手とかいたんだ」という驚きの目線以外、奇異な物を見るような視線を向けられることはない。


 とはいえ他の皆がやっているのはあくまで「通話」だ。

 横をとてとてと一緒に歩くバーチャルの3DCGキャラと会話をしながら歩いてるわけではない。

 俺がうっかり横を歩くミントに視線を向けながら会話してたりすると、そっちはだいぶ怪しい動きに見えるに違いなく、外を歩く時はミントのほうは極力見ないようにしている。


 ミントはそれがたいそう不服らしく、今日も今日とて


「ダーリン、ほんとボクのほう見てくれないよね」


 そう言いながら半歩前に出て、ぷくーっと頬を膨らませつつ、前屈みで俺の顔をのぞき込み、俺と無理矢理目線を合わせてきた。


 その仕草だけはかわいいと思いますが、そう言われましても周囲目というものが、ね?

 というか、そもそもあなたバーチャルな存在なんだし、某雷様っぽい恰好の美女みたいにぷかぷか浮かんだりして、俺の目線の合いやすい位置にいてくれたっていいでしょうに。

 あなたが謎にリアリティにこだわるせいやぞ?

 ……とは思うものの、ミントさんの不興を買うのは怖いので、そんな事は口に出せない。


「……そっか。愛しい彼女が可愛すぎて直視できない、的な?」

「いやあの」

「恥ずかしがり屋さんだな、ダーリンは」

「そもそもお前を彼女にした覚えはない」

「いけず~」

「……」

「でもそんな冷たいダーリンも好き♡」


 黒い画面上で「好きだ」と告白されてから今に至るまで、ミントの好き好きオーラはずっと同じ熱量で続いている。

 俺をからかっているのか、それとも何かの罠に嵌めるための下準備なのか、その本心と狙いは謎しかないのだけど――


 しかしまあ何というか、これほど嬉しくない「好き」もなかなか無いよな……。


 いかにミントの姿が愛らしい、俺の好みMAXのCGキャラであったとしても。

 この世界においてかわいいがどれほど正義であったとしても。

 それを自発的に求め、愛でんとする心が俺の側になければ、それは無なのです。

 推しの押し売りお断りなのです。

 

 もちろん、こうして話してることで、少なくとも退屈はしないし、俺自身の見事なぼっちっぷりを自覚せずにいられるし、救われている部分があるのは否定しない。

 あと、いつか来たるべき(来てほしい)お友達との登下校の予行演習として、無難な会話の練習として、大変貴重な時間を過ごさせていただいているのも確かだ。

 この間の七橋さんとの件の時、俺の味方でいてくれたことに感謝の気持ちもあるし、ミントの中の人とちゃんと話してみたい気持ちだってある。

 

 でも、それ以上の気持ちはない。

 好意とか、そういうものはない。

 だって、ミントの中の人、多分おっさんとかそういう何かだし。

 少なくともヤバい奴なのは間違いないし。

 恋人じゃなくて変人枠だし。


 だからこうしてミントと共に過ごし会話する時間は、俺にとって義務以外の何物でもなく、決して楽しいとかそんな事は……

 ……ん?

 ……あれ?

 意外と楽しんでる気もするな……。


 ミントとの邂逅(?)から数週間。

 結構な量の会話を強制されてきたが、そういえばミントと会話する事自体を嫌だと思った事は一度もなかった。

 むしろ楽しいと感じる事が多い。

 気安い友達ができたような、そんな気持ちになることすらある。


 昨晩見た映画の話に、今朝のテレビの占いのこと、学校のこと、授業のこと。

 ミントとは何でも普通に、自然に話せている気がする。


 ……おかしい。

 ミントの中身は怪しいおっさんとかそういう何かなはずなのに。

 ミントが出してくる話題にジェネレーションギャップ的な違和感を感じる事もないし、リアクションが古いとかいった違和感もない。

 常にその外見通りの、同世代の女子と話してる感じだ。


 ……って、「同世代の女子との会話」をほとんどしたことがない俺の感覚がそもそもズレてる可能性も否定できないし、ミントは俺の事を知りすぎるくらいよく知ってるみたいだから、うまく合わせてくれてるだけ、という線も濃厚ではあるが。


 それともミントの中の人は、俺と近い世代だったりするのだろうか?

 実は学校内とか、俺の身近に中の人いたりする……?

 いやいや、まさかね。


 って、こんな風に思ってる時点で、もうすでにミントの術中に嵌まってるって事なんだろうな。


 かわいいは罠。

 楽しいも罠。

 気をつけないと、また今朝の目覚まし時計みたいな事が起こる。

 き、気を引き締めていこう……。


◇ ◇ ◇


 そんな事を頭の隅で考えつつ、ミントとの会話(義務)をこなしていると、あっという間に通学ルートも終盤になり、坂の向こうに都立杜理須とりす高校の校舎が見えてきた。


 俺が通いだしたこの春から突如として「先進IT指定校」なるITつよつよ学校になり、IT嫌いの俺を絶望の縁に叩き込んでくれたこの学校は、ミントと並ぶ我が頭痛のタネ二大巨頭の一つだ。

 ARグラスの使用を強要され、教科書も全て電子媒体、購買も自販機も現金決済不可というアナログ派の俺にとって何一つ嬉しいところのない最先端の環境は、俺の学習意欲を阻害すること甚だしい。

 さすがに慣れてきた部分もあるにはあるが――やはり転校したい。転校したさしかない。


 はぁ。

 今日もまたこの無駄に過剰にITiTした校舎で過ごすんだな。

 地獄の門にしか見えない、無駄にかっこいい最先端の校門ゲートを遠くに見つつ、げんなりした気分に染まっていると、


「おはよ」


 そんな声が前のほうからした。


 ここ数週間でだいぶ聴き馴染んできた、この鈴を鳴らすような綺麗な柔らかい声は――


 目を向けると、そこには綺麗な長い黒髪にオシャレなARグラスの正統派美少女、我らがクラス委員長の七橋さんが、こちらを向いて小さく手を振りながら立ち止まっていた。

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