v0.1.3 黒い窓
目の前に浮かぶ、一枚の黒い背景のウィンドウ。
そこに書かれる文字。
内容は、なぜか愛の告白なんだけど――
どうしよう。
怖い。
とてつもなく、怖い。
また、何かひどい事が始まるんだろうか。
手が震える。
体が震える。
もう、二度と思い出したくないのに。
怖いのは差し引いても、初日からいきなりウィルス感染とかシャレになってなさすぎる。
一体、どうしたらいい?
事件以来のぼっち暮らしで、こういう時に頼れるITに詳しい友達もいない。
かといって学校で聞くのもちょっと抵抗がある。
と、とりあえず小学生の頃のIT知識を引っ張り出してみよう。
えっと、こういう端末って、たしか全部リセットする方法があったはず――
幸い、初期設定を終えたばかりのタイミングだし、リセットして困るような事は何もない。
もしできるなら、それが一番早いような気がする。
リセットの手順は……よくわからないので、初期設定の時に着物の人が言ってた事を思い出し、「リセットのしかたを教えて」と言ってみる。
すると「リセットの手順」と書かれたウィンドウが目の前に開いた。
そのウィンドウの横では、黒いウィンドウが更新されて、
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mint > ふーん、なるほど~
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と意味深なメッセージが追加されたけど、とりあえず無視。
リセットの方法は、一旦メガネを外して、メガネの左右のつるにあるセンサ部分を両方、8秒以上長押ししてから再装着すればいいらしい。
早速その手順をやってみると、目の前に「リセットしてよろしいですか?」と表示された。
指をパチリと鳴らしてOKの操作をすると、「再起動します」という表示の後、最初に見た幾何学模様が表示された。
(こ……これで大丈夫だよな……)
再び幾何学模様と「ようこそ」のメッセージを見て、「こんにちは」と言って、指輪のレクチャーを受けて。
無事2度目のセットアップが終わったその画面を見て――
俺は愕然とした。
黒いウインドウが、浮かんでいる……だと……?
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mint > リセットしても無・駄♥
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どういう事なの……。
ウィルス感染したって、だいたいリセットすれば戻るものじゃないのか?
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mint > 君のクラウドにあるデータに侵入済みだから、何度やっても無駄だよ
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えーっとクラウドって……ネットの向こうにあるデータのこと、だっけ。と、すると……
「学校か何かに置いてあるデータがやられたってことか……?」
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mint > 厳密には違うけど、まあだいたいそんな感じ。なんだ、意外と詳しいんだね。
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ん……?
思わず口から出た独り言に、この黒いウィンドウ上のメッセージが、明らかに反応したように見える。
というかそういえば、リセットした事も筒抜けだったし、何が一体どうなってるんだろう。
「もしかして、これ、聞こえてる……?」
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mint > うん。
mint > ま、聞こえてるんじゃなくて音声認識データのログを読んでるだけだけど。
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試しに話しかけてみると、見事にウィンドウ上のメッセージが応えてきた。
えーと。
なんかますますヤバい状況のような……。
これは明らかに俺の端末乗っ取られてるって感じの何かだし……。
全身に嫌~な汗が大噴出してくる。
いやほんとなんか色々ヤバくないですかこれ……。
って今は考えても仕方ない。とりあえず聞いて答えてくれるなら、聞いてみるしかない。
「っていうか、お前は人なのか?」
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mint > 人じゃなかったら何だと思ってたのさ😤
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「いや、ウィルスの自動メッセージみたいのとか、人工知能とか……」
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mint > ここまでできる有能な人工知能だったらボクも欲しい
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「お前は何者だ」
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mint > ボクは君の運命の人だよ♥
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「なんで名前を知ってる?」
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mint > 愛しいダーリンの名前を知らないわけないじゃん♥
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「ダー……? っていうかお前は何者なんだ?」
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mint > 気になるなら、ボクの正体をハックして、見つけてほしいな♥
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そのメッセージが表示された後、黒いウィンドウは勝手に消えた。
俺は、その黒いウィンドウが閉じたあたりを焦点の合わない目でただ呆然と見つめながら、ただただひたすら混乱の中にいた。
えーと、とりあえず整理しよう。
これは、要するに。
「ウィルス感染」とかよりも、もっともっとひどい状況ってことだよな、多分。
俺のARメガネが、ハッカーに侵入されて、乗っ取られてる、的な。
とりあえずリセットしても無駄だったし、学校の側にあるデータにどうこう言ってたから、多分端末を別の新しいのに交換しても駄目。
……え、詰んでね?
何をどうしたらいいんだろう。
整理すればするほど、絶望的な気分になっていく。
ただでさえ怖くて触りたくないIT機器を、ハッカーさんが侵入したままの状態で使う?
そんなものを身につけて、極弩級ハードモードな学校生活を始める?
いやいやいやいや。
何かいい方法はあるはず。あるはずなんだけど、IT機器にしばらく触れてなかった自分がそんなものを知るわけもない。
ぼっちだからそれを聞ける友達もいないし、とりあえず今はもう夜だし、メーカーのサポートも営業時間外だし。っていうかどう説明したらいいのかもよくわからないし……。
ああああああああ!
もう全力で頭をかきむしってじたばた暴れたい気分だ。
なんでこうもひどい目に合う?
なんでこんなにも運がない?
俺には貧乏神とか何かそういう悪い神様でも憑いてるんだろうか。
ああああああああ!
ああああああ!
あああああ!
…………
……
…
「……もう知らん」
俺はとりあえず、考えることを放棄した。
ARグラスを外し、さっさと布団に潜り込む。
俺には過去の事件のお蔭で身に付けた特技が一つある。
どんなひどい目にあっても、どんな悩み事を抱えていても、布団に入ればすぐに眠れるのだ。
まあどうせ今考えても埒が明かない。こういう時は全部忘れてさっさと寝るに限る。
かくして、触りたくもないIT機器を、4年ぶりに触り。
いきなりウィルスらしきものに感染して。
侵入してきた謎のハッカーに告白される。
そんな俺の高校生活1日目は、終わった。
そして多分、俺の高校生活も、終わった。
ねぇ、何なのこれ。
ねぇ、一体俺どうしたらいいの……。
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