第7話

 僕はぼんやりと空を眺める。


 リビングからは鼻歌が聞こえてくる。楽し気な声。僕の彼女の声。


 何も思わないわけじゃない。わけは聞いた。幼いころの両親のせいだとか、食べたくなってもできるだけ我慢して、耐えきれなくなったときはじめて食べるんだとか。誰かを標的にしているのではなく、自分をナンパしてきて襲い掛かってきた人を処理しているだけだと。


 だからって、それがいいこととはいえない。少なくとも、法律には反している。


 理性はそう言っているのだけども、本能は違う。


 リビングから、肉の焼ける匂いがしてくる。香ばしい香りにお腹がくうと鳴る。彼女ができてからというものの、僕は外食には行かなくなった。出来合いのものを買ってくるということもない。全部まずく感じてしまうのだ。特に、肉類は。


 彼女が作ってくれるものでないと、満足できなくなっている。


 非常に由々しき問題だと、理性が警告を放つ。わかってる。でも、もう遅いような気がしてならない。


 最初から、布石は打たれていたのだ。


 とっくの昔に、僕はその味に慣れていたのだ。彼女の調理が上手いというべきなのか……。


「ご飯できましたよー」


 楽しげな声とともに、彼女が――福路先輩が皿をもってやってくる。エプロン姿の先輩は、すごく可愛らしい。同時に、怖くもある。どうしてそんなに平然といられるのだ。


「眉間にしわを寄せてどうしたの?」


「いや、幸せそうでうらやましいなって」


「そりゃあ、好きな人と一緒にいられたらそれだけで嬉しいって。君は違うの?」


「嬉しくないわけじゃないですけど……」


 まだ割り切れていないだけだ。これがいけないことだと、思っているから苦しい。


 大切な人だから、二人とも殺さないよ。――顔を赤らめながら、先輩は言っていたものだ。でも、殺してもらった方がどれだけよかったことか。網田さんは酒に溺れることもなかったし、僕は良心の呵責にさいなまれることもなかった。


 同時に、これでよかったと思う自分がいる。先輩がどんなことをしていようとも、好きな人には違いなく、僕がいなくなってしまえば彼女が悲しむことは容易に想像できたから。


 新調されたばかりの二人用のテーブル。そこに、おそろいの平皿が置かれる。


 皿の上のステーキはどこからどう見ても牛肉だ。でも、牛肉なんかではない。もっと甘く、もっとおいしいもの。


 味を想像しただけで、よだれが口の中に広がる。胃が、体が、それを欲していた。


 ナイフとフォークをもつ。


「いただきます」


 嬉しそうな顔をしている福路先輩の前で、僕はその肉を食べる。

 

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人を食ったようなおねえさん 藤原くう @erevestakiba

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