第10話 すっぴんの方が可愛い

「えっ」

 アタシがシュージの言葉に耳を疑ったのは、言うまでもない。口調自体は真面目くさったものだが、この冷血100%と表現すべき男子に、女子の容姿を褒めるような発言が出てくるなど、思いもしなかったのだ。

 しかも、それまで瓶底びんぞこ眼鏡のレンズに反射し、判然としなかった眼光が、眼鏡の位置を微調整したことによって、一瞬見えた。思ったよりも目力めぢからが強い。

 男から容姿を褒められることはよくあったが、ギャルに釣られるように集まり、初対面でも「キミかわうぃーね!」と言っちゃうような、チャラい男がほとんどだ。

 このようなカタブツから、面と向かって褒められたことはない。カタブツとギャルは、水と油のように合わないと思っているが、不思議なことに、先程までの怒りは霧が晴れるように消えていた。代わりにこみ上がる、表現しがたい感情……。


 しかし、シュージは、もうさっきのことはなかったかのように、勉強を再開し始めた。アタシたちの方を見向きもしない。


「どうしたの、璃乃。座ろう」

「あ、うん」

 澄佳に促され、ようやく空いた2人席に座る。


 完全に調子を狂わされたが、ようやくミックスベリー・フラッペを味わうことができた。ちょっとぬるくなっていたけど、甘酸っぱくてたまらなく美味しい。

「いやー、噂に聞いてたけど、朝永くん、変わった人だね」

 澄佳は、姉の郁佳から聞いていたのだ。やはり噂になるような厄介な男子なのか。

「あいつ、問題児なの?」

「さっきも言ったけど、天才だよ。勉強ではお手本だけど、発言に情がもってないから、女子はおろか、男子でも、中には若い教師でも、論破されることもあるんだとか」

マジ!? エグいじゃん、それ?」

「あとさ朝永くん、成績もヤバくて、小学校卒業までに英検1級、漢検準1級、数検3級を取ったって……」

「英検1級ってエグいの?」

 中学3年生のとき、学校でムリヤリ受けさせられた英語検定は嫌な思い出だ。ちなみにあのときは3級は断念し、4級を何とか合格。同室の受験者はみんな小学生っぽかったから、余計に嫌だった。ちなみに澄佳は英検準2級を楽々合格していたので、やっぱ頭いいなと舌を巻いた。

「1級はエグい。パパが言ってたけど、英語で弁護士ができるくらいだって話だよ」

「ひょえ~」

 何だかよく分からんが、スゴいっていうことだけはよく分かる。弁護士ってだけで、雲の上の人間で、日本語でも理解できない内容を、英語で、しかも小学生でマスターしたというのか。


「でも、朝永くんさ、璃乃はすっぴんの方が可愛いみたいなこと言ってなかった?」

 急に顔が火照ほてるのを自覚した。澄佳にもしっかり聞かれてしまっていた。

「あいつ、いかにもひねくれてそうだし、言われたとこで嬉しくもなんともないよ」

「でも、朝永くん。言葉はキツいけど、嘘は絶対につけないらしいよ」

 精一杯、虚勢を張ってみたものの、澄佳は、追い打ちをかけるようなことを言う。じゃあ、純粋にアタシのことを褒めていたのか。もし本当にそう思っていても、ガリ勉の彼が絶対言わなさそうな言葉なのに。

「もーやめて、気にせんどこ。あんな奴に褒められてもキモいし」

「ははは、ゴメンね。でも、仲良くなったら勉強教えてもらえたりして?」

 

 勉強を教えてもらう? ちょっと飛躍した妄想だ。つい想像してみたが、終始、罵倒される光景がありありと目に浮かんできた。

「無理無理無理無理無理無理! 絶対無理っ!」

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