第9話 乏しい外見の類型

 その話題はタブーじゃないかと思った。澄佳はお姉ちゃんと比べられることが嫌なのだ。しかし、意外にも澄佳はシュージの質問に回答する。

「そう。双子の姉、今枝郁佳ふみかがいます。実は、朝永くんと聞いて、ピンときました。姉と同じクラスの男子で、天才がいるって。あなたのことだったんですね?」

「天才とは大仰おおぎょうな。普段の生活の中で勉学にいそしんでいるだけだが」

 イラッときた。たまらず、アタシは口を挟む。

「それは何? アタシらへのあてつけ?」

「あてつけてどうする? 君たちには君たちのレーゾン・デートルがあるのだろう。互いに干渉する必要のないことだ」

「本当に理屈っぽいね。でも、何であんた、本名の漢字にこだわってるの?」

「簡単なことだ。個人識別を『ルックス』という不安定なファクターでは不可能ということだ。特に、化粧や髪型1つで、大きく変化する妙齢の女性では特に」

「単純に、顔覚えるのが苦手と言えばいいじゃない。大体、名札もしていないのに、どうやって名前で個人識別するの? 学生証見せろって言うの?」

「小生は、人の外見的特徴に、氏名の漢字から得られる印象と紐付けて記憶する。ついでに言うと、苗字からは出身地の傾向、名前からは親の年齢なども推量することができる」

「よく分からんけど、分かったわ」

 本当は何言っているのか全然分からないけど、適当な相槌で誤魔化ごまかす。

「例えば、今枝姓は、犬山や丹羽にわ郡、岐阜県にも多く見られる苗字だ。また、丹羽郡があるだけあって丹羽姓も愛知県の北西部に多い。他には、鬼頭姓は名古屋に多い。丹羽も鬼頭も愛知県ではありふれているが、他県出身者は読み方すら戸惑うことも多い。きっと、君の学年にもいるんじゃないのか?」

 何だこの人。丹羽も鬼頭も、学年にいるどころか、仲良し4人組の残り2人の苗字、ドンピシャではないか。

 シュージは続ける。

「一方、小生の朝永姓は、全国的に珍しいが、強いて言うなら長崎県に多い。小生の父方の祖先は長崎だからな。花咲も珍しい名字だ。そこで尋ねる。君の出自はいずこか?」

「出身地を聞いてんの? あんたと同じ犬山だよ」

「ご尊父殿はいかがか」

「ゴソンプドノって何?」

「君の父君のことだ」

「ああ、えっと、広島だっけな? カープ好きだって言ったし」

「それだ!」

「……」

 急に水を得た魚のように、苗字の話題で掘り下げてくる。アタシには一体何が興味を引くのかが理解できない。


「というわけでだ。単純にその人の容姿を丸暗記するだけではなく、氏名の漢字表記、紐付けられる出自等と組み合わせて、はじめて記憶として定着させられるのだ」

 まるで塾の講師だ。歴史の年号とか人物名とか、本当に苦手だ。先生は、丸暗記ではなくて、同時期に起こった出来事や世の中の情勢とともに把握しなければ、覚えられないと言ったものだ。アタシは記憶力も弱くて、歴史も苦手そのものだが、彼は逆にそれを応用して、人物の情報を脳みそに叩き込んでいるらしい。

「でも、そうしないと定着しないなんて、逆に不便だね」

 アタシは、一矢報いたくて、シュージに嫌味を言った。

「さっきも言ったろう。個人を識別するための小生のやり方だ。外見による識別ほど曖昧なものはない。嬰児えいじの識別に自信はあるか? 茶色の豆柴まめしば100匹連れてきて、どれが自分の犬か正確に見分ける自信はあるか?」

 何という例えだ。犬は好きだけど、犬と同等の扱いをされるのは、何かムカつく。

「ちょっと、アタシたちギャルが、柴犬と一緒なん!?」

「ギャルは、ギャルに憧れて、ギャルになるのだろう。憧憬しょうけいの対象が同じならば、似てくるのは自明の理。そこに、アイデンティティを見出す方に無理があろう」

「アタシはお姉系、澄佳は清楚系! どこがみんないっしょって結論になんの!?」

「そのギャルの系統はいくつあるのと言うのだ。仮に5つしか類型がないというのなら、アイデンティティとは到底呼べないと思うが」

 ダメだ。彼に何を言っても話は平行線だ。

「もう行こう。疲れるだけだよ。席埋まっちゃうしさ」

 澄佳に言われて思い出した。席を移動しようとしていたことを。どうも、この男子と一緒にいると頭に血が上る。席を立ったその瞬間だった。

 シュージは眼鏡のブリッジの部分をクイッと指で持ち上げたと思うと、その次にシュージから発せられた言葉が意外すぎて、頭に帯びていた熱のベクトルが不覚にも切り替わったような衝撃を受けた。

「花咲璃乃。君はそのような派手なメイクを施さなくとも、充分美しく、の姿で勝負できるのでは、というのが小生の言わんとすることだ」

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