第2章 天才の秘密とギャルの暗雲

第11話 積乱雲の動向を注視

 結局、1時間ちょっとはマリーズコーヒーに居座っていたか。

「このミックスベリー・フラッペ、好ハオハオだわ!」

 心を許せる友達に、美味しいドリンク。そして、他愛もない話。アタシにとっての究極の癒やしだ。今日は週1の7時間授業というアタシにとって辛い1日。おりはしっかり出さないと行けない。

 友達か。ふと、あの男子に友達はいるのだろうか、と思って、彼の方を見るも、いつの間にか席を立っており、いなくなっている。


 気付くともう午後6時。澄佳はギャルの割に良家の生まれで門限があるので、そろそろお開きにしないといけない。

 6月下旬なので外はまだ明るいが、ポツポツと雨が降っているようだ。

「傘持ってきてる?」

「うん」

 毎朝、天気はチェックしている。今日は夕方から下り坂という情報から、折り畳み傘(日傘兼用)を用意していた。

 せっかくギャルメイクが雨や汗で崩れるのは嫌だから、天気には敏感だ。


「じゃあね」

 澄佳にとって、犬山駅は途中駅なので、再び電車に乗るために駅に向かう。アタシの家は、ここから徒歩で15分くらい。バスを使っても良いが、待ち時間がダルいので、歩くことにした。

 また明日会えるのが分かっているのに、寂しさを感じる。それは雨のせいなのか。


 そんなことを考えながら、2分ほど歩くと、コンビニのひさしの下で空を眺めている人物がいる。それが、あのシュージだということが分かって、目をみはった。

「あんた、何しとんの?」

「花咲璃乃だな。見ての通り、積乱雲の動向を注視しているのだ」

「雨宿りでしょ? 傘忘れたんでしょ? 買えばいーじゃん」

「家に帰ればある物を、わざわざ購入するほど、小生は金銭に無頓着ではない」

「突然の雨で傘を買うのは、普通なことでしょ?」

 やっぱりこの人は変だ。さっきのミックスベリー・フラッペよりもビニール傘の方が安いはず。でも、出し惜しみしている。


 しかし、天気は下り坂だ。ニュースの天気だけじゃなくて、Yafoo!? 天気でも、これから雨は激しくなり、明日の朝まで続くとのことだ。積乱雲の動向なんか注視したところで、傘を買わない限り状況は悪くなるばかりだ。

「あんたは、天気予報を見ないの?」

「天気予報は、一過性で数日後には必要のなくなる情報。小生にとって不要な情報だ」

「イヤイヤイヤ! それで、家に帰れなかったら意味ないじゃん!」

 独特というか、価値観がおかしい。日々生きる上で、天気予報は無視できない情報だ。

 しかし、何となくだが、この人にあれやこれやを説いたところで、無駄な気がした。絶対、友達いないでしょ。


 でも、この人には、一度助けられた恩がある。傘を貸すとアタシが濡れてしまう。かと言って、傘を買ってあげるのはやり過ぎだ。傘を買うお金を貸すことも考えたが、彼はお金を持っていないのではなくて、購入すること自体を拒否している。

「シュージさぁ、あんたは家どこなの?」

 念のため聞いてみた。

丸山西まるやまにし公園の近くだ」

 近い、と思った瞬間、気付くとアタシは口を開いていた。

「傘に入れたげる。アタシ、そのあたり通り道だから」


 言った瞬間、自分の爆弾発言に身体が熱くなった。アタシは何てことを言ってしまったんだろうか。こんな性根の悪いカタブツと相合い傘を提案してしまったのだから。

 そうだ、この男は偏屈だ。きっと、この誘いは、屁理屈へりくつを並べ立てて断ってくるに違いない。でも、濡れずに帰る提案をしたから、義理を果たしたことになる。


「君がそこまで言うなら……」

 そこは断るとこちゃうんかーい、と、アタシの頭の中で、芸人『鬚男爵ひげだんしゃく』がチーンとワイングラスを持って乾杯した。

 しかも、提案しておきながら、この折り畳み傘がさほど大きくないことにいまさら気付く。女子2人でも、濡れないようにするためには結構ピッタリくっつかないといけない。

 アタシはバカだ。何でこんな重大なことに気付かない。

「ホントは、い、嫌なんだけど、あんたには助けてもらった恩があるから、今回だけだよ」

 そう言って虚勢を張りながら、明らかに女性用の傘をパカッと開いた。

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