第7話 ミックスベリー・フラッペ

「は? あんた、昨日不良から助けてくれたじゃない!? 花咲璃乃だよ!」

 相手は、不良のナンパから救ってくれた恩人なのに、あんた呼ばわりで突っかかっている。しかし、突っかからずにはいられない。

「ほう。しかしながら、ハナサキリノと名乗られても心当たる節がない。不良と対峙たいじした覚えはあるが」

「そう、あんた、不良を退してくれたじゃない。名前は言ってなかったかもしれないけど、顔見たら分かるでしょ? 昨日の今日だよ?」

「『たいじ』の意味を履き違えているようだが、まあいい。小生は、人の顔を覚えることには長けていないが、言われてみれば、助けられたのは君たちだったかもしれない。で、何の用だ?」


 いちいち面倒な相手だが、ようやく本題に進めそうだ。


「何で、あんたはマリーズコーヒーここにいるのって聞いてんの?」

「逆に問おう。なぜいてはいけないのだ?」

 そう聞かれて、はたと思い返った。カフェだから、こいつがいてはいけない理由はない。聞きたいのは……。

「……。あんた、この近くの人だったの?」

「小生は犬山在住だ。ゆえに、犬山駅は通学経路に当たる」

 何てことだ。よりによって心証が最悪のこの男子は、同じ犬山市民だったか。

「マリーズにはよくんの?」

「コーヒーには、カフェインが含まれている。摂りすぎると中毒になるから危険だが、適量なら覚醒効果をもたらす。17世紀後半のヨーロッパでは、仕事の合間にもワインをたしなむ習慣があったが、その酔いを少しでも覚ますために、食後のコーヒーを飲んでいたとされる」

「でも、あんた、いま全然違うのを飲んでるじゃないの?」

 この男子は、ミックスベリー・フラッペを頼んでいた。言っている内容は理屈っぽいのに、やっている行動は伴っていない。案外、ミーハーなのか。

「ああ、今日はこのミックスベリー・フラッペが新発売だと聞いてだな……」

 そう言って、一回ストローですすった。

ミックスベリー・フラッペこれにはカフェイン入ってないと思うんだけど」

「アントシアニンが入ってるのではないか? 眼精疲労に効き、抗酸化作用もあるというのならば、試すにやぶさかではないと判断する」

 と、この男子は言っているものの、アタシには苦しい理論武装に見えた。

「そーなの。でもあんたずいぶんと近眼のようだね? 結構分厚いレンズの眼鏡をかけてるみたいだし」

 そのとき、不意にアタシに悪戯心いたずらごころが芽生えた。気付くと、そのビン底眼鏡を取り上げていた。

「何をする!」

「璃乃!?」

 男子と澄佳の声が同時に聞こえたが、アタシは意に介さない。

「こんな分厚い眼鏡をかけてるようじゃ、いまさらアントシアニンとか言っても、もう手遅れだと思うけど」

 アタシは、この男子をちょっとだけイジメてやろうかと思ったが、次の瞬間、衝撃が走った。


 この男子の眼光が思った以上に鋭かったのだ。何、こいつさ、結構いい面構えじゃないの、とギャルのくせに柄にもなく、ガリ勉の彼に感服した。

「返せ!」男子は眼鏡をアタシからぶん取っていた。それだけ、この眼鏡がないと何もできないのだろう。「君たちは何の用だ?」

 男子が問うてきた。店内は相変わらず賑わっている。そして、この男子が座っている席は2人席。

「店ん中、いまいっぱいじゃんね。悪いけど、席空くまで、相席させてもらってもいいかなぁ」

「璃乃、どうしたの?」澄佳が止める声が聞こえるが、ちょっと動揺を見せた彼に、攻撃の追随を緩めたくなかった。

「何を言っている。小生はここで勉強中だ。君たちの益体やくたいもない話に付き合っている暇などない」

「でもね、悪いけど、いま2人席空いてないんだ。あんただって、こんなに混んできたのに、2人席を独占なんて、気まずいでしょ。店がちょっといてくるまで、アタシらに付き合いな」

 そう言って、使われていない椅子を持ってきて、2人席のテーブルの前に置き、無理やり3人席にした。

「……好きにしろ」

 男子は、渋々承諾した。

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