第5話 誰かに比べられる人生

「あー、もう今日は最悪! 澄佳ぁ、アタシとお茶付き合って……」

「分かったよ」澄佳は優しい表情で、アタシの要求に応えた。でも、澄佳は何でここにいるんだろう。

「そ、そういえば、澄佳って、今日は先生に呼び出されたんじゃ」

「その予定だったんだけど、その先生に急用ができちゃったみたいで、延期になっちゃった」

 無責任な先生だな。そう思ったけど、結果的に澄佳といっしょに帰れるのだから、良しとするか。


 江南こうなん駅は、名鉄犬山いぬやま線の途中駅だ。名古屋方面から来る生徒が多い中で、アタシと澄佳は、犬山方面から通っている。

 ちなみにアタシは犬山駅が自宅の最寄りだ。澄佳は犬山から一駅南に進み、羽黒はぐろという名鉄小牧こまき線の駅である。


 つまり犬山までは一緒だ。澄佳は犬山で途中下車して、カフェ『マリーズコーヒー』に入る。

「どう、ちょっとは怒りは収まった?」

「うん、だいぶね。サンキュ」澄佳の笑顔は癒される。「あの人、潮高だよね? あんな変な人ばっかなのかな?」

「あはは、まだ怒り、収まったわけじゃないじゃん。でも、あの人は、特に変わってると思うよ。あんなんばっかじゃないよ」

 やけに知っているようなものの言い方だった。実は、澄佳とは仲良しだけど、お互いのことを深く知らない。親しくなったのは1ヶ月くらい前なのだから。

「へぇ、知り合いがいるの? ひょっとして男?」

「ち、違うよぉ」

 澄佳は、驚いたように顔を紅くしながら否定する。

「澄佳くらい可愛ければ、男の1人や2人や3人……」

「男じゃないよ。お姉ちゃんだよ」

「お姉ちゃん?」

 澄佳にお姉ちゃんがいるというのは、はじめて聞いた。

「……うん。私、双子なんだ。でも、二卵性だから、あんま似てない。ついでに頭も向こうが良くて、私は良くないから、いつも比べられて……」

 澄佳は、アタシにとっては充分頭は良いと思うけど、潮は県下でも有数の進学校だ。潮に入れるくらいの成績ということは、めちゃめちゃ頭が良いのだろう。

「そっか。澄佳のお姉ちゃんなら、きっと優しい人なんだろうね。ゴメン、変な人ばっかりって言って。撤回するよ」

「大丈夫、気にしてないから」

 そう言いながらも、澄佳の表情はどこか暗かった。アタシも成績が悪くて、いつも担任に呼び出された。三者面談でもいつも指摘される。誰かに常に比べられる人生だ。

 澄佳の場合は、それが常に双子のお姉ちゃんなら、なおさら比較されたことだろう。たぶん、『それに引き換え澄佳は……』みたいな感じで。同じ遺伝子を受け継いで、同じ養育環境にいるはずなのに、神様は残酷だ。きっと相当辛い思いをしてきたはず。


「でも、あの男子は変なヤツだよ。間違いなく」

「それは言えてる」

 ちょっと、澄佳に笑顔が戻った。


 あの男子の素性は分からないが、相当勉強してきたのは間違いない。努力は認めるが、きっと家はお金持ちで、教育に惜しげもなくお金を注ぎ込まれたのだろう。

 頭の善し悪しだけで、上下関係を決定づけるなんて理不尽だ。勉強に適さない環境で育ってきた人もいる。もっとも、アタシの場合は、勉強自体が嫌いだったっていうのもあるけど。


 ボンボン(推定)に心無い言葉を言われて、やっぱり腹が立つ。駅で会うことがあったら今度こそ物申してやろうと、アタシは思った。


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