第3話 思わぬ救世主の出現

「本当です。用事があるんです!」

 用事があるのは嘘だったが、どうにかこうにかここを立ち去らないといけない。

 周りには人はいるが、ギャルと不良の絡み合いなんて関わりたくないのか、見て見ぬふりをする。

 ギャルゆえ、尻軽女だと思われているのだろう。アタシはギャルのメイクやファッションが好きなだけで、尻が軽いわけじゃない。異性の友達はいても、こう見えて交際経験はない。そもそも、恋愛対象として本気に好きになった人がいない。

「ダメだ! 俺らは狙った女は逃さねぇんだ」

 そう言うと、3人の中でいちばん体格の大きい男が、アタシの右腕を強く掴んできた。力尽ちからづくだ。痛くて悲鳴を上げたくなる。でも、恐怖でかえって声が出ない。


 そのとき、背後に気配がした。

「あんたたち、璃乃りのに何してるの!」

 救世主のような声に思わずアタシは後ろを見た。

澄佳すみか!」

 そこにいたのは、アタシの仲良し4人組のうちの1人、今枝いまえだ澄佳すみかだ。4人組の中では、いちばん大人しく髪も染めていない。でも、で美人のため、薄めの化粧でもグッと目をみはるほど、える子だ。

 そんな澄佳が、駅員さんに助けを呼ぶのではなく、自ら助けるために不良に立ち向かうのは意外だった。

「あんだ? おぇ!」と、不良の1人が威嚇した。

「あ、待て。この女も、上物じょうものじゃねぇか。俺らに歯向かったんだから、こいつも調教だな!」

 すると、別の1人が、澄佳の手首を掴んだ。

「やめて!」

 残念ながら、そうなるのは予想できた。澄佳はアタシよりも華奢きゃしゃで、いかにも非力だ。加えて、美人が裏目に出て、なまじ助けようとして、逆に不良たちの餌食えじきになってしまっている。


 なぜだか、周りに人がほとんどいなくなっている。どこで調達したのか、近くにワゴン車が待機している。この中に押し込もうとしているのか。抵抗しても、それよりもはるかに強い力で、車の方にぐいぐい引っ張られる。

「助けて……!」

 救難信号もむなしく、それに気付く人はいないようだ。もう終わりだと思ったときだった。


「お前たちは、ここで何をしている」

 今度は男の人の声だ。声音は若いが、どこか賢そうな口調である。

 知らない男子が立っていた。男子と表現したのは、高校の制服を着ていたからだ。潮高校の夏服だ。黒縁眼鏡に光が反射して、いかにも頭が良さそうだ。

手前てめぇこそなんだ、死にてぇのか!?」

「こいつはぶっ殺せ!」

 理性も倫理観も欠如したような不良中の不良だ。何されるか分かったもんじゃないのに、この男子は怯まない。凛としている。


「お前たちのしようとしているのは、不同意性交等罪。つまり強姦レイプだ。立派な犯罪である。車を用意しているということは、運転できる年齢と見受けられる。つまり18歳以上の場合は、実名報道が解禁される。人生を棒に振る覚悟はあるのか」

「あんだと?」

 見た目そのままに、話している内容も高校生とは思えないほど賢さが滲み出ている。しかし、理詰めによる説得が、全く意味をなさないような鬼畜な奴らだ。


 アタシと澄佳の腕を掴んでいない不良の1人が、右脚で潮高の男子に強烈な蹴りを入れた。鈍い音がして思わず目を閉じてしまう。しかし、目を開けると、左腕できっちりガードしている。

「暴行罪、もしくは傷害罪も追加か。こんな調子では、さぞ余罪もたっぷりあるんだろうな」

「生意気な! ガリ勉のくせに」

 今度は、右手で顔面を狙ってパンチを繰り出す。すると、ボクシングのウィービングの要領で、かわした。

「そんな、大振りな攻撃では、小生には当たらない。さっさと女子2人を離せ! 現行犯逮捕されたいのか」

「メガネ野郎がぁ! サツみてぇなこと言いやがって」

「警察なら、小生が止めに入る前に、110番通報している」

「な? 何してくれとんじゃ!」

「何を意外そうな目をしている。白昼堂々、非力な女子に暴行しようとして、通報されないとでも思っていたのか」

 この男子は、不良たちのどんな威嚇にも怯まず、無表情を徹底している。武力しか通じなさそうなチンピラに、暴力を加えずに、アタシたちを救出しようとしている。

 すると、遠くからパトカーのサイレン音が、駅に近付いてきた。

「やべっ! トンズラするぞ!」

 不良たちは、ワゴン車に乗り込み、どこかへ去っていった。

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