第2話 恐喝のようなナンパ

 峯蔭高校は公立で、一部の運動部は強いという噂もあるが全国大会に出られるレベルのものはなく、それ以上に、低い偏差値と一部の学生の不良然とした身形みなりが悪目立ちしていて、評判は良くない。

 近隣にある、名門の私立高校『うしお高校』とは、最寄りの駅こそ一緒だが、基本的に潮高校の生徒と、峯蔭の生徒は関わり合うことはない。基本的に別世界に住むような感じで、お互いに避けているようだ。少なからず、峯蔭高校の生徒は、潮高のせいで見下されていると思っているフシがあるし、潮高の生徒も、電車の中で大声で笑うなどマナーに欠けた行動を取ったりする峯蔭の生徒を白い目で見ている。


 アタシも、潮高とは何一つ繋がりはないと言って良い。通っている知り合いはいないし、受けようとしている人もいない。成績がビリのアタシに集まってくるのは、やはり成績の悪い子ばかり。所詮、類は友を呼ぶのだ。唯一、同級生の澄佳すみかだけは、順位も中の上あたりだけど。


 6月下旬のある日のこと。

 いつもなら、ギャル仲間の藍那あいな美央みお澄佳すみかの4人組で、下校するところだったが、藍那は学校を休んでおり、美央は一緒の学校に通っているお兄ちゃんに放課後に用があるとか何か言っていた。いちばん仲の良い澄佳は、放課後に先生に呼び出されていた。

 部活をしていない人は少数派だし、この頃になると友達も固定化されてきていたため、アタシは一人で帰らざるを得なくなった。


 テンションが上がらない中、たった一人で帰っていると、最寄り駅である江南こうなん駅近くで、複数人の下卑げびた男性の声が聞こえてきた。ちらっと横目で見ると、ボロボロのカッターシャツを着ている男が4人ほど。高校生なのか。

「あのさ、こないだJKに逆ナンされたんだけどさぁ、その女の見た目がよぉ、全然ヤる気も起こらんようなブサイクでさぁ」

「何それ? 目ぇつぶって、ヤるだけやって、捨てちまえばええがやぁ」

「でも、変な女でなぁ。金あげるから、女をナンパしてくれって言ってな。そいつが上玉じょうだまだから、乗ったんだけどな」

「何じゃそりゃ? そいつバカじゃねーの?」

 がははは、と品のない笑いが聞こえてくる。


 女子トークで盛り上がっているとき、つい大きな声で笑ってしまうことがあるが、ここまで品のない会話はしない。もうちょっとマシである。

 自分たちのことを棚に上げるようだが、下品なのは嫌いだ。特に性欲丸出しの会話は、我慢ならないくらいイヤだ。


 アタシは、本能的にその4人を見ないようにして、早足でロータリーの歩道を抜けようとする。

 でも、視線を感じる。あまり目を合わさないよう、可能な限り流し目で見ると、明らかにアタシの方を見ている。


「おい、あの子さ、超~可愛くね! マジ、俺、タイプなんだけど」

「おっぱいでけぇのに、脚細ほせぇ~。ありゃいかんな。俺がみっちり調教してやらんとねぇ」

「ギャルだぜ! 峯蔭だろ。ちょっと声かけりゃ、すぐに股広げんぜ!」

 ヤバい。アタシは駆け足で駅の改札に向かう。早く電車に乗ってしまいたい。雑踏に紛れてしまいたい。改札まであと30メートルくらいのところで、3人のうちの1人がアタシの前に立ちはだかった。残る2人もアタシを囲むように仁王立ちする。そこで最悪な言葉を聞いた。


「ナンパしてくれって頼まれた女だ」

「うひょー、ほんとにめっちゃ上玉じゃん!」

 見るからに不良だ。アタシはギャルだけど、ヤンキーじゃないし不良とは関わりたくない。


「姉ちゃんさ、俺たちと遊ばねぇか!?」

 誘っているというよりも恐喝きょうかつのようなナンパ。ナンパされることはあっても、こんな怖いナンパは初めてだ。

 乗ってしまったら最後。襲われるの確定だ。

「あ、あの……、アタシ、先を急いでますので」

 声が震えている。でも恐怖を押し切って、精一杯の声を出した。

「何だぁ!? つれねぇなぁ! ギャルのくせに忙しいわけねぇだろ!」

「まったくだよ。嘘つきはいけないねぇ。俺らがしっかり身をもって教えてあげないとねぇ」


 ジロジロとした視線が、アタシの身体をなぞるような感触がして、恐怖と不快感で鳥肌が立つ。

 アタシは、ギャルであることで自分の居場所を見出してきたが、はじめてその見た目で後悔した。

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