第29話 お財布泥棒

「仲間ね・・・」




 私は焚火からすこし離れた馬車の中で一人寝っ転がっていた。あの洞窟で狼人族の女に負けてからずっとそいつの力の秘密を探るために、こうして奴隷商人御一行様についてきているのだが、かつての仲間たちから聞いた奴隷商人とこいつとではどうにも頭の中のイメージが一致しない。




まあ、そんな難しいことを考えるのはとうの昔にやめているのだが、それでも、一向にあの女の強さの秘密が分からない。たしか『ご主人様にもらった力』とかなんとか言っていたような気がするが、どこからどう見ても普通の人間の奴隷商人にしか見えないあいつが、何か小細工をしていたようには思えない。ただ、他の奴隷商人より多少度胸があるが、だがそれだけだ。


 私はこんなところで油を売っているわけには行かないのに、そういう焦りばかりが静かに私の中に募っていった。




 翌日も僕らは町はずれの山での薬草採集の依頼をこなしていた。山での作業は慣れない物なら足元を取られたり、薬草の生えている場所を見つけることに苦労したりで時間がかかってしまうが、チセの山で鍛え上げられた僕らは。早々に依頼をこなし山から下りることが出来た。




ついで山の幸を少しばかりいただいため、食糧問題にもすこしばかり明るい兆しが見え始めていた。正直僕はできるだけ早くここを去りたかった。あの町ほどではないがここにいるのはやはり心地いいモノではない。とりあえず依頼されていたものはそろったので僕らは山を下りた。途中でいろんなものをたくさん取ったため、チセにはそれらをみんなと馬車に積んでもらうことにした。なので、ここに来て初めて僕は一人で報酬の受け取りに臨んだ。




「こちら依頼品です」




「はい、確認いたしました。こちらの書類にサインをお願い致します」




「これでいいですか」




「ありがとうございます。それではこちらが報酬になります」




 麻袋いっぱいの銅貨を受け取ると、僕はハロワークを出た。いつもはチセが一緒に居るのでなぜか緊張しないが、今日は一人だったので手の震えが止まらない。それでもあとは適当に買いものを済ませて戻るだけだ。僕は路地をとぼとぼと歩いていると、いきなり裏路地からに体が押し込まれた。何をされたのかまるで理解できないまま、僕は裏路地で転んでしまった。




「いった~」




 何とか立ち上がろうとした僕の首に銀色の鋭い光が走った。突如僕の体の上に誰かが馬乗りになり、一切動かなくなる。






「あのーこれは一体」




「声を出すな、死にたくないだろ」




「はい」




 僕の首元にはナイフが突きつけられており、抵抗すればすぐさま斬りつけられそうになっていた。こんな状況で抵抗するなんて考えが浮かぶはずのなく、僕は体の力を抜いた。




「その金をよこせ」




「は、はい」




 僕は手に握っていた麻袋を犯人の方へ向ける。犯人は何も言わずそれをかっさらっていく。その瞬間僕の体が軽くなった。すぐさま僕は立ち上がり犯人の姿をこの目に捉えようとしたが、僕がかろうじて見たものは路地裏の暗闇に消えていく、黒い塊と化した犯人の姿だった。そして僕らが本日稼いだお金は根こそぎ持っていかれたという絶望感だけが手元に残った。






仕方なく僕は手ぶらで馬車に戻った。




「ご主人様おかえりなさいませ」




「うん、ただいま」




「あのお体になにか不調でもありますでしょうか、どうも顔色が優れないようですが」




「じつは… 」




 僕は町であったことをみんなに説明した。だがチマとポタは何のことかあまり理解できていないようで、ただポカーンと僕の話を聞いていた。




「そんなことが、私が一緒に行っていればそのような事には」




「本当にごめん、僕のせいで」




「いいえ、あなたのせいではありません。ただ運が悪かっただけです」




「そうだとしても、何かしらの対策は必要ですよね」




「そうだね、とりあえず明日駐屯所に相談してみるよ」




「いっておきますが、私はなにもできませんよ」




 チセと一緒にこれまでハロワークに行ってきたが、流石に今回のような事態が又起こっては彼女の命が危ない。




「そうだね、しばらくは僕一人で街に入るよ」




「それはいけません」




 そう言いながらウーはどこから取り出したのかわからない。石製の槍を構えていた。




「明日から私がご主人様に同行します。そしてチャンスがあれば、この槍で仕留めてごらんに入れます」




「いや、頼もしいんだけど、ウーが町に入って大丈夫?」




「一応ローブをかぶりますので、ばれる心配はないかと」




「そっかなら、お願いするよ。でもあまり無茶はしないでね」




「心得おります」




「これでどうにかなればいいのですが」




「そんな難しいことよりも~」




「ご飯たべた~い」




「二人とも、まったくどうします? ご主人様」




「ご飯にしようか」




「「さんせ~い」」




 全く不安がないわけではないが、ひとまずこの件は解決ということにして、僕たちは夕食の話へと移転した。




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