第27話 新たな仲間と旅立ち

それから数日の間、僕らはトクシンさんの館で働き続けた。その間チセは一日中彼の部屋に籠りきりになり、食事のとき以外は一切顔を出さなくなった。その間ウーはどんどん体力を取り戻し、トクシンさんはどんどん弱っていった。そしてついにその日が来てしまった。




「皆さま、師匠の寝室に来てください」




 僕らがいつ通り仕事に励んでいるとチセさんが僕らのもとにやってきた。その様子に一切の焦りはなかったが、それと同様に一切の覇気も感じられなかった。




「分かりました」




 僕らは仕事をやめ、その足でトクシンさんの部屋に向かう。チセがそっと扉を開けるとまずは僕が中に入る。布団には最後に見た通りトクシンさんが眠っているのだが、その姿は僕が記憶していたものとは全く異なっていた。




 体の各所にあった紫色のあざは全身にまで広がり、髪の毛は全て抜け落ちており、四肢に関しては山に生えている枝木と同じくらいにまで細くなっていた。




「皆さまお揃いです。師匠」




「ああ」




「今薬をお持ちします」




 チセはただ冷淡に戸棚から粉薬を取り出した。どうやらそれが今まで僕やチセと話すときに使っていた。例の薬らしい。それを口に入れ、水で流し込む。するとそれまで虫の息だったはずのトクシンさんの呼吸がすこし安定した。




「皆さま、よくぞお集まりくださいました」




「いえ、あなたの呼び出しに応じないほど、僕たちは恩知らずではありません」




「それはよかった。これからたくさんお世話になる方たちだ。今のうちに恩を売っておいて損することはないでしょう」




「それは一体どういうことですか、師匠」




「チセ君、よく聞きなさい」




 トクシンさんは僕を部屋に呼び出した日のことをチセに聞かせた。それまで冷静さを保っていたチセだが、彼が一言一言話すたびに、どんどん瞳に涙がたまっていった。




「ということだからチセ、君はこの人と共に世界を見てくるんだ」




「嫌です」




「チセ…」




「私は師匠に拾っていただいた日から、ずっとあなたにお仕えすると決めていました。だからそんなあなたをおいて、別の場所に行くなんて出来ません」




 おそらく生まれて初めて聞くであろう彼女のわがままにトクシンさんはタダ、唖然としていた。




「私だってね。本当は分かっているんだよ。君が強く育つまで見守る責任が私にあると。でも、もう私の体ではそれが出来ないんだよ。分かってるね」




「分かりません…」




 ここまでくると流石にチマとポタも状況を理解したようで、ウーの傍らでひそかに泣き出していた。そんな二人をウーが優しく慰める。




「チセ、よく聞きなさい。私では君に医術を教えることしかできなかった。本当はもっともっといろんなことを教えないといけないのに、私にはこれしかなった。でも君がたくさんのもの私にくれた、だから私は幸せだった」




「いいえ、私こそ。明日生きる術すらなかった私に、医術と暖かい食事と未来をいただきました。それでチセは十分なのです」




「そう言ってもらえて、義理の親でも鼻が高いよ」




「義理ではありません。あなたは本当のお父さんです」




 嘘偽りのない親子の会話を目の当たりにした僕の中には、他の人にはないであろう不思議な感情が沸き上がっていた。血のつながりではなく、心のつながりで生まれた親子の絆、それは僕が知っている物とはまるで違う、まるでおとぎ話の中にいるような不思議な感覚に陥っていた。




「チセ、君はきっと私より優秀な医者になれます。そのために、この人達と共に山を出て、世界を回り多くの人を救ってください。私からの最後のお願いです。聞き入れてくれますね」




「はい、お父さん」




「そんなに不安そうな顔をしないでください。君が私を忘れない限り、私は君のことを見守っていますから」




 トクシンさんの苦しそうな顔がわずかに安らいだ気がした。そして今度は僕らの方に視線を向ける




「商人さん」




「はい」




「改めてこの子を頼みます。きっとあなたのお役に立ちましょう」




「あなたの娘さん、大切に預からせていただきます」




 僕の言葉を聞いたトクシンさんの顔には一切の苦悩はなく、ただ安らぎに満ち溢れていた。




「よかった。これで思い残すことはありません。それでは皆さん失礼します」




部屋に沈黙が訪れる。トクシンさんの口元から一切の呼吸音がしなくなったためだ。そしてゆっくりと瞼を閉じた。チセが震える手でトクシンさん体に触れる。心音を聞き、瞳孔を調べ、口元に手を当てる。その一連の動作は僕も経験したことがある死亡確認の動作だ。




 やがてチセはゆっくりと聴診器を外した。




「死亡を確認しました」




 言いながらチセは大粒の涙を流した。その様子を見て、僕もウーもチマもポタも全員涙を流した。それから僕らは日が暮れるまで、悲しみに包まれていた。








 昨日あれだけ泣いたのにも関わらず、翌朝になるとチセはいつもの冷静さを取り戻していた。それを見て僕は本当に彼女は強い子だと改めて感心した。




そこから僕らはチセの指示のもと館のあとかたずけが行われた。トクシンさんの遺体はチセとトクシンさんとの思い出が詰まったあの木の根元に植えた。そして二日後、あとかたずけとチセの旅の準備が終わり、改めて僕らはここから旅立つことになった。




「それでは、行ってきます」




 チセは多くは語らなかった。ただそれだけ言葉を残して館の戸を閉めカギをかけた。




「お世話になりました」




 僕に続いてウーとチマポタが頭を下げた。




「いってらっしゃい」




 扉の前でトクシンさんが笑顔で僕らを送り出す声が聞こえた気がした。


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