第9話 ウーの夢
目を覚ました時、私は洞窟にいなかった。ごつごつした岩の代わりに柔らかい布の上に座っている。それに視界がかなり低い。
「おやウーどうしたんだい」
聞きなれた声がする、それに懐かしい香りも一緒に私に教えてくれる。今私に声をかけたのは、今はもう会えないはずのおばあちゃんであった。
「ねえ、いつもの絵本読んで」
「はいはい」
そう言っておばあちゃんは手に持っていた絵本を開く、それは幼い私が何百回と読んでもらった絵本だった。今でも話の内容どころかセリフ一つ一つまでも鮮明に覚えている。かつてこの世界に戦争なんてものはなかった。しかし代わりに悪魔と呼ばれるものがいた。青の悪魔に立ち向かうために地上の人々は種族の違いを乗り越え一つのチームとなり、悪魔の討伐に向かった。しかし他の種族と違い身体能力が劣っていた人族は仲間を強化するスキルとリーダーシップを持って、悪魔討伐の先頭に立ち闘っていた。結果悪魔は討伐され世界に真の平和がもたらされた。そんなお話だ。しかし人族との戦争が始まってすぐに禁書に指定され、今現存しているのはおばあちゃんが持っている物を含めて片手で数えられるほどだ。
しかしなぜ今それを思い出す。確かにその絵本の世界を現実にしたくて軍に志願し戦いに赴きそして負け、奴隷に身を堕とした。そうかこれは走馬灯なのだ。私は気を失ったのではなくあの場で死んでしまったのだ。そうに違いない。そうなるとチマとポタの二人はどうなるのだろうか、ご主人様との約束は果たせないままだ。悔いの多い人生だと思う。そう言えばなぜここまでご主人様に心惹かれたのだろう。奴隷の身になってから人族からは散々な扱いを受けたにも関わらず、その人族であるご主人様を死した今でも心から慕っている。それはご主人様が抱いていた理想がまるで絵本の中の登場人物のようだと思ったから、それとも私と同じ理想を抱いていたから。戦争などない世界を。
ならばなぜ私はここで眠っている。そんな暇はないはずだ。それに死後の世界にしては感覚が研ぎ澄まされすぎている。それに先ほどからずっとご主人様の声がしている。いい加減目覚めなければ、おばあちゃんと別れるのは名残惜しいが、それでも今はやらなければならないことがある。だからまずはそれを成すのみだ。
「あいにくお仲間はKOみたいだけどどうする。抗ってみるか人間。それとも奴隷に闘わせる臆病者かお前は」
「やってやるさ」
再び目が覚めると、私は元居た洞窟に戻ってきていた。そこでは私が完全に敗北したと思ったダラスが今度はご主人様に手を出そうとしている。私は彼女のもとに歩み寄り肩を掴む。
「まだ、終わってませんよ」
「マジかよ、まだやんのかよ」
目の前のご主人様は目を丸くしている。それは当然のはずだ。私の口の中はいまだに己の血の味しかしないし、少し動くだけで腹の中が揺れる。そんな状態の私がまだ戦うというのだ。我ながらどこに一体そんな力が残っているのかと正直驚いている。
ウーが倒れてしばらく彼女に声をかけ続けたが動く気配すらなかった。これはいよいよやるしかないと覚悟を決めた所だった。それまでずっと倒れたままだった彼女が立ち上がったかと思ったら、彼女の体がうっすらと光を帯びていたのだ。僕は慌てて人物鑑定スキルで改めて彼女を見る。すると三つあったカギマークの内一つが文字列に変わっていた。
「何だこれ」
『はるかな理想のための忠義』
きっとこの文字列が、正確には今この場で獲得したスキルが今のウーを強化していた。
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