第8話 ウーの闘い

目を覚ました場所は森の中ではなく、あたりを岩に囲まれた洞窟の中だった。どうやら盗賊のアジトまで連れてこられたらしい。そして僕とウーは地面から突き出た岩に縄で拘束されていた。


「おう、起きたか奴隷商人」


 ずっと自分の状況を確認していたため気が付かなかったが。僕らの目の前には頭から牛の角をはやした、筋骨隆々な女性が座っていた。


「おっと逃げようなんて思うなよ。お前さんはこれから殺される。同族たちの無念を晴らすためにな、だが私にも慈悲の心はある。だからお前さんが一切抵抗しないなら一撃で屠ってやるよ」


 そう言って隣に立てかけてあった両手斧の柄を撫でる。とても僕の力ではどうにかならないことは直ぐにわかった。彼女が話している間に人物鑑定スキルを使ったが、彼女はもと軍人でそれも小規模とはいえ部隊の隊長のクラスだ。筋力は僕ら四人を合計しても到底及ばないほど高い。それに戦闘経験も豊富だ。


「何だよ私のこと睨むように見つめて、そんなに殺されることが嫌なのかよ」


 指摘通りまだ死にたくはない。もしここで死んだとしてラノベのように蘇生されるのかすらわからないのでリスクは冒せない。


「そうですね。できれば生きてここから出られる方法があるなら教えていただきたいのですが」


「ははは、この私に対して下手に出るとは。お前中々世渡りがうまいな。気に入ったよならほんの少しチャンスをやるよ」


 女族長は部下を呼ぶと何やら指示を出す。


「ならこのダラス様とタイマンで勝負して勝てたら、荷物も含めそっくりそのまま解放してやるよ。ちなみに私は武器は使わない」


 ダラスはそう言って近くに落ちている石を手でつかむと僕らの前でそれらを握りつぶし、粉にして見せた。それだけで彼女の握力が尋常ではないことを僕らにアピールした。


「さあやろうぜ」


 ダラスからしたら完全に余興のようなものであると僕は理解した。だがほんのわずかな勝機にすべてをかけるしかなかった。たとえタイマンに勝てたとしても彼女が卑怯な手を使うかもしれない。それ以前に勝てるかどうかも怪しい。それでも挑むしかなかった。僕は神様のくれたチートの中に喧嘩に関連するものがあるようにと願いながら深呼吸をする。


「私がやります」


 突然横から声がした。僕は驚きながら恐る恐る声のする方を見ると、僕の横で意識を失っていたはずのウーがいつの間にか目を覚まし。ダラスをにらみつけるような視線を送っていた。


「私がやるって、ウー無茶だ」


「分かっています。ですがここでご主人様が倒れてはあの二人はどうやって故郷に帰るのですか、それにあのことも」


 チマとポタの顔と共に、二人で話したあの夜のことが鮮明に頭に浮かぶ。二人で描いた絵空事のような世界をウーは心の底から実現できると信じていた。


「私が戦っている間にご主人様は隙を見てあの二人を探してください。そして脱出を」


「ウーはどうするんだよ」


「私は、ご主人様の夢の礎になれるのなら本望です」


「どうしてそこまで」


 ウーの言葉を待つ僕に対してもうすでに我慢の限界に来ている人物がいた。ダラスは両手斧を地面にぶつけ大きな音を鳴らす。それは彼女が苛立っていることを容易に僕らに理解させた。


「なにこそこそ話してやがる、来るならさっさと来いよ」


「分かりました」


 そう言ってウーは周りで見物していた盗賊団の面々に視線を送る。その意味を理解した一人によってウーの拘束が解かれる。


「で結局お前がやるんだな」


「はい、私がお相手いたします」


「全く変わったやつだな、人間のためになぜ命を張る。さんざんお前をしいたげてきたやつのために死ぬなんて馬鹿らしいと思わないのか、それともお前はそう言うのが趣味な変態なのか」


「あいにく私は自分では通常であると思ってますよ。それにあなたが過去にどんな経験をしてきたのか、私にはわかりませんが、この人は他の人族とは違う」


「ほう、お前さんがイカレてるのかと思ったが、なるほど催眠か薬物の類か」


「これ以上私のご主人様を愚弄するな」


 ウーは拳を硬く握る。その動作でその場にいた全員が戦いが始まる予感を感じ取った。


「まあいい、すぐに楽にしてやるさ」


 ダラスが拳を握る、その動作だけで彼女の二の腕の血管が浮き出る。力量差は明白な中ウーは一体どんな戦いを繰り広げるのか、戦いの素人である僕には想像がつかなかった。




 さて威勢よく啖呵を切ったのはいいものの果たしてどうしたら勝てるのか、われながら無鉄砲だと思います。それでも私たちの夢のためには最低でもご主人様だけでも生存させなければいけません。そのためには少なくとも目の前の大女の視線を私に釘付けにさせなくてはいけません。


 誰が開始の合図をならすわけでもなく。私とダラスはゆっくりと互いの間合いに歩み寄る。そして間合いに入ってすぐ私は体を低くし相手の横腹に拳を振るう、自慢の巨体が原因でダラスは私の攻撃にまったく反応できていない。かといって攻撃が完全に利いたわけはなく分厚い筋肉の壁に容易に阻まれ、おそらく体の内部まではダメージが通っていない。


「なかなかいいパンチじゃねぇか、お前も軍隊経験者か」


「ええ、初陣が負け戦ですが」


 そう言い終わった私に今度はダラスの反撃が襲う。すぐに後ろに飛んだのに拳圧によるダメージが内側の筋肉まで届く、これはまともに喰らったら、骨や臓器は無事では済まない。ならば当たらないように立ち回るしかない。幸いにも相手が大振りであるため躱すことは容易だ。しかし攻撃力が足りないため埒が明かない。それでも一か所を集中的に狙えばそこから崩せる可能性はある。そう考えた直後だった。


 ダラスが振り上げたこぶしが空を切る。私が体を反らしてよけたので当たり前のことだが、それにしてはあまりにもコースが的外れすぎる。そう気づいた時にはすでに遅かった。ダラスが狙っていたのはわたしではない。私の周りの地面だった。彼女はその拳圧をもって地面の土や小さな岩の破片を巻き上げた。その小さな礫はわたしを攻撃するためのものではなく視界を奪うための物だった。そしてそれを回避するために本能的に目を閉じてしまったその時、ダラスの剛腕が私の腹に直撃した。臓器が揺れる感覚と共にあふれ出る血を止めることが出来ず吐き出す。そのまま吹き飛ばされ私は洞窟の壁に激突した。


 視界がぼやける。体に力が一切入らない。ダラスが何かを言っているようだが全く聞こえない。瞼が重い。このままでは意識を失ってしまう。必死に抵抗するが一切意味をなさず私は意識を手放した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る