第6話 この世界の在り方と僕の答え(後編)
「おかえりなさいませご主人様」
何も事情を知らないウーだけが、僕を暖かく迎えてくれた。チマ、ポタの二人は待ちくたびれたのか眠ってしまっていた。
「すぐに二人を起こしますね」
「いいや、寝かせておいてくれ。そして三人ともこの町を出るまで絶対にこの荷台から出るな。必要な買い物は全て僕がする」
一瞬抵抗の言葉を口にしようとしていたウーだが、僕の表情を見てすぐに言葉を飲み込んだ。
「分かりました。もしこの子たちが起きれば私から伝えます」
「よろしく」
そこからは本当にただ仲間たちが着るための服を一通りと、調理器具を買って街を出た。一応お金に余裕があるので、適当に風呂付きの宿を取ることもできた。だが一刻も早くこの場から立ち去りたかった。だから三人に了承を取って、町から少し離れて野原に馬車を停め車中泊の形を取ることにした。せめてものわびとして晩御飯は牛乳と野菜を使いシチューを作った。
「こんな豪華な食事、私たちがいただいてもいいのでしょうか」
「うん、三人で食べちゃっていいよ」
ウーの後ろでよだれをだらだらと流したチマとポタを見ていると傷ついた心がほんの少しだけ癒される。
最後まで疑問がぬぐえないウーに対し、チマ、ポタの二人は真っ先にお椀を持ってお鍋へと全速力でかけていった。必然的にウーは二人のご飯の世話をしなければならなくなり、早く早くとねだる二人にシチューを与える。
僕はまだ食事を取る気にならず、水を少し飲むと近くの岩に腰かけあたりを見回していた。ついさきほどまで僕たちがいた町からは明るい音楽がかすかに聞こえている。しかし僕の心がその音楽で励まされることはなかった。
この世界に来て僅か一日で僕は現実を目の当たりにした。それはラノベで読んだようなワクワクが詰まったようなものではなく、僕がもともといた世界をさらに醜くしたような場所だった。そしてそんな世界が僕は大嫌いだ。いったいどうしてこんなにはっきりとした差別が生まれるのかわからないが。それでも見ていて吐き気がする。これならばいっそ、世界の破壊者にでもなればよかった。そうすれば僕を討つために種族を超えて団結する、なんて可能性もあり得るのではないだろうか。本気でそんな妄想をしているあたり、いかに今の僕の精神状況がまともでないかということがよくわかる。
「・・・じんさま・・・・ご主人様」
声をかけられるまで本当に気が付かなかったが、いつの間にか僕の足元にウーが控えていた。
「どうしたのウーさん」
「私共にさんなどと、敬称は不要です。それよりも先ほどから何も口にされていないようでしたので、お食事をお持ちしました」
そう言ってウーは、僕が作ったシチューが入ったお椀を差し出す。作ってからしばらくたつはずなのに僕の手には確かに温もりが伝わってくる。
「わざわざ温め直してくれたのですね。ありがとうございました」
「そんなお礼など、むしろご主人様が作って下さった料理に私が手を加えるなど、勝手がすぎました」
「いいよ、ただ温めただけでしょ」
「なんと慈悲深いお言葉」
なぜだか感謝感激といった様子のウーの対処に困りながらも、僕はシチューを一口口に運ぶ。適当に作った割には、しっかりと野菜に火が通っており、ミルクのクリーミーな味わいと非常に相性が良かった。
「ところであの二人は」
「大変申し訳ないのですが、すでに馬車の中にて眠りに就いてしまいました。言って聞かせたのですが、私が目を離した際に・・・・」
「いいよ別に怒ってないから」
僕は岩から立ち上がると馬車の荷台を覗く。そこには薄着の二人がおなかを丸出しにしながらいびきをかいていた。
「風邪をひいてはいけないから毛布をかぶせる。ウー手伝って」
「かしこまりました」
幸いにも複数枚毛布があったので、それぞれに一枚ずつかけてやると、寝顔がより穏やかになった。
「ねえ、ウー」
「何でしょうかご主人様」
「君が守りたかったのはこれなんだね」
「はい、その通りでございます」
この子たちはあの町の現実を知らない。それどころかこの世界の闇すらまだ知らない。だから欲望にまっすぐで、感情は素直で、だからこそ尊く思う。
「ウー、少し話したいことがあるんだけどいいかな」
「ご主人様のご命令を私が拒むはずはありません」
「いや、眠かったら明日にしてもいいんだよ」
「いえ、今にいたしましょう」
「そっか」
僕はずっと焚火に当たりっぱなしだった鍋をどけると、付近で拾った枝を火の中に投げ込む。
「それでお話とは」
「これはあくまで理想、というか夢物語みたいな話なんだけど。君たち三人を故郷に送り届けたら、僕は旅に出るよ。そしていろんなことを学んで。そしていつか・・・・」
人間も獣人も皆平等な、そんな場所を作りたいと思う。
これは悩みに悩んで出した僕の答えだ。僕はこの世界が嫌いだ。壊したいとさえ思う。でもだからと言ってチマ、ポタたちのような子供たちの未来を奪ってしまうような方法は間違っている。彼らが安心して世界を駆けまわれるような、そんな場所にしたい。あの町は僕にとっての絶望なら、あの二人は希望だ。未来を思い描くなら希望色の方がいいに決まっている。だから僕はこんな夢物語を本気で現実にしたいと願うのだ。
「ご主人様・・・・・」
「まあ今の僕じゃ、到底無理なんだけどね」
「いいえ、そんなことありません。きっと、ご主人様なら成し遂げられます。ですのでその旅に私も同行してもよろしいでしょうか」
「でも、ウーにも故郷があるんじゃ」
「はい私にも帰りを待つ家族はいます。でもそれよりも、今はご主人様が作る理想郷を、私も見てみたいのです。ですのでどうか、その旅路にお供させてください」
シチューの杯を持った僕の目の前で、ウーはどうどうと頭を下げる。僕は大いに悩んだが、僕の野望は決して一人で成し遂げられるものではない。だから一人でも多くの、仲間が必要だ。
「ありがとうウー、お願いするね」
「お礼なんて。むしろ感謝したいのは、私なのですから」
こうして僕はこの異世界で初めて、仲間と呼べる存在を手に入れた。
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