第5話 この世界の在り方と僕の答え(中編)

 何とかテントの外に出た僕に男は再び水を差し入れてくれた。




「ありがとうございます」




「いえいえ。こちらこそ大変失礼いたしました」




 僕はそれ以上何も答えず水を飲んだ。




「あなた様のご両親はきっとお優しい方だったのでしょう。ですが奴隷に同情などしていてはやつらがつけあがるだけですぞ」




 ずっと降ろしていた顔を上げ男を見る。その表情はなぜだか笑っていた。




 それとほとんど同時だろうか、テントの方角から銃声が鳴り響いた。生まれてから初めて生で聞く銃声に思わず僕は立ち上がった。きっとあの中で何か事件が起こったに違いない。もしかすると怪我人がいるかもしれない。この世界に来てすぐの時のように目の前で誰かが死ぬような事態は避けたかった。その正義感だけで僕は再びテントの中に飛び込んだ。




 しかしいくら中を探しても誰一人異変のある人物はいなかった。どうやら先ほどの僕が聞いた銃声のような音は聞き違いだったようで、一安心していた。その時までは




 僕の履いていた靴から液体を踏んだ時の音が鳴る。こんな土の上でいったい何を踏んだのかと足元を見ると靴から赤い液体が垂れた。




「お客様、申しわけありませんがここより先はまだ掃除が終わっておりませんので、お下がりください」




 制止されて初めて冷静になったことで広がった視野で僕は目の前の光景をやっと認識できた。いつの間にか僕は、例の檻の前に戻ってきていた。そしてその中でずっと叫んでいたはずの獣人は体のあちこちに小さな穴が開きそこから大量の血液を流しながら檻のそこで横たわっていた。




「ああお客様もしかすると、そちらの奴隷をお求めでしたか。ならば大変申し訳ないことをいたしました。しかしこの奴隷はここに来てから毎日、我ら人間に対し殺意を向け続けていました。そして今日こいつは我々に牙を向けました。なのでこうなって当然です」




 いつの間にか僕の後ろに立っていた男が饒舌に語った。しかし僕にはその言葉の一切が届かなかった。それが正しい感情なのかということを考えないのならば、人として生まれたなら何かを恨むことさえ正当な権利だ。それさえも奴隷となった彼らには許されないのだ。




「・・・・・リュコス」




「まだ喋るか犬め」




「やめろ!!」




 僕が叫ぶよりも早く男は懐から拳銃を取り出し容赦なく三発、弱った獣人に向けて発砲した。それが完全にとどめとなり獣人は絶命した。最後に発した言葉は恨み言ではなく人名だった。一体その名が誰を指すのか、この世界に来てまだ三人しか知り合いがいない僕には皆目見当もつかなかった。でもきっと目の前の獣人にとっては、大切な人であったに違いない。そう考えだすと胸がひどく痛んだ。そして今度こそ僕はこのテントから完全に姿を消し、停めてあった馬車に戻った。

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