第4話 この世界の在り方と僕の答え(前編)
ウー、チマ、ポタの三人を馬車に乗せ、僕は馬車を走らせた。こうして見てみると三人と僕には耳の形以外の違いが見受けられない。それでも彼女たちは差別され、迫害されているのだ。
親切にも神様は町からそう離れていない場所に落としてくれたおかげでなんとか明るいうちに街に着くことが出来た。一応人族である僕は安い通行料を払うだけで難なく入れたが荷台に乗っていた獣人三人は門番から嫌な視線で睨まれていた。
「大丈夫?」
僕は声をかける。
「はい、慣れてますので」
ウーはそう言っているが、表情からは不安を隠し切れていない。後でおいしい物でも買ってあげようとその時は軽い気持ちで受け流していた。
街はそれまでの野道とは違い、しっかりと整備された石畳の道が一面に敷き詰められているため、比較的走りやすい。それでも人が混み合っているためあまり速度を出せない。だがそれがかえって、この町をじっくり見るにはちょうどよかった。
異世界と聞いて真っ先に思い浮かべたのは中世ヨーロッパの世界だったが。今目の前に広がっているのはまさにそんな世界だった。出店で様々な果物や魚、肉等が売られており、日本では聞いたことのない、しかしとても気分が高揚する音楽が流れ、それに合わせ人々が躍っている。本当に見ているだけで高揚感が湧いてくる。まさかこんな街で本当に差別があるのか疑わしく思えてきた。
だがそれはあくまで僕が目の前の現実から目をそらしているからそう思えるだけだった。この町の明るい側面ばかりを見ようとしているだけで、路地裏に目を向ければボロボロの服を着た年端もいかない獣人の子供が生ごみを漁っていた。商人達が酒を飲みながら談笑している傍で、やせ細った体で木箱を運ぶ者もいたし、ダンスのステップを踏む傍らで、一緒に踊ろうとしている獣人に蹴りを入れる人間もいた。
そんな人間の醜い姿を馬車を進めるたびに何度も目にすることになった。そのたびに胸の中に、どんどん汚いものがたまっていく感覚に陥った。自分にもっとお金があれば、地位があれば、本当にこの世界に来てからたらればの連続だ。しかし僕に与えられた能力は人材鑑定のみ、これでは誰も救えない。
「お兄さん、ちょっとお兄さん」
馬車の目の前に身なりの良い男がいきなり飛び出してきたので、思わず急ブレーキをかけた。
「危ないですよ」
「それはすいません。でもお兄さんにぜひおすすめしたい商品がありまして」
明らかに胡散臭さ満点だが、ちょうど近くのテントで商売をしているということなので気晴らしに覗いていくことにした。一応馬車にはある程度のお金は積んでいるので散財しなければすぐに生活に困ることはないだろうと思っていた。
指定された停車場所に馬車を停めると、男に案内されるままテントの中に入る。するとすぐに受付の女性が水の入ったカップを手渡してくれた。もしかすると本当に高い店に来てしまったのではと、この町に来て初めて違う意味で冷や汗が流れる。水に軽く口をつけながら商品があるというテントの奥へと向かった。そこにはすでに大勢の人が詰めかけており僕は何とかその背中をかき分けて視界を確保した。
「やめろ離してくれ」
「うるさい。お前はもう俺の物なんだ。おとなしくしろ」
「離せ愛玩動物になどなるものか」
ここに来て最初に目に入ったのは、髪を強引に引かれながらテントの外へと連れ出される女性だった。その横には大量の檻に閉じ込められた奴隷たちの姿があった。そしてこの光景を見て初めて、僕は自分がどのような店に足を踏み入れたのか理解した。ここは小規模な奴隷市場。ある意味今の僕が一番足を踏み入れたくない場所、一番見たくない光景が目のまえに広がっていた。それを面白おかしく見ている人間にも嫌気がさした。
僕は逃げるように人混みを抜けテントの中をさまよった。どこまで進んでも積み重ねられた檻の山脈が延々と続いていた。やがて歩き疲れた僕は、空の檻にもたれかかった。乱れに乱れた息を整えているといきなり檻が揺れる。
「人間、全員殺してやる。ひとり残らず。私が殺す。絶対に」
誰もいないと思っていたが、ただたまたま僕が来るまでは気を失っていたのだろうか、檻の中の獣人が急に暴れだした。一応檻は金属でできているため絶対に破られないと思っていても、その憎悪の強さに足がすくみしりもちをついたまま動けなくなっていた。
「大丈夫ですかお客様」
先ほど僕を招き入れた男が数名の店員を連れて駆けつける。男に肩を貸してもらうことで何とかその場から立ち上がりこの場を離れる。しかし獣人の絶叫はそれからも止むことを知らず延々と鳴り響いた。僕はその子とこの国の現実から意識を逸らすために耳を塞いだ。
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