第3話 異世界転生したら奴隷商人だった(後編)
「あのあなたたちは」
「はっ」
いきなり声をかけたため警戒されたのか、ウーは他の二人を抱きかかえたまま僕をにらんだ。
「いきなり声をかけてごめんなさい、でも一体何があったのですか」
できるだけ優しいトーンで語り掛けると三人の僕への警戒が解けたのか、ここに来て初めて僕の顔をしっかり見てくれた。
「私たち三人、いえ正確には四人はこの先の街に向かう予定でした。そこで商人の皆様の荷物を運ぶ仕事をする予定でした。しかしその途中馬車が横転し、ご主人様が下敷きに・・・あとはあなた様の知る通りです」
「なるほど」
僕は腕を組んで考え込み何とか今の状況を再整理しようとする。しかしその一瞬の仕草を見た途端ウーが目の色を変えた。ついさきほどまで地に膝をついていた彼女だが、すぐさま僕の腕に飛びついた。女性だというのにはっきりと僕は彼女との力量の差を自覚した。
「あの、あなた様も奴隷商人なのですか」
「あ、はい一応。でもどうしてそう思ったのですか」
「その腕の紋章は、人間の国で奴隷商人になることを認められた者のみがつけることを許される特別なものでございます。それで」
「なるほど、確かに私は奴隷商人です。まあ今は一人身ですけどね」
「なら、どうか私共をあなた様の奴隷にして頂けませんか」
自分の耳を疑った、奴隷なんて自ら志願してなるものではないというのが僕が生きてきた世界での教訓だ。現に国際的に見ても非難の対象になるはずなのに彼女たちは自ら進んでその地位に自らの身を堕とそうというのだ。それはもう驚くなんて安い言葉で言い表せるような衝撃ではなかった。
「どうしてそんなことを頼むのですか」
「私たち獣人は人間の国では存在しているだけで迫害されてしまいます。なので誰かの奴隷になるか自力で故郷まで逃げるか、その二択しか生きるための道はありません。私一人ならここで死んでしまっても構わないですが、この子たちはまだ幼いのにそんな残酷な運命を受け入れられるはずがありません。だからせめてこの二人だけでも故郷に帰してあげたいのです」
今まで生きてきてこれほど自らの無知を呪ったことはないほど、今の僕はどうしようもない憤りを感じていた。異世界に行けると解ったときからどこか浮かれていたのかもしれない。そもそも奴隷商人という職業が存在している時点で差別する側とされる側という二つの概念があることなど容易に予想できたはずだ。ここは現代日本ではない、完全な異世界。あっちの世界の考え方など通じるはずがない。そのことを突き付けられた。
「あの、どうなさいましたか」
ウーの言葉で我に返る。強く握っていた拳を開くとそこから血がにじんでいた。
「いえ、なんでもありません」
僕は改めてこの高い空を見上げる。きっとこの上にはあの神様がいて今も僕の様子を見ているのだろう。
「分かりました。皆さんの身の安全は僕が保証します」
「ありがとうございます、ではさっそく契約を」
「あの契約ってどうやるんですか」
「ご主人様は今回が初めての契約ですか」
僕は首を縦に振る。
「なら僭越ながらわたくしが説明させていただきます」
ウーの話曰く、何か書類を書いたりするわけではなく主人となる者の血を一滴体内に取り込むことで契約が成立するとのことだった。そんな簡単なことでいいのかと思ったが、人間の国では奴隷市場は最も大きな経済らしく、それを扱うためには特別な契約魔法を会得しなければならないらしい、でもどうやら僕は神様からそれを得ているようで、先ほどの握り拳から流れた血を三人に与えることで契約が成立した。
「これで契約成立ですね」
契約を交わしたからと言って何かが変わるわけでもなくウーは平然としている。それを見た僕が安心し三人を馬車に乗せようとしたとき
三人がいきなりボーとただ立ち尽くした。だがそれも一瞬のことですぐに我に返った。
「あのご主人様」
「なあに」
「私の聞き違いならよいのですが何か、カギのかかるような音がしませんでしたか」
「ううん。僕は何も聞いてないよ」
「え~でもチマも聞いた」
「ポタもこの耳で?頭で?」
どうやらまだ幼い二人も同様のことが起こったらしくこの症状が起こっていないのは僕だけということになる。そこで僕は改めて人材鑑定で彼女たちを見つめる。するとそこには先ほどまでなかった施錠されたカギのマークがそれぞれに三つずつついていた。
「どうされましたかご主人様」
「ああ、なんでもありません。しかし不思議なこともあるものですね。獣人特有のものですか」
「いえ、私も今回のようなことは初めてで」」
ウーも戸惑っているようだが、すぐに何か実害があるわけではないので一応経過観察を行うことにした。
「えっとみんなの国ってここから遠いの?」
「はい、失礼ながら今のご主人さまがお持ちの物資ではどこかで補給を行わない限りたどり着けないでしょう」
「なるほど」
獣人の国に向かいたいのはやまやまだが、物資が足りない、何よりルートも分からないとなると安易に旅を行えない。最悪三人とも共倒れということになりかねない。
「なら当初の皆さんの予定通り一度街へ向かっても構いませんか、そこで情報収集なども行いたいですし」
「ご主人様がそう望まれるのなら異論はございません」
「でも重いのは嫌」
「辛いのも嫌」
「二人ともわがままを言ってはいけません」
チマとポタが言っているのはおそらく労働のことだろう。鑑定で見たところ二人はまだ十五歳、とても労働についていい年齢ではない。
「大丈夫だよ、少し調べ事したらすぐに出るから」
「ご主人様なんと慈悲深いお言葉。ありがとうございます」
「そんな大げさですよ」
かくして僕は初めての奴隷三人と共に神様からもらった地図を頼りに街へと向かうことになった。まさかあんな残酷なものが待ち受けているとも知らずに・・・
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