15 裏切者
魔王デスゲイロ率いる魔軍との前哨戦が始まった。
第10パーティーがタウロッソ本城への攻撃を開始すると同時に、第9パーティーが前線基地のアロー砦に入って待機する。
戦闘を終えた第10パーティーは、手に入れた情報の伝達と休息のため、レンゲラン城に帰還する。
次いで、第9パーティーが戦闘に突入し、第8パーティーがアロー砦に入る。
これを順繰りに第10~第2パーティーの間でローテーションをし、タウロッソ本城のすべての敵、罠、経路の情報を手に入れる予定だ。
オレと各国王の
そこが言わば参謀本部で、すべての情報はいったんそこにもたらされる。
そして、参謀本部で整理された情報を、戦闘員の待機場となっている大広間に降ろし、皆が共有する。
こうした仕組みが出来上がっていた。
開戦から二時間もすると、徐々に情報が集まり出した。
どうやら先遣隊苦戦の模様である。
前回のニヒルム戦も、初め先遣隊は苦戦を
ニヒルムが、それぞれの魔物の部隊を、最適化して編成していたためである。
だが、今回は、また違った苦戦の理由があるようだった。
戻って来た先遣隊メンバーの話によると、編成の最適化は、ニヒルム戦の時より徹底はされていないようである。
それよりも、彼らを苦しめたのは、敵が異様に自分たちの弱点を突いてくる、ということだった。
それが、戦士は魔法に弱いとか、魔導士は物理系攻撃に弱いとか、見た目で判断できるものなら理解できる。
だが、眠り魔法に弱いとか、雷属性が弱点といった、見た目ではちょっと判断できないものまで、魔物たちは的確に使い分けていると言うのである。
この情報が上がってきて、参謀本部では早速協議が始まった。
「前回のニヒルム戦でも同様の作戦を行っているので、そこでデータを取られたのではなかろうか」
軍師キジの意見に、初めは皆、同調気味だった。
しかし、カンナバル国の軍師が首を
「魔物がデータを取るなどという話は、ついぞ聞いたことがない」
すると、その発言を皮切りに、反対意見が続出した。
「そもそも、それだけの大量のデータを扱うには、相当な知能が必要だ」
「魔王デスゲイロは、ニヒルムとは違い、武闘派のようだ」
「たしかに、デスゲイロがレンゲラン国やタウロッソ国を占領した際も、力でねじ伏せるという戦いぶりだったと聞いている」
「ニヒルム無き今、そのデータを使いこなす魔物がいるとは思えない」
反対意見が一通り出切ったところで、キジが口を開く。
「それでは、他にどのような理由があるとお考えですか?」
キジの質問に答えられる者はいなかった。
「まだ戦いが始まったばかりで、情報が少ない。たまたま偶然が重なって、そのように見えているだけかも知れない。ここは、もう少し情報が集まるのを待ちましょう」
セセン国の軍師が、かつての中立国らしく、話をまとめる。
そこへ、盗賊ハジクもメンバーの一員となっている第5パーティーが、戦闘を終えて報告のためにやって来た。
ハジクは、ビショビショに濡れた姿で、オレたちの前に姿を現した。
「まったく、オレが氷属性に弱いことを、あいつらはどこから仕入れたんだ? おかげで、毎回の戦闘で氷漬けに遭って、風邪をひきそうだ」
疲れ切った表情で、報告者席にどっかりと腰を下ろす。
「お前の弱点が氷属性だということを、誰かに話したことは?」
早速、質問が飛んできた。
「オレは、弱点を他人にさらけ出すような人間じゃあない。だから、盗賊の仲間だって、このことを知らないはずだ」
「ニヒルム戦で、魔物に知られたということは?」
「いやあ、あん時は、氷属性の攻撃なんざ、受けなかった気がするなあ」
「では、彼らは透視でもすると言うのか?」
ガルガート国の国王
だが、そこでオレは、あることを思い出した。
確かどこかのゲームで、相手の弱点を探る魔法があったなと。
「もしかすると、魔物は相手の弱点を、魔法で見抜いているのでは?」
オレの言葉に、会議の間は一瞬静寂に包まれる。
これは、この世界の知性たる各国の軍師たちを差し置いて、オレが核心を突いてしまったかも知れない。
その手がありましたか、恐れ入りました、と感服されても困るなあ等と思いつつ、オレは皆の反応を待った。
ややあって、キジが言葉を発した。
「相手の弱点が分かる魔法など、そのような便利な魔法があれば、王様でも第一パーティーに入れますぞ」
周りから失笑が漏れる。
この世界には、人を生き返らせる蘇生の魔法が無いことは分かっていたが、どうやら敵の弱点を探る魔法も存在しないようだ。
それにしてもキジのヤツめ。
この間、珍しくオレを褒めてくれたから、人間的に少しは丸くなったのかと思いきや、毒舌はまだまだ健在のようだ。
「しかし、そうなると、なぜ魔物たちは、こちらの弱点を知っているというのだ?」
オレは口を尖らせながら、話を振り出しに戻した。
再び、長い沈黙が流れる。
「これだけ各国の知性たる軍師が勢揃いしていながら、分からぬのか」
オレは、先ほどの腹いせも多少あって、軍師たちを
その煽りに乗せられた訳ではないことを物語るように、ハルホルム国軍師ハクホが、冷静な口調で言った。
「いえ、国王。皆、薄々と気付いているはずです。ですが、言うのを
「何をだ?」
ハクホは少し間を空けてから、口を開いた。
「我々の中に、裏切者がいることを、です」
「まさか…」
「いえ、しかもそれは、レンゲラン国の誰かです」
今度はオレが押し黙る番だった。
おとなしくなったオレを見て、ハクホが、レンゲラン国の誰かと断言した理由を、引き続き述べる。
「これまでの状況からすれば、魔物たちがこちらの戦闘員一人一人の弱点を知っているのは、このデスゲイロ戦への招集に際し、我々が提出した個人データの書類が関係している、と考えるのが妥当でしょう」
確かに、デスゲイロ戦のパーティーメンバーの選考に当たり、各国から主だった戦闘員の個人情報が記載された書類が提出されていた。
そこには、レベルや職種、使用可能なスキルはもちろん、弱点を記載する項目もあった。
「何者かの手によって、その情報が魔物側に渡ったのです。そして、その書類を管理していたのは、ご承知の通り、レンゲラン国です」
それを聞いたキジは、すぐさま配下に命じて、書類の有無を確認させる。
ややあって、その報告を聞いたキジは、がくりと肩を落とした。
「ハクホ殿の言われる通り、個人データの書類が紛失しております」
これは国を挙げての大失態である。
レンゲラン国の何者かが、機密事項が書かれた書類を盗み出して、敵方に持ち込んだのは明白だ。
他国の参加者の冷たい視線を浴びながら、キジがオレの元まで来て耳打ちした。
「アムルに命じて、内情を調べさせます」
その声は冷静さを装っていたが、見ると右手で自分の右尻を、明らかに強くつねり上げていた。
それは、そうだろう。
今回だけは、オレもキジ同様、自分の尻を思いきりつねりたい気持ちだ。
このやるせない気持ちを、どこかにぶつけなければ気が済まない。
だが、オレにはいまだに信じられない思いが強い。
レンゲラン国の仲間の中に、オレたちを裏切った者がいるなんて…。
しかも、魔王討伐という最終局面で。
ということは、今までの魔物との戦いの中でも、何食わぬ顔をして、仲間の顔をして、オレたちの近くにいたということではないか。
そんな不届きなヤツは絶対に許せん。
オレは、フツフツと込み上げる怒りを抑えるのに必死だった。
裏切者出現の情報は、当然この参謀本部のみに
彼らのモチベーション低下が危惧されたが、各パーティーは苦戦を強いられながらも、少しずつ前進の結果を持ち帰ってくれた。
その日の夕方には、2周目に入った第2パーティーが、一階のフロアボスを撃破したという報が届く。
どうやら、裏切者が組織化していて、二の手、三の手を矢継ぎ早に打ってくる、という最悪の事態ではないようだ。
タウロッソ本城は四階層だから、このまま一日一階層のペースで進んでいけば、四日間で前哨戦を終え、五日目には第一パーティーによる魔王デスゲイロ討伐戦に突入できるかもしれない。
しかし、裏切者の狙いが分からない以上、楽観はまったくできない。
その日の戦闘が終わり、オレが三階の自分の部屋に戻ると、それを待っていたように、アムルが訪ねてきた。
オレも、アムルが着席するのを待たずに声を掛ける。
「それで、どんな様子だ?」
「現在、私の部署の総員を挙げて、鋭意捜査中です」
「いったい、誰を調べている?」
「可能性のある者、すべてです」
「すべて、と言ってもなあ。オレにはどうしても、我が国に裏切者がいるなんて思えんのだよ」
オレは、自分でも戸惑った顔をしているのが分かった。
「王様ったら、またそんな甘いことおっしゃって。裏切者には厳正に対処しなければダメです」
一方のアムルは、鬼刑事か名探偵にでもなったような顔をしていた。
「王様は、いったい誰が一番怪しいと思われます?」
アムルが意地悪な質問をしてきた。
「いや、だから、オレはそのような目で皆を……。うん、まあ、裏切りと聞いて初めに浮かんだのは、やはりハジクだが…」
ハジクには、オレを裏切った前科がある。
「だが、今のハジクは盗賊の時と違って、一生懸命生きようとする姿が見られる。オレは、その姿を信じたい」
アムルは人差し指をこめかみに当てながら、渋い顔のまま言った。
「我々としても、ハジクは第一にマークしています。人の
「しかし、他の者は調べる必要はないのじゃないか? 例えば、クバルやアイリンなどは…」
冷徹なアムルに対して、オレはわずかな抵抗を試みる。
「クバルが野心持ちだということを、王様はお忘れですか? 妻のアイリンと共に、この国の王と王妃の座を密かに狙っていてもおかしくありません。もしかしたら、デスゲイロ戦を前にセセン国に旅行に行ったのも、セセン国と密約を取り付けるためだった可能性があります」
それは、ちょっと考え過ぎだ。
「ジーグは?」
「もし、以前の呆けた姿がすべて演技だったとしたら…。私には疑問です。いくら歳を取ったとしても、颯爽とした剣聖が、あんな別人のように呆けてしまうでしょうか? 王様が龍の実を手に入れたことを知って近づいて、チャンスを伺っていたのかもしれません」
アムルは、こめかみに添えていた人差し指を、今度は前のおでこに当てている。
ダメだ、完全に探偵モードに入っている。
「また、軍師キジも捜査対象になっています」
アムルは遂に、聞く前から話し始めた。
「なに? キジは捜査を依頼した側だぞ」
「そういう人間が実は危険だったりもします。軍師が腹の底で何を考えているかは、王様も分からない時があるのではないですか?」
キジの最終目標は何か。
いつか聞こうと思って、遂に聞きそびれてここまで来てしまった。
確かに得体の知れない部分はあるが、それにしたって…。
「それと、申し上げにくいのですが、王妃様も念のため…」
オレは無言で天を仰いだ。
「王妃様は、回復魔導士の元戦闘員であり、有能な弁士でもあられます。やはり、底知れぬ力をお持ちかと…」
アムルよ、もう良い。これ以上は聞きたくない。経過報告はもう終わりだろう?
そう思って、オレはまだ一人、挙がっていない名前に気付いてしまった。
「アムル、まさか、テヘンまで調べていないだろうな?」
アムルはしばらく黙ってオレを見ていたが、ふと、この場に似つかわしくない笑顔を見せた。
「もちろん、テヘンも例外ではありません」
「なんだと!」
オレは思わず声を荒げていた。
「テヘンがオレたちと、初めから苦労を共にしてきたことは、お前も充分知っているはずじゃないか」
「ですが、王様。テヘンはずっと、ルイ王妃のことが好きだったんです。それを王様が取ってしまったのを、今も恨んでいないとは言えません」
アムルの言葉に、オレはとうとう怒鳴ってしまった。
「アムル、言っていいことと悪いことがあるぞ。一番の仲間のテヘンまで疑うなんて、お前はどうかしている」
すると、今まで我慢していた
「私だって、好きでこんなことをしているわけじゃないんです。国のため、王様のために…」
アムルはそこまで言ったきり、言葉が続かなくて、オレの部屋を駆け出していった。
オレはすぐに後悔した。
そうだな。アムルも役目を
もしかしたら、裏切者の狙いは、これなのかもしれない。
人間の強さの源泉である絆を、そいつは引き裂こうとしているのではなかろうか。
オレは、アムルの部屋に謝りに行こうかとも思ったが、また翌日、経過報告に来るだろうから、その時謝ろうと思いとどまった。
だが、アムルは、翌日も、その翌日も、報告に現れなかった。
その間、皆は疑心暗鬼になりながらも、作戦を遂行していった。
そして、四日目には予定通り、ボスのデスゲイロ戦を除く四階層を
翌五日目。
遂に、第一パーティーによるデスゲイロ討伐戦の日を迎える。
アムルはあれ以降、配下の者をよこして、「捜査継続中。進展があり次第、ご報告します」と言ってくるのみで、結局、裏切者が誰なのか分からずに、この日を迎えてしまった。
オレは、第一パーティーを見送りに立ちながら、渦巻く不安を
もし、この中に裏切者がいたら、大変なことになるのではないか。
だが、さすが剣聖ジーグは、不安をおくびにも出さずに、高らかに出陣を宣言した。
「第一パーティー、これより、魔王デスゲイロの討伐に行って参ります」
皆も不安を掻き消すように、ことさらに大きな歓声を上げた。
その歓声と拍手に後押しされて、ジーグ、エラクレス、クバル、アイリンの第一パーティーは、タウロッソ本城に向けて出発した。
それから、およそ30分後のことである。
三階の廊下に、バタバタと激しい足音が響き渡った。
「王様、大変でございます」
その足音がオレの部屋の前で急停止すると、オレに向かって叫んだ。
「裏切者の正体が分かりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます