14 出陣式

あのヨボヨボだったジーグ老師が、剣聖としてよみがえった、いや、若返ったという噂は、たちまちのうちにレンゲラン城とレンゲランの町で持ち切りになった。


その変貌ぶりを一目見ようと、ジーグの行く先々で人だかりができる。


ジーグの方も、若かりし頃は注目を集めるのが当たり前だったようで、観衆の扱いは手慣れている。


サッと片手をかざすと、観衆に向かってさわやかな笑顔を決める。


一挙手一投足が自信に満ち溢れていて、颯爽さっそうとしている。


ほえーーー、とかすかな息を吐いてほうけていたかつての面影は、そこには無い。


人とはこんなにも変わるものなのか。


逆に言えば、歳を取るとは無情なことだ。


若いうちに生き生きと生きねばならぬ、などと軽く悟りを開くオレ。


だが、何はともあれ、魔王デスゲイロ戦を前にして、レベル99の剣聖が爆誕したのである。


微塵も役に立たない老師を大事にしてきて良かったと、オレはつくづく思った。




レンゲラン国では、そんなジーグフィーバーが巻き起こる中、レンゲラン、ハルホルム、カンナバル、ガルガート、アルサリア、セセンの六国の代表が一堂に会し、遂に七日後に魔王デスゲイロの討伐戦を開始することが決定した。


デスゲイロ戦の第一パーティーは、ジーグ(剣聖)、エラクレス(剣聖)、クバル(剣士)、アイリン(賢者)。


そして、ニヒルム戦同様、各国の猛者もさたちが前哨戦を務め、デスゲイロの居城となっているタウロッソ本城のすべての情報を収集する手はずとなった。


最終決戦が始まるまでの七日間、オレたちは思い思いに時を過ごした。


クバル・アイリン夫妻は、観光立国セセンの景勝地に、3泊4日で旅行に行って来たようだ。


魔王デスゲイロ戦ともなれば、ニヒルム戦よりも更に命の危険がありる。


思い残しがないように、という覚悟があったのかも知れない。


一躍第一パーティーのリーダーに昇格したジーグは、鈍っていた体と実戦感覚を取り戻すために、この期間、ひたすら訓練場で体を動かし続けた。


立ち合いの相手役を買って出たエラクレスも、久しぶりに自分より強い相手と剣を交えることに夢中になった。


互いに好敵手との模擬戦を心から楽しんで、訓練とはいえ、その戦いは白熱の度を増していった。


ダブル剣聖の立ち合いが見れるとあって、訓練場は遠巻きの観衆で連日満員となり、遂には事前に整理券を出す事態となった。


まるで格闘技のイベントマッチである。


第一パーティーから外れて少し肩の荷が軽くなったテヘンは、剣聖バトルの整理券が当たった時はそれを堪能し、外れた時は特にする事もないので、オレの部屋に来て暇をつぶした。


アムルは、七日間の前半は、武器や食糧の調達に大忙しだったが、その目途めどがついた後半はやはりやる事がなくなり、オレの部屋に遊びに来た。


この三人が寄れば、大体思い出話に花が咲く。


「まったく、初め王様が魔王討伐の旗を掲げた時は、正直夢物語だと思っていましたが、それが実現する日がもう間近に迫っているとは…」


のっけからアムルの目はもう潤んでいた。


「私が参加して、ようやくこの三人だけでしたからねえ。当時は城の地下室の擬態箱ミミック一体にも苦戦していました」


テヘンが何度もうなずきながらはにかんだ。


それを聞いていて、オレも懐かしさがこみ上げてきた。


「あの時、罠の石壁に挟まれて死んでいたかも知れないし、擬態箱ミミックにみんな食い殺されていたかも知れない。ここまで来れたのも、本当に二人のおかげだ」


オレは素直な気持ちを改めて伝えた。


アムルは照れ臭さをらすように言った。


「それにしても、テヘンは強くなったなあ。頼りなかった背中が、今では本当に頼もしいよ。なにしろ、一国の将軍だからね」


「そう言うアムルはぜんぜん変わらないなあ。出会った頃と同じ、純粋な王様の従者のままだ」


アムルは少し考えた素振りをしてから、


「そうかい?」


と、笑って答えた。


「アムルったら、また照れちゃって」


「自分だって照れ屋のくせにー」


二人は顔を真っ赤にして、お互いの腹をつつき合っていた。


まるで熟したホオズキがじゃれ合っているようだ。


オレは、自然と両ほおが緩むのを隠すことはできなかった。




アムルとテヘンが出て行った後は、オレは毎日ルイの部屋を訪ねた。


部屋の扉を開けると、トントントンとムキュが駆け寄って出迎えてくれる。


ムキュを両手で抱き上げて、さっきまで緩んでいたオレの顔は、更に締まりなく緩み切る。


ご褒美のニンジンをさっそく一本あげた。


「最近はよくお見えになりますね」


ルイが笑顔で声を掛けてきた。


オレも笑顔で応えながら、ムキュをひざの上にちょんと乗せた。


テヘンやアムルのように、他にやる事がないというのも一つの理由だが、それ以上の理由がある。


間もなく魔王デスゲイロ戦が始まる。


そして、魔王に見事勝利すれば、オレはこの世界のクリア条件を達成する。


クリア条件を達成するということは、つまり、現実世界に戻れるということだ。


それを目指して、これまで苦難にも耐え、大変な選択もしてきた。


だが、それは同時に、この世界のルイやムキュ、アムルやテヘンたちとの別れを意味する。


数日後には、彼らともう会えなくなってしまう。


そう思うと、たまらなく寂しくなり、いっそ魔王討伐が成功しなければいい、という思いすら浮かんでくる。


「もう、そんなに激しく撫でたら、ムキュが禿げちゃいますよ」


見かねてルイがオレの手からムキュを取り上げ、いたわるように頬擦りでムキュをよしよしする。


オレはいつしか、ムキュを必要以上に強く撫でていたようだ。


この世界の愛すべき存在たちから離れたくない。


そんな思いがつい出てしまったのだろう。


「ああ、すまん、すまん」


と、オレは力ない笑いを、ルイとムキュに向ける。


しかし、ここまで来て、魔王だけは滅ぼさず生かしておいてやろう、とは言えるはずもない。


それに、そんなことをしたら、魔王デスゲイロは魔軍の勢いを盛り返し、再び人類を滅亡の危機にさらすだろう。


さすがにここでは、石板から、


魔王デスゲイロを滅ぼしますか?


   ①はい      ②いいえ


という選択は迫られない。


オレには、魔王を滅ぼす、という選択肢しか無いのだ。


魔王討伐の誓いを新たにしつつ、七日間の休息期間は終わった。




その日、朝から空は澄み切った青空だった。


魔王討伐の出陣の日にふさわしい。


レンゲラン城には、各国よりりすぐりの戦闘員たちが、前哨戦に参加するために集結した。


城内に続々と集う精鋭の姿を見て、いよいよ感がいやが上にも増す。


ふと、結局最後まで勇者は現れなかったか、という思いがよぎった。


参加者名簿を見る限り、どの国からも職業「勇者」の参戦はない。


今回も、最終のデスゲイロ戦は、魔王の波動を解除できない状態での戦闘を強いられることになる。


「勇者よ、魔王討伐はそなたに任せた。そなたの活躍、期待しておるぞ」


という、魔王討伐には付き物のような決め台詞を、この世界では言う機会は無いようだ。


王様としての最後の見せ場は失われたが、それはそれで良かろう。


この世界を救うのは、この世界の人間に任せて、オレはあくまでも陰役に徹しよう。


戦闘員たちの後には、ひときわ格式の高い馬車が5台、レンゲラン城の城門に並んだ。


各国の国王名代みょうだいと軍師の到着である。


オレは、彼らを笑顔で迎えると、二階の大広間に通した。


一段高くなった貴賓席に、彼らと一緒に着座する。


広間には既に、第1~第10パーティーの40名の戦闘員と、戦士系・魔導士系の控えの戦闘員が数名、待機していた。


各国の軍師を代表して、キジが今回の作戦の内容とパーティーメンバーの発表のため、壇上に立った。


キジが第10パーティーから名前を読み上げていくと、それに従ってメンバー同士が集まり、10のグループが出来ていった。


最後に、第1パーティーの名前が紹介された。


「第1パーティーは、剣聖ジーグ、剣聖エラクレス、剣士クバル、賢者アイリンの四名です」


大きな拍手と歓声が上がる。


とりわけ、剣聖のオーラがにじみ出ているジーグとエラクレスに、皆の視線が自然と集まる。


四人は皆の期待に応えるように、うやうやしく頭を下げた。


「今回の作戦は、成功した前回のニヒルム戦の作戦を、基本的に踏襲とうしゅうします。初めに前哨戦として、第2~第10パーティーが順次出陣し、デスゲイロ以外のすべての敵、罠、経路の情報を収集します。

そして、しかる後に、すべての情報を持って第1パーティーが、最終決戦に臨みます。

作戦は以上であります」


「皆様の方から、何か質問はありますでしょうか?」


司会役のアムルが皆に問いかけるが、多くの者にとってこれがニヒルム戦に続いて二回目ということもあり、手を挙げる者は特にいなかった。


前回はこれで、では出陣しましょう、と誰ともなく言って、なんとなく開戦の火蓋が切って落とされたのだが、今回はこういった集まりも手慣れてきて、出陣式という形をとっている。


そのため、式の締めくくりとして、最後に出陣の掛け声が欲しいという雰囲気が否応いやおうなく漂い始める。


ハルホルム国の軍師ハクホが、遂にそれを口にした。


「ここは是非、レンゲラン国王に、出陣のげきをお願いしたい」


皆、我が意を得たりとばかりに、賛同の拍手が巻き起こる。


いや、急に言われても困る。原稿など用意していない。


オレが、司会役のアムルの方に視線を持って行くと、それを待っていたように目を合わせたアムルが、ニカリと笑ってうなずいた。


やりましょう、ではないわ。


そんなオレの思いもどこ吹く風で、アムルは元気いっぱい声を張った。


「それでは、レンゲラン国王より、出陣に当たり挨拶を頂きます」


それまでどよめいていた場内が、急に水を打ったように静かになった。


皆、オレの言葉を待っている。


うわー、緊張するーー。


オレは一瞬尻込みしたが、せっかく与えられた王様最後の見せ場である。


気を取り直すと、思いつくままに言葉を口に出した。


「私がこの国に初めに魔王討伐の旗を掲げた時、それはそれは何とも頼りない陣容だった。魔王討伐を口にしながらも、それが本当にできるとは、正直まるで思っていなかった」


場内から静かな笑いが漏れた。


オレも笑みを返しながら、草創期を知るアムルとテヘンの顔を順に見た。


「だが、我々は次第に力をめ、次第に結集し、そして今、六カ国より40名を超える精鋭たちが、魔王討伐のために一堂に会するまでに至った」


初めの緊張はどこへやら、オレの声にも自然と熱がこもっていく。


「魔王の片腕と呼ばれた魔王族ニヒルムにも、我々人類は、その力を束ねて、皆の力で見事勝利を勝ち取った。遂に機は熟した。いよいよ、魔王デスゲイロを討伐し、この世界から魔物を一掃するのは、まさに今この時である」


自分でも調子に乗ってきたのが分かる。オレの弁舌も最高潮。ここで決め台詞だ。


オレは、ダンと右足を一歩前に踏み出した。


「勇者よ!」


叫んだ瞬間、しまった、と思った。


魔王討伐の決め台詞としてずっと抱えていたものを、思わず口走ってしまったのだ。


当然、その瞬間から、場内はざわつき出す。


「勇者? どこ?」


皆、勇者の姿を探して、辺りをキョロキョロし始める。


やっちまったーー。この一番大事な場面でーー。


オレは心の中で、頭を抱えて絶叫する。


どこを見回しても勇者の姿が無いことに、怪訝けげんな顔が増えていく。


場の空気がしらけてしまわないうちに、これは何とかしなければならない。


オレはもう開き直った。


いなーー、私が言っているのは、職業の勇者のことではない。我が命をかえりみず、魔王討伐にその身を捧ぐ諸君こそ、真の勇者なのだ」


オレは勢いのまま叫ぶ。


「勇者たちよ! 魔王を討伐し、人類を魔物の手から解放するのは君たちだ。そなたらの活躍、期待しておるぞ」


それを聞いた戦闘員たちは、感極まった表情をした。


そして、次の瞬間、皆、拳を振り上げ、口々に雄叫おたけびを上げた。


しらけかけた空気は一変し、魔王討伐への闘志が爆発する。


彼らの雄叫びと、鎧や武器を打ち鳴らす音が、しばらく大広間に充満した。


オレとしては、半分苦し紛れに発した言葉だったが、ここまで皆の士気を高められるとは思っていなかった。


オレは降壇しながら、ほっと胸を撫で下ろす。


出陣式が無事終了した後、軍師キジがオレの横に寄り添って、ぼそりと言った。


「王様、なかなかの名演説でしたぞ」


オレは驚いた。


キジがオレを褒めるなんて、初めての事ではなかろうか。


まだ興奮が冷めやらぬレンゲラン城から、魔王デスゲイロが待ち構えるタウロッソ本城に向けて、第一陣が出陣した。

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