13 忘れ物

レンゲラン城の二階の大広間には、留守居役のオレ、ルイ、キジ、アムル、ハジク、ジーグだけでなく、各国の王族や軍師、前哨戦で活躍した戦闘員たちが集結していた。


皆、第一パーティーの戦いの結果を待ちかねていたのである。


そこへ、早馬の使者が勝利の報をもたらす。


「第一パーティー、ニヒルムの討伐に成功しました」


その瞬間、大広間は割れんばかりの歓声に包まれた。


集結していた者たちが、国の違いを越えて、握手をし、肩を叩き合っている。


このような光景、どこかで覚えがあるなと、オレは思った。


そうだ。現実世界にいた時に、火星かどこかの天体に初めて探査機を着陸させた瞬間の、歓声を上げて喜び合うスタッフたちの映像を見たことがある。


それに似ている。


歓喜の渦の中、使者が言葉を継いだ。


「第一パーティーの四名、間もなく帰城します」


「おーー」


誰ともなく、四人の凱旋を出迎えるために、オレたちは城門の前に移動した。




タウロッソ国ラザン城の方角より、一台の馬車が見えた。


花火の祝砲が何発も上がった。


城門の前で第一パーティーの四人は馬車から降り、横一列に並んだ。


代表してテヘンが、改めて戦勝の報告をする。


「魔王族ニヒルムの討滅を果たして参り…」


だが、既に結果を知っている各国の戦闘員や、レンゲラン国の一般市民がなだれ込んで、四人は既にもみくちゃにされていた。


剣聖エラクレスは、ルンメニ、ダガ、ファフィーら、カンナバル国の戦闘員に取り巻かれながら、隙を見てサイン攻めに遭っている。


さすが、当代きっての英雄である。


クバル、アイリンの美男美女コンビも、国内・国外問わず人気があり、次々と声を掛けられている。


テヘンは、アムルとルイに両側からほおをツンツンされて、すっかりデレデレになっていた。


オレもその輪にすぐさま飛び込んでいきたかったが、各国の王の名代みょうだいとして参加している王族たちを置いて、自分だけ駆け付けるわけにもいかず、ぐっと我慢した。


その夜は、第一パーティーや先遣隊で奮闘した戦闘員の労苦をねぎらうために、会食の間で祝勝の宴が催された。


アムルはこの日のために、各国から質の良い酒や食材を集めて、ぬかりなく準備をしていた。


参加者は、最高の酒と料理をさかなに、それぞれの武勇伝を語り合って盛り上がった。


夜遅く、各国の王族、軍師、戦闘員らは、帰国の途についた。


5つの方向に散っていく馬車の列を見送りながら、オレは思った。


あとはいよいよ、魔王デスゲイロの討伐を残すのみ。


デスゲイロ戦を終えた後も、このような光景が見れたら何も言うことはない。




翌日の昼前。


祝勝の宴で酒を飲み過ぎて、まだベッドの中でもじもじしていると、テヘンがオレの部屋を訪ねてきた。


慌てて寝間着から王族の衣装に着替え、テヘンを迎え入れる。


「やあ、テヘン。昨日は王族の接待で君たちの武勇伝を詳しく聞くことができなかったから、是非聞かせてくれ」


執務机の椅子に腰掛けながら、テヘンにも向かいの椅子を勧めた。


「そのことなのですが…」


テヘンは顔を赤くして後頭部を掻きながら、事の次第を伝えた。


「…ということは、魔王族には君のスキルが通用しないと…」


「はい。そもそも発動が出来ない状態でして…」


そこでテヘンが居ずまいを正した。


「ですので、来たる魔王デスゲイロ戦には、私を第一パーティーから外して頂きたく存じます」


と、ここで石板より着信音が鳴る。


このタイミングでの着信ということは、選択の内容はまさにこのことか。


ある程度予想をつけながら画面をのぞく。




デスゲイロ戦に向けて、テヘンを第一パーティーから外しますか?


   ①はい      ②いいえ


   ※制限時間:1時間




やはり、という内容だった。


制限時間1時間ということは、熟考している時間はないが、数分で即断しろという話でもないようだ。


「軍師の意見も聞こう」


オレはキジをその場に呼んだ。


キジにも事情を説明しつつ、


「攻撃はできなくとも、剣士固有スキルの身代わりで、守備に貢献したそうじゃないか」


と、テヘンに話かけながら、それとなくフォローを入れる。


オレとしては、ここまで来たら、やはり初期から行動を共にしているテヘンに、第一パーティーに残って欲しかった。


だがキジは、そういった感情論的な思考は一切排除して、頭の中で冷静に状況を分析しているようだった。


「守備の固有スキルが100%発動ならまだ可能性もありますが、6割前後となると心もとない。それに、攻撃スキルがまったく使えないというのは、デスゲイロ戦の最終局面を任せるには、やはり厳しいと思います」


そうであるか。


オレはしょげて肩を落としたが、当のテヘンは、それが当然だと言うように真っ直ぐ前を見つめたままだった。


「だが、そうしたら、一体誰をテヘンの代わりに第一パーティーに入れるというのだ?」


オレは少しぶー垂れ気味に言った。


それにはキジは即答しなかった。


いや、テヘンの代わりとなると、他の国の戦闘員を見渡しても、すぐに名前が浮かんでこないというのが実情だろう。


「カンナバルのルンメニか?」


「彼は第一候補でしょうが、しかし…」


ルンメニではもう一つ物足りない、と思っているのがありありと分かった。


しばらくの間、テレビなら放送事故と言える沈黙が流れた。


その時、オレはふと、ある事を思い出した。


それがあまりにちょうど良いタイミングだったので、思わず右の拳を左の手のひらで受けるという、ベタベタな仕草をしてしまったほどだ。


「ずいぶん前のことで、すっかり忘れていたが…」


オレはそう言って、執務机の左の引き出しから、松ぼっくりのような一つの実を取り出した。


キジがいかがわしそうにそれを見る。


「龍の実というらしい。以前のログインボーナスで…」


と口走りそうになり、慌てて誤魔化した。


「以前、ログンという知人から譲り受けた物だ。なんでも、好きなステータスを50上げられるという」


「このような物で、本当でしょうな?」


キジがまだ信用できないとばかりに、いろいろな角度から眺め回している。


「鑑定士のキミヒに見てもらったのだ。彼が言うのだから間違いないだろう」


キミヒには以前、この龍の実と、アイリンの紅蓮の指輪を鑑定してもらった。


それ以降、レンゲランの町の一角に店を構えて商売をしているが、その目利きの正確さは評判となり、他国からわざわざ来店する客もいるそうだ。


「これを使うことも含めて、誰が第一パーティーの一枠にふさわしいかを考えよう」


オレはキジの顔を覗き込むように言った。


「例えば、これをテヘンに使ったら?」


キジは首を横に振った。


「テヘンの場合、魔王の波動によってスキルの間合いを詰められないところに根本原因があります。それは、何かのステータスを上げたからといって、改善できる問題ではありますまい」


オレは再びぶー垂れ顔になる。


「じゃあ、ハジクの俊敏性を上げるというのはどうだ? 元々俊敏性の高い盗賊のハジクが更に50上がれば、どのターンでも毎回先行することができる」


「しかし、ハジクは魔法を使えません。攻撃力もさほど高くないので、先行したからといって特に有効とは思いません」


その後も、三人で様々な案を出してみた。


その中で有力と思えるものが二つあった。


戦士ルンメニの攻撃力を上げて第一パーティーに加入させる案と、剣士クバルの攻撃力を上げて盾役か賢者をもう一人別に入れる案である。


しかし、いずれもキジが目を輝かせるまでには至らなかった。


「他に手がなければ、そのいずれかを選択することになります。しかし、ルンメニ、クバルでは、攻撃力を50上げてもエラクレスに匹敵するところまではいかないでしょう」


それだけ剣聖エラクレスと、それと互角と評価されたテヘンの力が、ずば抜けていたことを改めて知る。


「できればエラクレス級の二枚看板のアタッカーがいて、器用なクバルは第三の補助的アタッカーとして機能できれば最高です」


キジは理想のパーティー像を口にした。


「しかし、ステータスを50上げてエラクレス級になる人材など、他にいようか?」


オレたちは頭を抱えた。


ステータスを50上げる…。


その時、オレは自分でも思いがけないことを思いついた。


本日二度目のピロリン・キラーンである。


「そのステータスの中に、年齢もあったな」


キジは初め、何をふざけたことをというような表情をしたが、オレの真意に気付くと目を輝かせた。


そのキジに向かって、オレはしたり顔を決める。


「そうだ、ジーグ老師の年齢を50若返らせるのだ」


しかし、それが本当に可能なのかどうか確かめる必要がある。オレはすぐに鑑定士キミヒを招集した。


「王様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう。この町に店を構えさせて頂いてからは、おかげさまで順調に…」


挨拶が長くなりそうだったので、オレは食い気味に用件を伝えた。


「今日は、そなたに是非尋ねたいことがある」


「あ、はい」


「以前、龍の実を鑑定してもらったことを覚えているか?」


「もちろんでございます。あれだけの逸品は、そうそうお目に掛かれません」


「いずれかのステータスを50上げる効力を持つ、それは間違いないであろうな」


「間違いございません」


「そこでだ。そなたに聞きたいのは、そのステータスに年齢も入るか、ということだ」


そこまで淀みなく交わされてきた対話の流れが止まる。


オレの思いがけない言葉に、キミヒが固まっていた。


「そのような事例はただの一度も聞いたことはございませんが…」


キミヒはポケットから厚めの手帳を取り出すと、パラパラとページを繰って内容を確認してから、


「おそらく可能でしょう」


と告げた。


「ステータスアップだからといって、年齢が50歳加算されるということはあるまいな?」


オレは少しおどけた顔で言った。


もし御年90歳のジーグが50歳上乗せされたら140歳。間違いなく龍の実を使った瞬間、天に召されてしまうであろう。


「ステータスアップとは能力の向上を意味しますので、それは無いと思います」


キミヒも少し引きつった笑いを返す。


「よし。今すぐジーグをここに連れて参れ」


オレは、控えていた従者に命を下した。




しばらくして、ジーグが専属の付き人に付き添われながら、部屋に入ってきた。


突然の招集に、普段の呆けた顔が更に一段と呆けている。


「ほえーーー」


と、両側から体を支えてもらいながら、かすかな息を吐き続けている。


その様子を見て、オレはジーグに龍の実を使うのが怖くなってきた。


この貴重な実を、本当にコイツに使っていいものか。


若返っても、まだ「ほえーーー」とか言ってたらどうしよう。


オレは不安な目でキジの方を見た。


キジは、大丈夫です、勇気を出してください、と言うように、オレに向かって大きく頷く。


オレは意を決した。


石板を手元に引き寄せると画面を開いた。




デスゲイロ戦に向けて、テヘンを第一パーティーから外しますか?


   ①はい      ②いいえ


   ※制限時間:残り10分




不安を振り払うように、力強く①をタップした。


さあ、これでもう後には戻れない。


オレは、机の上の異形いぎょうの実をつまみ上げた。


ライチを大きくしたような、トゲトゲのある紫の実である。


「これをどのように使えばよいのか?」


キミヒに問うと、さも当然と言うように、


「実ですから、皮をいて摂食して頂ければよろしいかと…。そして、摂取の瞬間に、適用したいステータスを叫んでください」


オレは改めて松ぼっくりほどの大きさの実を見た。


下手に丸飲みしようとして、のどに詰まらされたら大変だ。


貴重な龍の実が心配、いや、ジーグの命が心配である。


キミヒもオレの不安を察したようで、


「食べづらいようであれば、切り分けて頂いても大丈夫です」


オレは早速、従者にそのように命じた。


しばらくして、皮が剥かれ、5枚ほどにスライスされた龍の実が、皿に乗って運ばれてきた。


実の中身の色は、ライチの白というより黄桃に近い。


それをジーグの鼻先に差し出す。


「老師、これは大変珍しい果実です。老師にもっと長生きして頂きたく、長寿の願いを込めてご用意しました」


ジーグは不思議そうに実をジロジロ眺めた後、その一片をつまんで、恐る恐るめてみる。


「にが…」


ジーグはすぐに顔をしかめて、プイと横を向いてしまった。


え、この期に及んで、食べないとかある?


オレは助けを求めるように、両側の付き人の顔を見た。だが、


「老師は一度こうなってしまいますと、がんとしてお召し上がりになりません」


なんだとお、このわがまま老人が。この上は実力行使に出たろうかい。


と内心思ったが、ここはなるべく下手したてに出て、懇願するように言った。


「そこをなんとか、良い方法はないものか?」


付き人たちは少しの間、困り顔をしていたが、その一人がはっと思い付いたような表情になった。


「老師様はお餅が大好物です。お餅の中に隠して入れれば、お召し上がりになるかも知れません」


オレは再び従者に支度したくを命じる。


やれやれ、手の掛かる爺さんだ。


ややあって、実の切り身の代わりに、香ばしく焼かれた餅が皿に乗って運ばれてきた。


「あ、お餅」


ジーグはそれをすぐ目ざとく見つけた。


「今度は、老師の好物をお持ちしましたぞ。お召し上がりになりますか?」


「うん、食べる」


ジーグは目の前に皿が置かれるや否や、焼き餅をつまんでそのまま一口でほおばった。


え、丸飲み…。


それこそ、喉に詰まらせて呑気のんきに往生してしまうんじゃないかと、オレはヒヤヒヤした。


当のジーグは好物を食べられてニコニコしている。


「年齢を50若返らせてください」


オレの声が部屋に響く。


だが、一分経過。


一向に効果が表れない。


ジーグの顔は相変わらずしわくちゃだし、薄い頭髪も眉毛も白いままだ。


オレは、恐る恐るキミヒの顔を見た。


「いや、そんなはずは…」


キミヒも予想に反した展開に、腰を浮かしかける。


その時、ジーグの喉から、ゴキュッと餅を飲み下す大きな音が聞こえた。


今、飲み込んだのかい。


「年齢を50若返らせてください」


オレは指定の文句を再度唱えた。


すると、ジーグの体内が一瞬光った。


その光が晴れたかと思うと、ジーグの頭髪と眉毛は瞬く間に黒くなり、顔の皺は無くなり、90°に曲がっていた腰はシャキーンと真っ直ぐに伸びた。


全身からは、覇気がほとばしり出している。


「おう、これはまさしく、若かりし頃の力がよみがえったわ」


しゃべり方も、声の質も、まるで別人のようである。


「老師、いや、ジーグ殿。ぜひお手合わせ願いたく」


テヘンが申し出た。


「良かろう」


ジーグが張りのある声で受けた。


二人は、一階の訓練場に場所を移して、練習用の模擬剣を互いに持って対峙する。


オレとキジは、ジーグの力量を見定めんと、固唾かたずを飲んで見守った。


「では、参ります」


テヘンが構えていた模擬剣を引いて、遠慮なしに鋭い突きを繰り出す。


ジーグはまったくたじろぐ様子もなく、テヘンの剣を見切ると、流れるような所作で攻撃をかわす。


その流れのまま、反対にテヘンとの間合いを詰め、一太刀、二太刀の剣の振りで、テヘンの剣をあっさりと弾き飛ばした。


「お、お見事」


空手となったテヘンは、慌てて片膝をついて礼をした。


「これは、間違いなく、剣聖エラクレスをも凌ぐ腕前かと」


テヘンがオレに報告する。


エラクレスとも剣を交わしたことのあるテヘンの言うことなら、相違はあるまい。


オレは、40歳となったジーグに命を与える。


「ジーグよ、只今をもってそなたを、第一パーティーのリーダーに任命する。来たる魔王デスゲイロ戦での活躍を期待しておるぞ」


「ははーーー」


剣聖ジーグが、力強く応えた。

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