12 死闘 後編

第8ターン。


ニヒルムの手番。


どんな手を繰り出してくるかと思いきや、初めにゴーレムキングを吸収した。


「あ、あいつ、まだ生きている仲間を吸い込みやがった」


エラクレスが思わず閉口する。


「これで完全体と言いたいところだが、魔法を封じられてケチがついたな」


ニヒルムは舌打ちして、その魔法を封じた張本人であるアイリンに襲い掛かる。


防御姿勢をとっていないアイリンは大ダメージを食らったが、瀕死状態まではいかずに、体力を幾分残した。


アイリンがすかさず、自分のターンで自身の体力を全回復する。


次いでターンが回ったエラクレスとクバルが、スキルを発動する。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


明鏡止水剣クリティカルカット!」


魔王の波動に加えて、防御力アップの魔法効果、更にはゴーレムキングの守備力を手にしたニヒルムに、攻撃がどれだけ効くかは疑問だったが、こちらも攻撃力アップの魔法効果が掛かっていることもあって、思ったよりもダメージが入った感触があった。


そこはさすが、第一パーティーに選ばれしアタッカーだ。


これはいけるぞ。


二人は顔を見合わせた。


ニヒルムの攻撃は、こちらを一撃で倒すまでの威力はない。そして、負ったダメージは、アイリンの魔法で回復させられる。


攻撃面では、まだ何ターンかかるか分からないが、ニヒルムに回復能力がない以上、スキルによる攻撃を積み重ねていけば、確実に倒せる。


これは、勝利の道筋に乗ったのではないか。


「テヘン、更にヤツを追い込んでやれ」


エラクレスの言葉に、テヘンが頷いた。


いつものように慎重な足取りで間合いを詰めていき、唯一無二のスキルを放った。


近接超打撃ソードストライク!」


エラクレスをも凌ぐその破壊力が炸裂するかと思いきや、テヘンのスキルは空振りに終わる。


「ん、どうした?」


「テヘンさんがミスをするなんて珍しいですね」


「次は頼みましたよ」


三人がスキルを失敗したテヘンに同時に声を掛けた。


テヘンはじっと自分の手元を見つめていた。




第9ターン。


自分が劣勢になったことは、ニヒルムも分かっていた。


さすがのニヒルムにも、少し焦りの表情が伺えた。


手番となったニヒルムは、再度アイリンに攻撃を仕掛ける。


先ほどは一撃で仕留められなかったからといって、今回もそうとは限らない。


与ダメージにはある程度の幅があるし、クリティカルヒットの可能性もあるからだ。


だが、今回もアイリンは、先ほどと同じくらいの体力を残して耐えた。


すぐさま体力を回復してみせる。


続くエラクレス、クバルも、しっかり与ダメージを上積みした。


そして、テヘンのゲージが溜まった。


テヘンは、一歩一歩踏み締めるように距離を詰めていき、技の間合いに入った瞬間、スキルを開放した。


近接超打撃ソードストライク!」


だが、なんと今回も空振り。


「おい!」


「2回連続のミス?」


エラクレスとクバルが同時に叫んだ。


「いや、これはミスじゃない」


テヘンはうつむいたまま、ぼそりと言った。


「1回目も2回目も、間合いの詰め方は完璧だったと思う。でも、あの魔王の波動のせいで、最後のところで間合いが詰め切れていないんだ。つまり、ミスじゃなくて、ボクのスキルが魔王族には通用しないということ…」


この最終局面に来ての問題発生に、クバルとアイリンは絶句した。


一人エラクレスは、まあまあという表情で、


「それは仕方ない。一番のスキルがダメなら、次は第二のスキルで構わん」


「それが、私、スキルを1つしか持っていないんです」


今度はエラクレスが絶句した。


「そのレベルなら、3つはスキルを持っているのが普通だ。1つしかないなんて、そんな剣士いるかい?」


「ええ、ここに」


テヘンは顔を真っ赤にして、頭を掻いた。


「次から私は防御に回ります。攻撃はお二人でお願いします」


「分かりました。アイリンのこと、頼みます」


クバルが爽やかに言った。


「仕方ねえな」


エラクレスがぶっきら棒に言った。




第10ターン。


四人の様子を見ていたニヒルムに、少し冷静さが戻った。


テヘンに向かって言う。


「お前のおかげで、どうやら少し時間の余裕ができたようだ。これでまだ勝負になる」


半笑いの顔から真顔になると、静かにつぶやいた。


「波動上昇」


四人に向かって吹き付けていた向かい風の勢いが、一段階強まった。


「これはもしかして、魔王の波動のレベルが上がった?」


「おそらくな」


どのくらいの割合かは分からないが、ニヒルムの攻撃力・防御力・回避確率がそれぞれ上がったはずだ。


次いでターンが回ったのはアイリン。


今回は回復魔法を使う必要がない。ここでアイリンは選択に迫られる。


考えられる選択肢は3つ。


①攻撃系の魔法でニヒルムを攻撃する

②味方全体に攻撃力アップの魔法をかける

③味方全体に防御力アップの魔法をかける


アイリンは短い時間で必死に考えた。


まず、ニヒルムに攻撃魔法を仕掛けるのは、魔王族は魔法耐性が非常に高い事と、魔王の波動による回避率アップの状況を考えると、無駄撃ちになる可能性が高いので除外した。


そうなると、攻撃力アップ、防御力アップのどちらの補助魔法をかけるかだ。


魔王の波動のレベルアップによって、相手の攻撃力が上がったということは、一撃で倒されるリスクが高まったということだ。


だが、相手は防御力も上がったわけだから、こちらの攻撃力を上げないと、こちらの攻撃が効かなくなってくる。


アイリンは、これまでのターンでの自分の体力の残り具合から、防御力を上げなくてもまだギリギリ耐えられると踏んだ。それに、テヘンの援護もある。


アイリンは、味方全体に攻撃力アップの魔法を唱えた。


その魔法を受けて、クバル、エラクレスがスキル攻撃を行う。


先ほどまでと変わらないダメージを与えられた感触があった。


だが、まだまだ不敵な笑みを浮かべるニヒルム。


テヘンは防御姿勢のため、行動はできない。




第11ターン。


先手はニヒルム。


前のターンで波動のレベルを上げたことによって、今回は攻撃に転じる。


飛び込んだ先は、またしてもアイリン。


テヘンが防御で待ち構えていたが、今回は剣士固有スキルの身代わりは発動しなかった。


ニヒルムの斬撃をもろに受けて、アイリンは瀕死のダメージを負う。


だが、少しでも体力が残れば回復ができる。


アイリンは杖に寄りかかってヨロヨロと立ち上がると、自分のターンの魔法で全回復した。


「今のは危なかったな」


エラクレスが冷や汗をぬぐう。


「テヘン将軍、アイリンを頼みます」


クバルは懇願するように言った。


「ああ、任せてくれ」


そうは言ったものの、実際のテヘンの身代わりの発動率は6割ほど。毎回発動できるわけではない。


だが、この場面では任せろと言うしかない。


今の自分は、攻撃には参加できない。その上、防御もできないと言ったら、自分はこのパーティーのために何もできない存在になってしまう。


以前のような役に立たない自分に戻りたくない。


そして何より、大事な仲間を守りたい。


「次こそは…」


テヘンは自分に誓い、願った。


続いて、エラクレスがスキルを発動。


そして今回、妻アイリンのピンチを見て、奮起したのがクバルだった。


クリティカルヒットの精度を極限まで高めて、特大ダメージを与えることに成功する。


ニヒルムはまだ両脚でしっかり立っているが、その体の所々から血がにじんでいるのが見てとれた。


間違いなくダメージが蓄積している。


ニヒルムの顔が、一層苦み走った。




第12ターン。


「まったく、わざわざ攻撃力と守備力の素材を用意して吸収したのに、思ったほど効果が出ていないな。やはり、魔王族以外の魔物など、当てにするのではなかったか」


ニヒルムは、血が滲んだ自分の体を見て、忌々いまいましそうに言った。


「素材の質が悪かったせいで、このザマだ」


「違うな、ニヒルム」


不意に頭ごなしにピシャリと言われて、ニヒルムは怪訝けげんな目で声の方を見た。


そこには、一歩前に踏み出したテヘンの姿があった。


「確かにお前は、個体としては最強クラスかも知れない。だが、お前は仲間を失い、一人になった。それが、お前の苦戦の原因だ」


ニヒルムは、悲しそうな不思議そうな顔をした。


「何を言っている。あいつらの力はオレが吸収して手に入れた。それでもが悪いのは、あいつらの力が劣っていたからではないか」


更に自嘲ぎみの薄ら笑いを浮かべる。


「オレは、お前たち人間を見習って、役割のあるパーティーを組んでみた。だがそれは、弱い存在がやることで、魔王族がやることではなかったようだ」


テヘンも少し悲しそうな顔になったが、顔をキリリと引き締めると、言い切った。


「私たち人間は、仲間のことを第一に考える。仲間が苦戦している時には助け合う。だから強いんだ。対してお前は、仲間を自分のために利用しただけだ。そこに、私たちとお前との大きな差がある」


それを聞いたニヒルムが、初めて声を高くして笑った。


「フハハハハハ。正論だ。あまりに正論だな。オレは正論は嫌いじゃないが、それを自分に言われるのは何より嫌いだ。その正論ごと、叩き潰してくれるわ」


ニヒルムのほおがピクピクと動いたかと思うと、顔が奇妙に歪み始めた。


それまでの落ち着いた表情とは打って変わって、下卑げひた笑いが顔じゅうに満ちた。


と同時に、ニヒルムの筋肉がボコッと一回り膨らんだように見えた。


「フヒャヒャヒャヒャヒャ。死ねえ」


ターンが回ったニヒルムが、闇の剣を振りかざしてアイリンに突っ込む。


テヘンが防御姿勢のまま、アイリンの前に立ちはだかった。


ニヒルムは、構わず目の前のテヘンに、渾身の斬撃を撃ち下ろす。


グピーーー。


テヘンが目を回して瀕死状態になった。


「防御姿勢のテヘンが一撃で?」


「前のターンはバフをかけていないし、そこまでのダメージは出ないはずでは?」


言いながらアイリンが、テヘンに単体体力完全回復の魔法を唱える。


「おや、知らなかったのか。魔王族は残り体力が一定値に達すると、攻撃力が上がるんだ」


ニヒルムが澄ました口ぶりで言う。


クバル、アイリンと、体力の回復を受けたテヘンが、ギロリとエラクレスを睨む。


「え、あ、いや、それは皆さすがに知ってると思って…」


タジタジするエラクレスに、三人が同時に叫んだ。


「だから、そういう大事なことは先に言って


「まあまあ、体力がかなり減っていることを相手が自白してくれたわけだし、気を取り直して反撃と行こうじゃないか」


エラクレスが取り繕うように、攻撃に目を向けさせる。


その台詞に乗せられたわけではないが、ゲージの溜まった順に、クバル、エラクレスとスキル攻撃を仕掛け、ニヒルムにダメージを加算した。


ニヒルムは左腕を負傷したらしく、右腕でかばうように左腕を支えている。




第13ターン。


ニヒルムは、もう悲しげな顔はしていない。終始ヘラヘラと笑っている。


一番にゲージが溜まると、その貼り付いたような笑顔のまま呟いた。


「これで我が波動も最上級だ。波動上昇!」


「くそ、あいつ、まだ伸びしろを持っていやがったか」


エラクレスが思わず悪態をつく。


先ほどのニヒルムの攻撃で、防御姿勢のテヘンが瀕死状態に追い込まれた。


そこからまた攻撃力が一段階上がったとすれば、次は誰かが犠牲にならなければいけない。


手番となったアイリンが、ここで防御力アップの魔法を唱える。


味方全体の防御力が上がれば、次のターンをしのげる可能性が出てくる。


だが、効力が最大となった魔王の波動の前に、アイリンの補助魔法はあえなく掻き消される。


ここ一番での魔法の失敗に、アイリンは少し下を向いた。


それを見たエラクレスが、覚悟を決めた声で言う。


「クバル、このターンでヤツを倒しきるぞ。そうしなければ、次のターンで誰かがられる」


「分かりました」


クバルもぐっと息を飲み込んで応えた。


先にターンとなったのはエラクレス。


ニヒルム戦までにスキルポイントをかなり温存できたので、エラクレスのスキルポイントはまだ枯渇していない。


今回も自身最大の攻撃スキルを発動させる。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


剣聖の名に恥じない、切れ味鋭い斬撃を見舞う。


ニヒルムは一瞬揺らめいたが、なんとか両脚で踏ん張った。


続いてクバルが、大ダメージを期待できるスキルを放つ。


明鏡止水剣クリティカルカット!」


精神を統一し、クリティカルヒットの確率を高めて攻撃する技だ。


先ほどは特大ダメージを与えることに成功したが、今回は魔王の波動の効力が高まったせいもあるのか、思ったほどのクリティカルダメージを出せなかった。


ニヒルムは耐えた。


「倒せなかった…」


絶句するクバルを見て、ニヒルムが下卑げひた笑いを轟かせる。


「ムヒャヒャヒャヒャヒャ。オレの体力も残りわずかなようだがあ、これでお前らの一人を道連れにできる。デスゲイロ様のために、人間どもの力をいでおくとしよう」


ニヒルムは、右手の人差し指を前に突き出すと、四人に向かってクルクルさせた。


「さあて、誰にしようかな…」


鼻歌まじりで物色するように見つめてくる。


戦いの勝利をもかなぐり捨てて、死の道連れに執着するニヒルムに、四人は激しい戦慄を覚えた。




第14ターン。


ここまでの戦いの経過を見る限り、このターンもニヒルムが先行するのはほぼ間違いない。


なにせ、ニヒルムには俊敏性アップの魔法が二重に掛かっている。


ゲージの溜まりにランダム要素はあるにせよ、それに期待するにはあまりに可能性が低かった。


今こうしている間にも、ニヒルムが動き出しそうに思えた。


その時、声を上げた者がいた。


テヘンである。


「ニヒルム、私がこのパーティーのリーダーだ。私に攻撃を仕掛けてこい」


ニヒルムは下卑げひた笑いの中から、冷たい視線をテヘンに向けた。


「なんだ、攻撃もまともに出来ないヤツか。お前は脅威ではないわ」


「私にはまだ秘めたる力がある。お前は魔王族のくせに、そんなことも見抜けないのか?」


テヘンにしては挑発的な言葉だ。明らかに、攻撃が自分に向くように仕向けている。


「テヘン、まさかお前、オレたちのために自己を犠牲にしようというのか」


気付いたエラクレスが、ニヒルムに叫んだ。


「オレは剣聖だ。つまり、人間界で剣の腕が一番立つ男だ。オレに掛かってこい」


だが、遅かった。


ニヒルムは笑いの皺を顔じゅうに広げて、テヘンに言葉を返す。


「分かったよ、正論野郎。望みどおり、お前を道連れに決めた」


言うが早いか、ニヒルムは奇声を上げて、テヘンに躍りかかった。


剣からほとばしり出る闇のオーラが、テヘンを襲う。


テヘンは、防御姿勢もとらずに、その剣をまともに受けて立った。


「テヘン!!」


三人が同時に叫ぶ。


テヘンが一瞬、彼らに向き直り、笑顔を見せた。


「これが私の選択だ」


ニヒルムの剣が、テヘンの頭上に落ちた。


その瞬間、テヘンは身を翻し、ギリギリのところでその斬撃を回避した。


「我が剣をかわしただと!?」


さすがのニヒルムも、驚きの表情を隠せない。


「私の一番の得意技は守備だ」


テヘンがはにかみながら言った。


「でかした、テヘン」


エラクレスが、テヘンに代わって前に出て、スキルを発動させる。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


大打撃を受けて、ニヒルムは吐血する。


足はふらついているが、真っ赤な口を開けてニヒルムは笑った。


「くそ、しぶといヤツめ」


クバルがもう祈るように、スキルを繰り出す。


「たのむ、これで沈んでくれ。剣の舞いサーベルダンス!」


クバルの祈りを込めた剣撃が、ニヒルムの残りの体力を削っていく。


ニヒルムは力尽きるように、後ろに倒れかけた。


が、わずかな体力を残して踏ん張った。


「まだ生きてる…」


クバルは愕然とした。次のターンでまた誰かが命の危機にさらされる。


だが、ここでテヘンに手番が回った。


テヘンはまだニヒルムの攻撃をかわしたのみで、自らの行動を消費していない。


防御姿勢をとっているわけでもないので、今回は行動できる。


テヘンは剣を持つ手にぐっと力を込めると、大きく振りかざした。


「とどめだ!」


そのまま通常攻撃で、袈裟けさ斬りに剣を振り下ろす。


ニヒルムは最後の支えを失い、無表情のまま仰向けに倒れた。


元の悲しい顔に戻り、黒い煙と化していく。


「やはり、人間は強かった。デスゲイロ様、くれぐれも油断をなされますな」


言い残して、ニヒルムは消滅した。


四人は張り詰めていた力が一気に抜けて、その場にへたり込む。


大の字に横になりながら、一斉に勝利の雄叫おたけびを上げた。

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