11 死闘 中編

第4ターン。


最初にゲージが溜まったマスターウィザードは、味方全体に防御力アップの魔法を唱える。


第1~第3ターンで、俊敏性、防御力、攻撃力を上げてきたから、これが二周目のステータスアップになる。


魔物パーティーの防御力が、更に一段と高まった。


続くアルティメットソルジャーは、これまで攻撃対象として来なかったテヘンに攻撃を仕掛ける。


だが、どうせまた防御だろうというわずかな甘えが、その動きにはあった。


踏み込みが一歩浅いのを、テヘンは見逃さなかった。


こちらから相手のふところに飛び込み、間合いを詰めたことによって、防御とは違う形で相手の攻撃を最小限にとどめた。


それを見たニヒルムが、うなり声をあげる。


アルティメットソルジャーの攻撃が決まらなかったということよりも、テヘンが防御姿勢をとらなかったことに、である。


「お前ら、もしかして、わざとこちらの俊敏性を上げたのか?」


ニヒルムは何かを察したようで、新たなスキルを発動させる。


ニヒルムの体から黒い糸のような物が出て、前にいる三体の魔物とその糸で繋がった。


次いで、アイリンの手番。


ゴーレムキングに対して、再度、麻痺付与の魔法を唱える。


魔法は、魔王の波動の効果に打ち勝って、ゴーレムキングの動きを止めた。


よし、今度こそ、我々の出番だ。


テヘン、クバル、エラクレスの目に、同時に光が宿る。


「三人のスキルを結集すれば、アルティメットソルジャーから倒せるはずだ」


エラクレスがテヘンに進言した。


攻撃力アップの魔法と魔王の波動による、二重のバフがかかった中でのアルティメットソルジャーの攻撃力は、まさに脅威だ。


これまでは、防御やテヘンの能力で大きなダメージを受けずに来たが、まともに当たれば一撃で致命傷を負いかねない。


一ターンでも早く倒した方が良い。


「では、狙いはアルティメットソルジャー」


テヘンがターゲットを決めた。


三人の中で、最初にゲージが溜まったのはクバルだった。


クバルは自身の豊富なスキルの中から、状況と相手に一番適したスキルを選んだ。


剣撃超嵐雨ソードレイン!」


無数の剣撃が、アルティメットソルジャーの頭上に降り注ぐ。


次いで、エラクレスが、光をまとったスキルを発動させる。


白聖超破壊ホーリーブレイク!」


最後にテヘンが、持てるただ一つのスキルを叫ぶ。


近接超打撃ソードストライク!」


一番地味だが、攻撃力はエラクレスのスキルと同等か、それを凌ぐほどだ。


三者のスキルを続けざまに受けて、アルティメットソルジャーは断末魔の悲鳴を上げて、黒い煙となって消え去ろうとする。


だが、その煙は、黒い糸を伝ってニヒルムの体の中に吸い込まれる。


「吸収した!?」


敵一体を撃破した喜びもつかの間、思いがけないことに四人の歓喜の声は一瞬で途絶える。


「そのように見えたな」


「アルティメットソルジャーを吸収したということは、あの攻撃力をニヒルムが引き継いだということですか?」


「おそらく…」


だが、何はともあれ、敵一体を削ったことによって、先ほどより状況が好転したことは事実だ。


ニヒルムの表情からも余裕の笑いは消えて、また元の苦い顔に戻った。


「これだよ。絶望的状況と思われるところからも、何とかしてい上がってくる人間どものしぶとさ。我々はこれに注意せねばならん」




第5ターン。


「次のターゲットは、マスターウィザードだな?」


「ですね」


エラクレスの問いにテヘンが答える。第一パーティーは押せ押せムードだった。


初手はマスターウィザード。


またステータス上昇の魔法を唱えるかと思いきや、ニヒルムが後方から命じた。


「最大の攻撃魔法だ」


マスターウィザードはその命令通り、自身が持つ最上級の雷系魔法を行使する。


第一パーティーの四人は、一気に体力を半分近く削られた。


「攻撃に転じたか」


エラクレスがつぶやいた直後、ゲージが溜まったニヒルムが、すぐに動いた。


それまでの押し殺した表情から一転、狂気の顔つきで一気に突進してくる。


闇のオーラをまとった剣を振りかざし、前衛の三人を瞬時に抜き去り、アイリンの前に姿を現す。


「しまった」


テヘンが叫ぶ。


アルティメットソルジャーを吸収したニヒルムの攻撃を、体力が半分ほどしか残っていないアイリンが耐えられるはずがない。


「まずはお前からだ、死ねーーー」


防御姿勢をとっていないテヘンたちに、アイリンをかばうすべはない。


アイリンの目の前に、闇のオーラが迫る。


アイリンには、その切っ先がスローモーションのように見えた。


ガスッ。


鈍い音がした。


ニヒルムの剣を受け止めたのは、クバルだった。


クバルは大きなダメージを食らったが、踏ん張った。


「クバル!」


「こんなこともあろうかと、オレだけ防御姿勢を取っていたのさ。かばえて良かった」


「ナイスだ、クバル将軍」


テヘンも声を掛ける。その声にクバルが爽やかな笑顔を返す。


「マスターウィザードなら、君と剣聖の二人で充分なはずだ」


その言葉通り、攻撃力抜群のテヘンとエラクレスのスキルが、マスターウィザードをきっちり仕留めた。


マスターウィザードも、消滅の間際で、ニヒルムに吸収される。


最後にターンが回ったアイリンは、味方全員の体力を全回復させる最上級の魔法を唱えた。


スキルポイントを大量に消費するので、戦いの中で2回までしか使えない大技だが、ここが使いどころと踏んだ。


これで残るは、ゴーレムキングとニヒルムの二体。




第6ターン。


ここで、動きが止まっていたゴーレムキングの体が揺れ始める。


時間経過とともに、自然と麻痺が解除されたようだ。


ゴーレムキングは、今度はニヒルムを守護しているはずである。


ニヒルムのゲージが溜まった。


ニヒルムは、やおら今まで唱えてこなかった魔法を唱えた。


クバルは、にわかに背中に冷たい物を感じて振り返ったが、それ以上は特に何も起こらなかった。


「今、突然、背中に冷気を感じたんですけど…」


その言葉に、エラクレスが注意を促した。


「あれは、即死魔法だ。気を付けろ」


「気を付けろって言ったって、どう気を付けるんです?」


「そりゃあ、下手な確率を引かないように祈るだけだが…」


エラクレスは耳の裏側を掻いた。


「即死する確率ってどのくらいなんでしょう?」


「そういう細かい情報は、魔法を唱える当事者のアイリンに聞くといい」


急に話を振られたアイリンは、少しあせあせしながらも答えた。


「え、あ、はい。私も即死魔法は唱えられますが、成功確率は5%ぐらいですかね。実行者のレベルが高く、相手の魔法耐性が低い場合でも、10%がいいところだと思います」


「もし、魔王の波動のバフがその魔法にも掛かるとしたら、5%上乗せで15%ってところか」


「15%ということは、7回に1回。まあまああり得る数字ですね…」


エラクレスの試算に、クバルは文字通り背筋の寒い思いをした。


そこからターンが回ったエラクレス、クバル、テヘンの三人が、ゴーレムキングに立て続けにスキルをお見舞いした。


次いで、アイリンが味方全体に、攻撃力アップの魔法を唱える。


ゴーレムキングはまだ健在。だが、体力の半分は削ったはずだ。


攻撃力アップのバフも掛かったことだし、次のターンで確実に仕留める。




第7ターン。


さあ、ゴーレムキングよ、覚悟しろ。


と、四人が意気込んでいるところで、手番となったニヒルムが、単体体力回復の魔法を唱える。


魔法を受けたゴーレムキングの体力は、あっさりと全回復になった。


「ほえーーー」


と、テヘンが、ジーグ老師ばりの溜め息をつく。


マスターウィザードを吸収したニヒルムは、その能力を継承したのだろう。


魔法をも自在に駆使してくる。


「ニヒルムが魔法の能力を手に入れたのは厄介ですねえ。特に体力を全回復されると、それまでの攻撃がすべて振り出しに戻る…」


クバルが、アムルばりに口をへの字に曲げた。


「確かに、ニヒルムの回復魔法は、なんとかせねばならんな」


エラクレスも同意する。


そこで、ピンと背筋を伸ばしたのはアイリンだった。


「私、相手の魔法のスキルポイントを吸い取る魔法を覚えています。ニヒルムから魔法のスキルポイント全部奪っちゃいましょうか」


「ニヒルム相手にできますか?」


テヘンの問いに、アイリンが即答した。


「できると思ってやることが大事です」


ぐっと拳を握るアイリンに、今度はエラクレスが口を挟む。


「だが、吸引の魔法を仕掛けたら、相手も吸引で対抗する。魔法スキルポイントの奪い合いになる。もし、お前が負けてスキルポイントをすべて奪われたら、こちらの魔法の手段は一切なくなる。それは、リスクが大きい」


「大丈夫。あっちは魔法の力をさっき得たばかりの、魔導士としてはひよっこ。負けはしません」


アイリンはそう言って、褐色の口元から、にかりと白い歯をこぼす。


テヘンは、クバルの顔を見た。


「自信満々の時のアイリンは、無敵だ」


クバルが、半分嬉しいような、半分困ったような顔を返した。


「分かった。実行しよう」


テヘンのその言葉を合図とするかのように、アイリンのゲージが溜まった。


アイリンは目を閉じて、一歩前に進み出る。


杖を掲げて、吸引の魔法を発動した。


アイリンからニヒルムに向かって、白いオーラがうねりを上げて襲い掛かる。


それに気付いたニヒルムは、即座に黒いオーラで応戦する。


二人の体から伸びた白と黒のオーラが、二人の中間地点で、互いに相手を侵食しようと交錯する。


初めは先行した勢いで白のオーラが優勢に見えたが、次第に黒のオーラが盛り返していく。


「人間は、群れるからこそ強いのだ。単独の力で魔王族たるオレに勝負を挑むとは、思い上がりというもの。自らの非力を思い知るがいい」


悲しげな顔をしていたニヒルムの目に力が宿っていく。


それに呼応するかのように、黒いオーラがアイリンの元に迫る。


アイリンが苦しげな表情を浮かべた。


「大丈夫か、アイリン」


声を掛けたクバルに、アイリンは笑顔を見せた。


「大丈夫よ。魔王族の力がこんなものなのかと、ちょっと寂しくなっていたところ」


「なんだと」


ニヒルムがドスの効いた声を上げる。


そのニヒルムを、アイリンがキッと真っ直ぐに睨み返した。


「あなたの力は強大かもしれないけど、魔導士としてはね。こちとら専門で魔導士やってるんだから、負けはしないわ」


白のオーラと黒のオーラのせめぎ合いが、再び中間地点に戻る。


今度は白のオーラが、じりじりとニヒルムに向かって押し込んでいく。


「それに、私が今のレベルの賢者になれたのは、半分はダモスのおかげ。私には二人の力が宿っているのよ。あなたには見えないでしょうけどね」


そう言うと、アイリンは一段と体に力を込める。


今度は、ニヒルムが苦しそうな表情になった。


ニヒルムの間近に殺到した白のオーラが、一気にニヒルムの体を侵食する。


「ぐはっ」


ニヒルムから、すべての魔法スキルポイントを奪った。


「しゃああああああ」


アイリンが高らかに声を上げる。


「純粋な一対一の対決なら、オレがこんな小娘に負けるはずはなかろうに、吸収した素材の違いか」


肩で息をしながら、ニヒルムが苦い顔で言葉を吐いた。


その後、アタッカー三人が、再びゴーレムキングにスキル三連発を浴びせる。


ニヒルムの回復魔法が無い以上、次こそゴーレムキングに助かるすべはない。

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